51 油断大敵 2 ダウールside
フィーリアにウルミス嬢の告白まがいを見られた次のウルミス嬢との食事の日。
俺を迎え入れてくれたウルミス嬢は熱があるのか少し顔が赤かった。
体調が悪いのだろうか。
体調が悪いなら、食事会を中止しても構わないと前から言っているのだが、ウルミス嬢も真面目だからな。ウルミス嬢から申し出ることは出来ないのだろう。今日は出来る限り早く食べて早々に引き上げることにするか。
食事を進めていると、ウルミス嬢の背後に控えている見慣れぬ侍女の眼差しに不快なものを感じた。王城から各妃候補に派遣している侍女の顔は全て知っているので、タタル家から派遣されてきた侍女なのだろう。ウルミス嬢と共に来たときには居なかったはずだから、最近派遣されてきたのだと思うが……、新しく増えた侍女は主人に向けるにはあまりにも不遜な眼差しをウルミス嬢に向けていた。その眼差しはまるで役に立たないとでも言うような上から見下す不快ものだった。身分を笠に着て実力の伴わない者がよくする、俺には見慣れた目つきだったけれど。仕える身でありながら、主人にあたるウルミス嬢に向けていい視線ではない。このような不届き者を娘に付けるなどタタル豪主はいったい何を考えているのだろうか。
だが、俺では王城内の事ではないため口出しも出来ない。
気の優しいウルミス嬢では注意することも出来ないだろうし、ウルミス嬢に始めから付いてきた侍女に任せるしかないだろう。
「ウルミス嬢、本日の体調はどうですか?」
まだ顔に赤みがさしたまま、静々と食べているウルミス嬢にいつものように尋ねる。
王城の侍女からウルミス嬢がまだ自室だけで過ごしていると聞いていた。
数日前まではセイリャン嬢に攻撃されて寝込むほどに体調を崩していたのだ。セイリャン嬢がいなくなってからは徐々に寝込むことはなくなったと聞いていたが、俺が尋ねればいつも「大丈夫」という返事しか返ってこなかった。
「……大丈夫でございます」
俺の言葉にビクリと肩を揺らした後、やはりいつもと同じ言葉が返ってきた。
俯きがちにか細い声で言うウルミス嬢は初めて会った頃のように緊張しているように見えた。
ここに至ってようやく、今日ウルミス嬢が殆ど話していないことに気付いた。ウルミス嬢から俺に話しかけることはなく、俺の問いかけに一言返事を返すのみだった。
最近は会話も出来るくらいに慣れてくれたと思っていたのだが、前回無理を言って東屋に連れ出したのが良くなかったのだろうか。
少しでも外の空気を吸った方がいいだろうと思い東屋に誘ったのだが、フィーリアのことで落ち込んでいた俺はそこで弱音を吐き出す失態を犯してしまった。俺もあの時は外の空気を吸いたかったのだろうな。それで逆に励まされるなんて情けないにもほどがある。と、前回の失敗を思い出す。
その時の姿に呆れられたか。それとも強引に連れ出したのがいけなかったのか。
それに体調が万全ではないウルミス嬢に演技までさせてしまう結果を招いてしまった。
……ウルミス嬢に距離を置かれても仕方ないかもしれない。
しかもウルミス嬢に協力してもらったのに、今もって活用出来ていない体たらく。そりゃ呆れもするよな。ウルミス嬢の尽力に報いるためにも、俺も頑張らなきゃなと気合を入れ直した。
これ以上呆れられないように、優しく見えるように笑顔を浮かべウルミス嬢を見ると、ウルミス嬢の前にある料理は殆ど減っていなかった。いつもよりも食べる量が少ない。
本格的に体調を崩してしまったのだろうか。だから口数も少なかった? その可能性もあることに気付き、無理してまで定例の食事会にまで付き合ってもらって申し訳なく思う。これは早々に引き上げたほうがいいだろうとより料理を食べるスピードを上げた。
俺が出された料理を全て平らげると、コトリと目の前に器に並々と注がれた果実酒が置かれる。
「陛下。こちらはタタル領で採れる果実で造った特産果実酒でございます。ぜひご賞味ください」
果実酒を置いた者を見れば、先ほどウルミス嬢を不遜な眼差しで見ていた侍女だった。その目には飲むのが当然とでも言うような、拒否されることなどあるわけないという傲慢さが滲み出ていて、そんな眼差しで見つめておいて顔だけニコリと笑った。
ウルミス嬢の手前飲まないという選択肢はないが、王城でこのような対応を見つけたら指導しているところだ。侍女は賓客に対して直接接する立場にある。国の印象が決まる立場にある侍女がこのような対応をすれば、他でどのような成功を収めても信用されなくなる。
だが、この侍女は王城の侍女ではないから手は出せない。豪族所属の者に口を出すのは越権行為になるからな。これが豪族集合体で成り立っている国の難しいところだ。
心の中でそっとため息をつき、果実酒に手を伸ばす。
「これは美味しそうだな。いただこう」
ぐいっと勢いよく飲み干した。
瞬間、果実酒が通った喉からカーッと体温が上がる。口の中に記憶を刺激する味を感じて、まさかという思いでウルミス嬢を見る。そこには俺と酒を出した侍女を戸惑ったように交互に見つめるウルミス嬢がいた。その様子にウルミス嬢ではないと確信する。
ウルミス嬢が故意に入れたわけではないとすれば、残りは俺に酒を出した侍女しかいない。視線を送ればしてやったりというようにニヤリと笑っていた。
失敗した。
俺の息はどんどんと上がってきて、じわりと汗もにじみ始めた。身体はある症状を示していた。
この後の展開が予想できてしまい、失礼を承知で引き止められる前に席を立つ。
「美味い酒をありがとう。まだ執務が残っているので、これで失礼させてもらう」
突然立ち上がった俺に驚いたようだが、ウルミス嬢はすぐに見送りの姿勢をとった。
「本日はご一緒に食事が出来て嬉しく思います。お仕事頑張ってくださいませ」
「ああ、ウルミス嬢もゆっくり休んでくれ」
「恐れ入ります」
ウルミス嬢と退室の挨拶を交わしていると、小さく舌打ちするような音が聞こえた。
その音は言わずもがな不遜な侍女からだ。
……ありえないだろう。胸の内で悪態をつきながらも、どうにか笑顔を浮かべ急いで部屋を出る。
あと僅かでも部屋に留まらざるを得ない状況になれば、身を焦がし始めている欲求に飲み込まれることになっただろう。そうすれば、あの侍女の思惑通り、具合が悪そうだから横になれる場所へと寝室へと案内され、その場に残されるであろうウルミス嬢が巻き込まれる。
そんな予測が部屋を出た俺の足をとにかく人の少ない方へと駆り立てる。
本来ならすぐに自室へと戻って、自分で処理するか、医者を呼ぶかしたいところだが、自室へ向かう最短の道にはまだたくさんの働いている者達がいる。万が一にもその内の女性の誰かに手を伸ばしでもすれば大問題になる。それにウルミス嬢を言いくるめてあの侍女が追ってくるかもしれない。上がる息に、もつれる足をどうにか動かし、人気の少ない東屋経由の道へと足を進めた。
いつもよりも果てしなく遠く感じた東屋に、運良く誰にも出会うことなく辿り着けた。
立ち止まり後ろを確認する。誰も追ってくる様子がないのを確認して、やっと大きく息がつけた。途端に心臓が煩いくらいに乱れ打ち始めた。焦って小走りしたことで薬の巡りをよくしてしまったのだろう。
不遜な侍女に盛られたのは媚薬だった。
しかも随分と強力な媚薬を盛られてしまったようで、急速に身体を苛み始めた。体温は上がり、息が切れ、欲がわきあがる。身体を支えていることも辛くなり、その場に崩れ落ちた。
荒くなる息の中、どうするべきかと考えを巡らせる。思ったよりも身体が動かせなくなっていた。しかも思考力が落ちてきているのも実感していた。
脳裏にフィーリアの声が響く。
『媚薬を盛ってでも既成事実を作れとウルミス様が命令されているのを見てしまって……』
その話をしていた心配そうなフィーリアの顔も一緒に浮かんできた。
情けない。フィーリアに予め情報をもらっていたにも関わらず、相手の策に嵌まるとは。
ウルミス嬢が使うとは思っていなかったから油断していた。例えウルミス嬢が使わなくても、タタル豪主の命を受けた者が使うことなど予測可能であったはずなのに。
くそっ!
どうにか最悪の事態は免れたが、このままいけば別の問題が発生してしまうことに舌打ちする。
「お兄?!」
フィーリアの事を思い浮かべていたからだろうか。
フィーリアの声が聞こえた。




