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1 期待いっぱいお腹いっぱい?


 雲一つない晴れやかな日に、爽やかな優しい風がフィーリアの淡い赤銅(しゃくどう)色の髪の毛を(もてあそ)んでから吹き抜けていく。


「いい天気ー!」


 あまりの天気の良さに、伸びをしつつもらした言葉を、後ろに付き従っていた侍女ラマの控えめな咳払いによって注意を受ける。


「……ごめんなさーい」


 前を歩く案内してくれている人が気づいていないことを確認して、ラマにだけ聞こえるように謝ったあと、姿勢を正してついていく。



 今日は即位して間もない国王陛下の妃候補者の入宮日だった。

 国王陛下が、妃は過ごす時間を共にして為人(ひととなり)を確認してから選びたいとの要望で、我が国初となる妃候補の立場で後宮に滞在することになった。


 フィーリアはその栄えある妃候補の一人として選ばれた。

 そして現在、フィーリアに与えられた部屋へと向かっているところである。



 我が国は豪族という部族がそれぞれの領地を治め、その部族の中から選ばれた者が王となり、豪族をまとめ、国として成り立っていた。

 フィーリアはその数ある豪族の中でも、一際広大な土地と国の交易路を所持している有力な豪主の一人娘だった。そのため、国から妃候補として来て欲しいとの打診があった。

 お父様は権力欲もなかったからすぐに断ると思っていたけれど、逡巡することもなく了承したことにはとても驚いた。お父様も国からの要請には逆らえないのだろうと、妙に納得してしまった。


「こちらがフィーリア様のお部屋でございます」

「ありがとう」


 案内してくれた、たぶん後宮の侍女であろう女性にお礼を伝えると、一礼して下がっていった。その所作がとても綺麗だった。やはりお城で働いている人は一つ一つの動きが洗練されている。

 わたしもお父様に言われて厳しく礼儀作法を仕込まれたから、あそこまでの技術を身に付けるのが並大抵の努力では出来ないことを知っている。そんな人達の中でボロが出ないかとても心配になった。既に先ほど、運良く気づかれることはなかったけれど、ボロが出かかってしまったのだから。


 扉が閉まり、外からの物音が聞こえなくなったのを確認して、目の前にあった長椅子に身体を投げ出すように座った。


「あー、緊張したー」

「どこがですか? もうヒヤヒヤしましたよ」

「だから、ごめんなさいって言ったでしょ。ラマのことは頼りにしてるから、ね」

「頼る前にご自身で気をつけてください」

「はーい」


 もう、いつも返事だけはいいんですからと言いながらも、ラマはフィーリアに与えられた部屋の中を一つ一つ確認していく。真面目で仕事が出来る有能な、フィーリア自慢の侍女だ。フィーリアが妃候補として後宮に入ることを聞いた時にも二つ返事で一緒に来てくれることを了承してくれた。


「お嬢様、お部屋の確認にはもう少し時間がかかります。持参したお菓子を召し上がりますか? 物語をお読みになりますか?」

「両方!!」

「……わかりました。今日は特別ですよ」

「ありがとう、ラマ」


 座っていた長椅子の前にあるテーブルの上に、手際よくフィーリアの好きな菓子を並べ、持ってきた鞄の中から一冊の本を手渡される。

 フィーリアの一番好きな後宮が舞台となる純愛物語の本だった。


「よくわかってるー、ラマ大好き!」

「はいはい、私もお嬢様が大好きですよ。お茶も用意してきますので、少しお待ちください」

「ありがとう!」


 部屋を出て行くラマを見送ったあと、右手でお菓子に手を伸ばし、もう片方の手で本を開く。

 いつもは行儀が悪いと注意を受ける行為だ。けれど、フィーリアがいつもと違うとわかったのだろう。確かによくわからない興奮状態であると自分でも思っていた。その興奮状態はフィーリアに妃候補の話が来たときから始まり、ワクワクする心が止まらなかった。

 幼い頃に隣国から入ってきた娯楽書物に嵌まって以来、恋愛物語を夢中になって読んでいた。その中でも特に好きなのが、嫁いできた姫と王様の純愛だった。その嫁いだ先の後宮には他にもすでに妃がたくさんいて、その妃達から意地悪をされる姫に一目惚れした王様と、いろいろあったのち結ばれるのがとても素敵だった。

 後宮での妃達の意地悪にハラハラドキドキして、その中で育まれる姫と王様の純愛に胸をときめかせていた。

 それがもしかしたら、自分の目で見ることが出来るかもしれないと思ったら、気持ちの高ぶりが止められなかった。


 フィーリアは好きな場面を繰り返し読み返しながら、右手が菓子に伸びるのを止められなかった。

 ラマがお茶を持って戻ってきたときには、テーブルにあったたくさんの菓子はなくなっていた。


「お嬢様! いくら何でも食べ過ぎです。夕食が入らなかったらどうするのですか」

「あっ、ごめんなさーい」

「当分、物語もお菓子も禁止です」

「そんな! ラマ、本当にごめんなさい」


 本気で怒っているのを感じたフィーリアはすぐに謝ったが、許してもらえなかった。

 ラマはやると言ったら本当に実行する。悪いのは自分だとわかっているので、それ以上は何も言えなかった。

 お菓子で膨らんだお腹をさすり、失敗したなーと思う。物語を読んでいるときはどうしても他への注意力が散漫になってしまう。だから、ラマからいつも注意されて、お菓子と本を同時に楽しむことはなかなか許可されることがなかったのであった。





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