18 衝突
勉強先からの帰り道。通路の先から、ニルン様とクトラの声が聞こえてきて、フィーリアは足を止めた。
あれから、ニルン様とクトラの言い争いを止めるべきかどうするべきか答えが出せなくて、結果静観している状態だった。
二人の言い争いに遭遇すれば、やはり見なかったことには出来なくて、盗み聞きする感じで成り行きを見つめることしか出来なかった。どちらかが泣き出したり、傷つけ合ったりすることがあれば止めに入ろうとは思っていた。
耳を澄ますと、ニルン様、クトラの他にもう一人の声がした。
気になって、こっそりと見つからないように覗き込む。
「ムーリャン様こそ、王宮に相応しい服装というものがあるとご存知ではないのかしら?」
「ふーん。この服のセンスがわからないなんて可哀想ねぇ。あたくしの魅力を引き立てるにはこのくらいでないと服の方が負けてしまうのよ。まあ、あなたにはその堅苦しい服がお似合いなのかもしれないけれどね、中身と合って」
「私はその場に相応しい物を身に着けておりますわ」
「なるほど。センスの無さをそう言い訳しているのねー。勉強になるわー」
ニルン様が服装について注意しているらしい。けれど、ムーリャン様にはまったく通じていないようだ。
どちらかというと、妬まれていると思って優越感に浸っているように見えた。
「はあー。言葉も通じないのね。そうよね。なんとなくそうだと思っておりましたわ」
わざとらしくムーリャン様を見つめながら言うクトラに、目を吊り上げたムーリャン様は声を荒げる。
「お子様は黙ってなさいよ」
「わたしは子供じゃありませんわ」
「自分の身体を見てから言いなさいよ」
馬鹿にしたように鼻で笑うムーリャン様。
クトラは禁句を連発されて、目を吊り上げた。
「ちゃんと出るところは出ているし、引っ込んでいるところは引っ込んでいるわ。──それよりも、その垂れている乳をどうにかした方がいいんじゃありません?」
「はあ? どこに目をつけているのかしら。この柔らかい胸に男は誰でも夢中になるのよ」
そういってムーリャン様は胸を強調するように腕を寄せて、クトラに見せつけていた。
その姿をニルン様は軽蔑するように見つめ、クトラは今にも突撃しそうな雰囲気を醸し出していた。
とても険悪な雰囲気にフィーリアは通路の影から飛び出した。
「ムーリャン様、ニルン様、クトラ様、どうかなさいましたか?」
出来る限り、明るく朗らかに聞こえるように声をかける。
クトラはフィーリアの顔を見ると、ハッとしたように目を見開き、そのあと息をついた。いつものような落ち着いた表情に戻り、どうやら、いつものクトラに落ち着いたようだ。
一方、ニルン様はあら?と驚いた顔をして、ムーリャン様はフィーリアを見て、嫌そうに顔をしかめた。
「また、あなたなの? 地味娘は勉強だけしていればいいじゃないの。あたくし達の話に入ってこないでちょうだい」
「まあ、そんなこと仰らずに、わたしも入れてください。妃候補者同士の交流も必要ではありませんか?」
「あなたとは特に必要ないのよ。顔も見たくないわ」
よほど文官や警備兵との交流を邪魔されたことが許せないようで、睨みつけられる。
今回は話をしましょうと割って入ったのがいけなかったようだ。
「もういいわ」
そう言い捨て、イライラしたままムーリャン様は去っていった。
その後ろ姿を見て、どうにか大事にはならずホッとした。
「ちょっとやり過ぎじゃ……」
「人選ミスなのでは……」
「え?」
ぼそりと呟かれたクトラとニルン様の言葉が聞き取れず問いかけると、誤魔化すように二人は同じ笑顔を見せた。
フィーリアの気付かぬうちに、妃候補者同士の衝突は激化しているようだった。