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55 自覚 1


「はあ……」


 どくどくどくと心臓が落ち着かない。

 フィーリアはダウール様と別れたあと部屋へ戻り、ベッドに横になっていた。お風呂に入って、ラマに寝支度を整えられている間もずっと胸の鼓動はどくどくと打ち続けていて、先ほどよりも今のほうが早く鳴り続けている気がした。いつもならば眠くなる時間になっても眠気はまったくやってこない。


「…………」


 治まらない胸の動悸に手をあてる。

 心を落ち着けるために目を閉じれば、先ほど見たダウール様の顔が蘇ってきて、フィーリアの口から声にならない悲鳴がもれる。一人になってからのほうが記憶が鮮明に思い出されて、誰も見ていないとわかっていても、火照った顔を両手で覆い隠す。

 こんなことを繰り返し思い出すのはおかしいんじゃないかと、いけない事なんじゃないかと思う。

 だって、ダウール様の熱を宿した瞳を思い出すと胸がドキドキして苦しい。

 そして連鎖するようにフィーリアの脳裏に次々と蘇ってくる。抱きしめられたときに感じた広い肩幅や厚い胸板、フィーリアを支える頼りがいのある腕。いつもは自信満々に引き結ばれた唇が思っていたよりも柔らかいことも────。


「─────ッッッ」


 そこまで記憶が蘇ってきて全身湯気が出るくらい真っ赤になって、枕に顔を押しつけた。

 先ほどまでは実感できていなかったことが、今になってフィーリアに襲いかかった。


「うぅぅ……」


 恥ずかしさで呻く声は枕に吸収される。

 (オス)としての一面を見せつけられて、ダウール様が男性なのだと急に突きつけられた感じだ。

 ここにきてやっとフィーリアはダウール様が男性なのだと自覚せざるを得なくなった。異性である男の人なのだと、生まれて初めて認識することになった。

 前にダウール様が媚薬を飲んだらと想像したことがあったけれど、その時とは比べものにならないくらい、本物のダウール様は強烈で刺激的だった。見た瞬間ゾクリと背筋に震えが走るほどに。

 今ならわかる。あの時凄絶な色気にのみ込まれたのだ。

 ふっとまたしてもダウール様の乞う熱を持った瞳を思い出して、早鐘を打っていた心臓の鼓動がよりどくどくと大きく脈打ち始めた。


 うぅぅ……。

 違う。……違うよ。……今はこんなことを考えてる場合ではないのに。

 止まらない鼓動を胸の上から押さえ、ふうぅ、と心を落ち着けるために息を吐く。

 どうしてああいう状況になったのかをしっかりと把握しないと、次にダウール様に会ったときにどのように会えばいいのかわからなくなってしまう。

 今でさえ恥ずかしくてどうしようもないのに、このままじゃ会えない。

 とりあえず、感情を置いておいて順番に思い返すことにした。


 フィーリアが発見したとき、ダウール様は具合が悪そうに膝をついていた。発見したときはまだ媚薬を飲んでいたことは知らなかったけれど、今思い返せば、ダウール様は媚薬を飲んだ症状が表れていた。

 じゃなければ、あんな……あんな色気を振りまいていないし、あんな状態になっていないはず。とそこまで思い返し、思い出してはいけないことまで思い出しそうになって、慌てて頭を振って記憶を押しやった。

 もう一度深く息を吐き出して、頭を切りかえる。

 ダウール様は媚薬を飲まされて、体調不良だった。

 飲ませた相手は順当に考えれば、一緒に食事をしていたウルミス様ということになる。ウルミス様じゃない可能性もあるとは思うけれど。

 媚薬を飲まされたダウール様はなぜか東屋の近くで苦しんでいた。

 ウルミス様のところで媚薬を飲まされたなら、なぜ東屋の近くにいたのだろうか。すぐに効かなくて、部屋へ帰るときに症状が現れたとか?

 考えてみてもすべては推測でしかなく、今は答えが出せなかった。

 それになぜ媚薬を飲んでいた事をフィーリアに言わなかったのか。

 これもやはりダウール様から理由を聞かないとわからない。

 とにかく、フィーリアはダウール様が媚薬を飲んでいることを知らなかったから、不用意に近づいてしまった。

 そして、……口づけられた。

 今思い出せばフィーリアを近づけないように言ってくれていたのに。

 だから、口づけられたのは自業自得の結果。

 ダウール様は媚薬で正常な判断が出来ていたとも思えないし。

 そこまで思い出して、その時の気持ちまで思い出した。あの時媚薬を飲んでいることに気付いたのに、その後どうなるのかだけに慌てていた気がする。

(わたし……、ダウール様にあれ以上のことをされてもよかったと思ってた?)

 今思い返しても、いやな気持ちにもなっていなかったし、止めようともしてなかった。

 実際にそんなことになれば、問題になること間違いなしなのに。今ならばあの時どうすれば良かったのがわかる。突き放さなければならなかった。抗わなければならなかった。ダウール様がウルミス様を好きなことも、ウルミス様がダウール様のことを好きなのも知っていたのだから。

 ダウール様が好きでもないフィーリアにそんなことをしたいはずがないのに。

 それが許されているのはウルミス様だけのはずなのに。

 そう思った途端にぎゅうっと引き絞られたように胸が痛んだ。

 ──痛い

 ダウール様がウルミス様に口づけているところが浮かんで、ぎゅううっと握りしめられたように痛み出した。

 ──苦しい

 この痛みには何度かなったことがある。

 それはいつもウルミス様とダウール様のことを考えた時に起こっていた。

 ダウール様があの乞うような熱を帯びた瞳でウルミス様を見つめ、フィーリアにしたときのように搔き抱き腕に閉じ込めて、求めるように口づける。

 ──やだ

 知らずのうちに、胸の内で叫んでいた。

 ──そんな瞳で見つめないで

 ──触れないで

 ──その瞳はわたしだけのもの

 突如自分の中に湧きあがった気持ちに言葉を失った。

 ……嘘。

 明確な拒否感に自分で自分に対して衝撃を受けた。

 ……………───────

 ……どのくらい時間が経ったのか、ほんの数秒か、あるいは数分か。

 衝撃が去ると、今までの自分の気持ちが理解出来てしまった。

 ウルミス様とのことを喜べなかったのも、ウルミス様を気遣うダウール様を見てモヤモヤした気持ちになったのも、すべてはフィーリアがダウール様を好きだったから。

 好きだと自覚がないまま、感情だけが拒否反応を示していたのだ。特別だといっている瞳でウルミス様を見つめるのが、いやだと無自覚に思っていたから。

 それなのに、今回ダウール様を男性だと強く意識することによって、それがウルミス様に向けられると自覚したことによって、自分の中で感情が爆発した。あふれ出した。

 今までフィーリアだけに向けられていた、親愛のこもった瞳がウルミス様を見つめることに。

 あんな情熱的な瞳で、求めるように見つめる瞳で、フィーリア以外の誰かを見つめていることがいやだった。

 あの眼差しはフィーリアだけが向けられていたい。独占したい。他の人に向けて欲しくない。

 そう自覚したと同時に、現状も理解した。

(気持ちを自覚した途端に失恋なんて…ね)

 運が悪いね。

 もっと早く気付いていれば、まだ違ったかもしれないのに。

 両想いだと知ってしまった今ではどうすることもできない。

 フィーリアの目尻から幾筋も涙がこぼれ落ちる。

 やりきれない想いが涙となって溢れ出すように、フィーリアは止めることもせずに涙を流し続けた。


 いつかダウール様から今回のことについて説明があると思う。

 媚薬を飲んで正常な判断が出来なかったからこそ、フィーリアに口づけてしまったのだろうし。

 しかも媚薬を飲まされて、あんなに苦しそうにしていたのに、フィーリアの唇に触れるだけだった。

 物語のように他のところを触れられるようなことも、深い口づけもなかった。

 そこからもわかるように、ダウール様はやはりウルミス様以外には触れたくないのだということだろう。その事実に胸がまた傷ついたように痛み出す。

 自覚した想いによって傷つく心にフィーリアの顔に苦笑いが浮かぶ。

 媚薬によってダウール様は冷静ではなかったのだから。そんな時にたまたまフィーリアが居合わせてしまった。フィーリアに口づけたことはダウール様の本意ではないということだ。

 ダウール様にとってフィーリアが相手だったことこそが不運な事故だった。

 そう、事故だった。それでいい。それで終わらせればいい。

 だって本当に何もなかったと言ってもいいくらい、唇以外に触れてこなかったのだから。

 何もなかったのだと言うことにすればいいと思う。事故だったのだから。


 フィーリアは止まらない涙を流しつつ、いつの間にか意識を失うように眠りについていた。




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