47 思いもよらない展開
早速、昨夜の失敗を再び重ねないようにするため、クトラと話がしたいとラマに伝えてもらった。すると、朝伝えた伝言にいつでもいいよと返事が帰ってきたので、勉強が終わった午後の時間にフィーリアの部屋へと来てもらえるようにお願いした。
「来たよ~」
「クトラ、いらっしゃい」
「それでフィー。話したいことって何?」
勝手知ったるなんとやらで案内される前に慣れたようにいつもの席に座ると、すぐに問われる。
相も変わらずせっかちだけれど、好奇心旺盛からくるものなので瞳はキラキラと輝いている。こういうところがクトラの可愛いところだと思う。フィーリアくらいしか知らないのはもったいない。
「ねえ、クトラ。ダウール様に知られたくないことってある?」
「は? なに、突然」
意味がわからないというように、瞳を瞬かせた。
「今さらなんだけど、ダウール様は今のクトラのことを知らないんじゃないかなって気づいて」
「……どういうこと?」
ますます訳がわからないという顔をされて、理由を説明しなければならないのだと気づいた。
クトラにとっては突然に感じられたのだとわかったので、そう思い至った経緯を説明する。
「ダウール様と話してて今のクトラのことをわかってないと知ることが出来たの。だからダウール様に今のクトラをいっぱい知ってもらって可愛いところもあるんだよって知ってもらおうと思って」
「は? 意味がわからない。どうしてそうなったの?」
フィーリアの説明を聞いてより訳がわからないというような困惑した顔になった。
そんなにわからない説明をしたとは思っていないんだけどな……。
「だから、ダウール様にクトラの良いところいっぱい伝えたいなと思って。そうすれば、ダウール様も少しはクトラのことわかると思うの」
そうしたらダウール様ももっとクトラのことを意識してくれるかもしれない。
それに好きな人にはよく思われたいとか、可愛くなったところとか女性らしくなったところとか知って欲しいと思うのではないだろうか。
「いや、大丈夫」
それなのにクトラからの返事は否定の言葉のみ。
しかもなんか嫌そうに見える。
「クトラは四年前より女性らしくなったし、昔の印象のままじゃないってことを分かってもらった方がいいと思うんだけど」
「そんな必要ないよ」
言葉を重ねてもそんなことは必要ないと言われる。
困ったように手を振るクトラに、もしかして恥ずかしがっているだけなのかもしれないと思い当たった。
「そりゃ、今さら素直になるのは恥ずかしいかも知れないけれど……」
「確かに恥ずかしいけども!」
「だからわたしが代わりにクトラが可愛いことを伝えようと……」
「必要ないってば」
「遠慮することないんだよ?」
「遠慮してない!」
それまで困ったように受け流して返事をしていたクトラが突然頭を搔きむしった。
「だあー、面倒くさい!!」
突然絶叫した。
そして、ギロっと目を動かしてフィーリアを捕らえる。
フィーリアはその視線に怯んで、ビクッとなってしまった。
「……クトラ?」
突然雰囲気の変わったクトラに恐る恐る声をかける。
「好きじゃないから」
「え?」
「好きじゃなくなったの」
…………え?
好きじゃなくなった?
唸るように言われた言葉をすぐには脳が処理出来なかった。
衝撃の言葉に思考が止まりそうになったけれど、今までのことを思い出してクトラのことだから素直になれないだけなのだと思った。
「……嘘つかなくても」
「嘘じゃない!」
「……我慢しなくても」
「我慢もしてない! フィー、わたしの瞳を見て? 嘘ついてるように見える?」
そう言ってフィーリアの肩を掴み、瞳をこれでもかと見開いて顔が近づいてくる。
訴える気持ちが強すぎるのか、どんどんと迫ってきて少し怖い。
「──見えないけど」
「でしょ! 本当に好きじゃないの!」
嘘をついているようには見えなかったから、そう答えたけれど。
……あれ?《好きじゃなくなったから》から《好きじゃないの》に変わってる。
それだと意味変わってくるんじゃないかな?と思ったけれど、クトラも動揺してるから言い間違えたんだと思って、改めてクトラの真意を確認した。
「ダウール様を好きじゃなくなったの?」
「そう」
「本当に?」
「本当に!」
クトラの言葉をまだ受け止めきれていなかったフィーリアはもしかしてクトラは本当にダウール様を好きではないと言っているのかもしれないと思い始めた。
「信じて!」
切羽詰まったように言いつのるクトラに反射的に頷く。
「──分かった。信じる」
「……はぁ、よかったー」
心の底から安堵している姿を見て、ここに来てやっと、遅らばせながら本当に本気でクトラが言っているのだと、ようやくストンと心に落ちてきた。
すると心の中にあった重みがすーっとなくなった。そして知らず知らずのうちに、深く息を吐いていた。
……そうなんだ。……よかった。
クトラがダウール様を好きではないのなら、その事によってクトラが傷つくことがないのだとわかって本当にホッとした。
思っていたよりもクトラがダウール様を好きなんだということが苦しかったみたいだ。
「まあ、そういうことだからこの話はもうお終い」
フィーリアが信じたことで落ち着きを取り戻したのか、すっきりとした清々しい顔になったクトラは笑顔を見せる。
「それよりも昨日はダウールが来たんでしょ? どうだった?」
キラキラと好奇心を隠そうともしていない瞳で見つめられる。
急激な話題転換に面食らってしまう。あまりにも唐突過ぎて、直ぐにはクトラのテンションについていけなかった。
けれど、クトラに聞かれたことで昨日のことを思い出す。
「久しぶりにダウール様と夕食を食べれて楽しかったよ。ただ少し怒らせちゃったかもしれないんだけどね」
クトラに侍従室での出来事とそれを話した時のダウール様の様子を話す。
「……相変わらずだね」
するとクトラに呆れたようにため息をつかれた。
クトラには四年前と同じようにいつものことだと思われたようだ。
確かに昔はたまにお兄を怒らせてというか不機嫌にさせてしまったことがあったけれど、今回は理由がはっきりしている。ダウール様が不機嫌になったのはフィーリアの対応がまずかったからだ。だから次会ったときにはもう一度しっかりと謝ろうと思っている。
「それにウルミス様のことを頼まれたんだ……」
クトラのことをダウール様にアピールする必要がなくなってしまった今、フィーリアにはダウール様に頼まれたことしかやることが残っていなかった。
けれど、それはウルミス様に嫌われている身としてはとても気が重たいことだった。
「なにを?」
「傷ついているから励まして欲しいって」
「は? そんなことフィーに頼んだの? バカじゃないの?」
何に対して憤慨しているのかわからないけれど、ダウール様はウルミス様が心配なんだよ。だから頼みやすいフィーリアに頼んだんだと思う。
けれど、ウルミス様にとっては嫌いな人に慰められても迷惑になるだけなはず。
クトラがまだ何か言っていたけれど、自分の思考に耽り始めたフィーリアの耳には何も入ってこなかった。
ウルミス様と友達になりたい、その気持ちはまだあった。けれど、ウルミス様はフィーリアが嫌い。ましてや嫌いな人と友達になんてなりたくないだろう。
けれどそんな希望も捨てきれず、かといっていい方法も思い浮かばず途方に暮れる。
まず、フィーリアに会いたくもないだろうことは想像するのも難くない。
……本当にどうしようか。




