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2 久しぶりの再会


 本と菓子を取り上げられ、大人しくお茶を飲んでいると、突然バンという音とともにフィーリアの部屋の扉が開く。

 フィーリアはその音に驚いて、飲んでいたお茶を危うく吹きだすところだった。

 どうにか手で口を押さえて我慢していると、ラマの驚いた声が響いた。


「国王陛下!」


 国王陛下?

 ラマの声につられて視線を上げると、少し息を切らせた若い男性が立っていた。

 ひとめで上質とわかる深みのある青色生地に、縁取りが黒地に金糸で刺繍が施された華やかな衣装を着こなし、瞳にかかった狐色の艶やかな髪を掻き上げ、フィーリアを見つめる男性は煉瓦(レンガ)色の瞳を喜色に染めていた。


「フィーリア!」

「お(にい)…」

「出迎えに行けなくて悪かったな」


 第一声のあと、国王陛下はフィーリアを見つめると、じっと観察するように眺めた。


「……綺麗になったなー」


 感心するような驚きの表情で見つめる国王陛下に、ちょっと腹が立った。

 四年前だって他のみんなからは綺麗だねって言われてたのに、国王陛下もとい、お(にい)だけはいつも馬子にも衣装だなとか、周りの者達のおかげだなとか言って、素直に褒めてくれたことはなかった。


「それ、どういう意味? 前は綺麗じゃなかったってこと?」


 フィーリアの言葉を聞いたお兄は目を見開いたあと、呆れたようにため息をつく。


「……そんな言い方してないだろう?」


 いいえ? そんな意味合いに聞こえましたよ?

 フィーリアがそう思うのもお兄の今までの行いによる自業自得だと思うし、会うのは四年ぶりだけれど、いつものやり取りなのに、その返しはひどいと思う。

 フィーリアが機嫌を損ねたのに気づいたお兄は、いつものようにくしゃっと目を細めて笑った。


「悪かった。……会えて嬉しいよ」


 こういうところがお兄はずるいと思う。

 いつも幼子のように扱って、最後は優しい顔して笑ってくるのだ。その顔を見ると、いつまでも拗ねていられず、結局許してしまうのだ。


「──わたしも嬉しいよ。突然いなくなって王様になっていたのには驚いたけどね」

「はは……そうだな。自分を(いまし)めないと達成できないと思えたからな」


 お兄が言ってることはよくわからなかったが、真剣さだけは伝わってきた。それ程までに王様になりたかったのだろうか。

 ……でも、お兄も権力欲はなかったと思っていたのだけれど、何がお兄を王様になるまで駆り立てたのだろうか。


「──国王陛下。ノックもせずに部屋に入ってくるのはいかがなものかと思われますが」

「……おお、ラマか。久しぶりだな」


 静かに告げられる声に、お兄は何故か怯えたようにして、ラマを振り返る。

 確かに静かにお怒りの今のラマを前に、怯む気持ちはわかる。そういえば、昔からお兄はラマが苦手そうな感じだったんだよね。

 暢気(のんき)に昔を思い出していたら、お兄がラマに詰め寄られていた。


「お嬢様がお着替え中だったら、どうするのですか!」

「──ッ、あ……」


 ほんのり顔を赤くして動揺し始めたお兄に、やっと理解したのかという冷めた目を向けるラマ。


「ノックをするか、先触れを出すかのどちらかを必ずしてください」

「わかった。すまん」


 素直に謝罪の言葉を口にして、頭を下げていた。

 ラマの圧勝だった。これも昔から変わらない風景だった。


 そんな二人の様子を見ていたら、次第に笑いが込み上げてきた。

 変わらない懐かしさに笑っていると、お兄の恨めしげな目と、ラマのしょうがないお嬢様ですねという目がフィーリアに注がれる。そしてフィーリアの笑い声につられて、お兄も笑いだした。部屋の中に笑い声が満ちる。一瞬で四年前に戻ったようだった。

 ひとしきり笑い合った頃合を見て、ラマが声をかけた。


「お嬢様。お茶の支度をして参ります」

「ああ、ラマ。俺はまだ仕事が残っているから、用意しなくていいぞ」

「かしこまりました」


 お兄の言葉に頷くと、ラマは部屋の隅に控えた。


「忙しい中、わざわざ来てくれたの?」

「そりゃ、フィーリアが来たって聞いたからな」

「そっか。ありがとう」


 昔から面倒見のいいお兄のことだから、心配になって様子を見に来たのだろう。でも、あれから四年も経って、フィーリアは十八歳になったのだ。もう成人して立派な大人になったのだから、もう心配することはないと思う。


「どうだ? 念願の後宮に来た気分は?」

「! ……お兄、覚えてたんだね」

「そりゃあ、あれだけ聞かされればな」


 お兄の楽しげな表情に、だからフィーリアが妃候補として呼ばれたのだと理解した。

 昔からの知り合いであるお兄には、フィーリアが嵌まっていた物語を語って聞かせていた。だから、物語の世界に憧れを持っているのも知っている。

 そして、お兄はフィーリアが成人したらすぐに嫁ぐことを知っているのだろう。まだどの人に嫁ぐかはお父様からは言われていないけれど、幼い頃からいつ嫁いでもいい様にと教育を受けてきたのだから。

 だから、その前に少しでも自由な時間、楽しい時間を作ってくれようと、お兄が気を利かせてくれた。そういうことなのだろう。


「ありがとう。とても楽しみだよ」

「それはよかった。頑張ったかいがあるってものだ」


 少しだけ疲れを滲ませた言葉に、もしかしてフィーリアを妃候補にするのに、無理を通したのだろうかと感じた。それなら、とても申し訳ないと思った。


「あの…、ありがとう。お兄、とても嬉しい」


 お兄の顔を見ていたら、謝るよりもお礼の方が喜んで貰えそうで、ごめんなさいを言うのは止めておいた。


「おう。喜んで貰えてよかった」


 フィーリアの言葉に、お兄は嬉しげに笑う。やはり、お礼を言うほうで正解だったみたいだ。

 どこからがボーンと鐘の音が響いてきた。


「……そろそろ、戻らないと……だな」


 名残惜しげに、歯切れ悪く言い淀むお兄の顔は、まだ戻りたくないと言っているようだ。


「これからはいつでも会えるんだから。仕事頑張ってきて」

「……わかった、わかった。行ってくるよ」


 ぽんぽんとフィーリアに背中を押されて、苦笑を浮かべつつ扉へ向かう。お兄の顔は先ほどとはうって変わって嬉しそうだった。




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