21 悩み 1
「はあ、もういい加減にして欲しいよな」
「本当だよな」
「いくらカレルタ豪主の娘だからって、あれはないわ」
「陛下は何を考えて、あれを放置しているのか」
「陛下は俺たちの苦労なんてわからないのさ。だから、嫁選びなんて好き勝手なことしてるんだろう」
ぼそぼそと聞こえる文官達の不平不満に、勉強を終え自室へと移動していたフィーリアの足が止まった。
フィーリアが近くにいるとは気が付いていないのだろう。若い文官達の愚痴は留まることがない。
《あれ》が何を指しているのかは聞いていればすぐにわかった。それはムーリャン様のことで、その不満は国王であるダウール様にも向かっているのがわかった。
その不満に、自分が責められているように感じて、胸が重たい何かを飲み込んだかのように苦しくなった。
若い文官達の愚痴を注意する立場でもないフィーリアは静かにその場を離れた。
重苦しい気持ちを抱えたまま歩いていたフィーリアの目の前に、ムーリャン様が一人の文官を捕まえているのが目に入った。
その文官は明らかに迷惑そうにしているのに、ムーリャン様は構わず文官の頬を触って囁いている。
「そんなに照れなくてもいいのよ? あなたからすれば、あたくしは高嶺の花なのでしょうけれど、特別に触れることを許してあげるわ」
今にも触れ合いそうな唇の近さに、交流という域を超えている気がした。
好き勝手しているムーリャン様を見て、これでは文官達の不満も尤もだと思った。
フィーリアがいくら頑張って、ムーリャン様の邪魔をしてもすぐに別のところへ行って同じことをしている。フィーリアは勉強もしているから、ムーリャン様ほど自由に身動き出来ない。その間に色々なところでムーリャン様はこのように仕事の邪魔をしているのだろう。
ムーリャン様は近づいたフィーリアを目に止めると、それまで触れていた文官から手を離した。そして、フィーリアが居ないかのように無視して去っていった。
ムーリャン様から解放された文官は、安堵したように大きなため息を吐き出た。そしてフィーリアと目が合うと、深々と頭を下げ感謝の意を表した。それに微笑んで返したフィーリアは、何もしていないのに感謝されることに後ろめたさを感じた。
それ以上文官の視線に耐えられなかったフィーリアは、お辞儀をしてその場を離れた。
深く考えずムーリャン様が去った方向へ歩いていたら、通路の先でまたしてもムーリャン様の声が聞こえてきた。
「まだ居たの? 本当に身の程知らずね。自分の顔を見てみたことある? そんな不細工な顔、恥ずかしくないの? あたくしならそんな顔をして人の前には出られないわ」
あまりにも酷い言葉に止めるために走り出したフィーリアは、到着したときと同時にウルミス様が泣いて走り去る姿を見た。
「ウルミス様」
声をかけても、振り返ることなくウルミス様は走り去ってしまう。
注意をしようと振り返ったら、いつの間にかムーリャン様の姿もなかった。
言いようのない気持ちが胸の中に渦巻いて、苦しかった。
とりあえずウルミス様が心配だったフィーリアは後を追うために走った。
少し離れた場所でウルミス様を見つけたフィーリアは、側にいる人を見て足を止めた。
ダウール様がウルミス様の手を取り、見つめ合っていたのだ。
その視線は心配そうにウルミス様を見つめ、そっと労るように持っているハンカチで涙を拭っている。
話し声までは聞こえなかったけれど、ダウール様が励まそうとしていることは見てとれた。
最終的に泣き止まないウルミス様をそっと抱きしめ、また、優しく背を叩いていた。
その親密な様子に、踏み込んではいけない雰囲気を感じて、フィーリアの足はそれ以上前に進めなかった。
ぎゅっと胸が苦しくなる。
自分は何をしているんだろうと、思った。
他人の動向ばかり追って、……はじめはそれを楽しみに来ていたはずなのに、全然楽しくなかった。
──けれど、それは当たり前のことなのだ。人が争う姿を見て、楽しいはずがない。物語は現実ではないからこそ、読み物として楽しめて、ハッピーエンドになるとわかっているから、その過程での苦しみを無邪気に楽しめた。
そんなことに、現実を目の当たりにしてから、やっと分かるなんてとても情けなかった。
これ以上この場に居られなくて、逃げるように自室へと戻った。




