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10 交渉? 取引?


 お兄は相変わらず朝に挨拶と、時間があれば朝食も一緒に食べ、仕事へ向かい、そして夜になると決まった時間に来て夕食を一緒に食べていた。その後、仕事が終わっていなければまた執務室に向かっているみたいだった。

 気がつくと、いつの間にかお兄が訪ねて来るのが習慣のようになっていた。

 小さい頃から知っているお兄だから、心配して様子を見に来てくれているのだろうけれど、フィーリアももう結婚出来る歳になったのだから放っておいてくれても大丈夫なのに、と思っているのだけれど、まだお兄には幼い子供のように見えているのかもしれない。フィーリアのことなんて心配してないで、自分の奥さんのことをしっかり見つければいいのにと思う。

 妹分として、お兄からしたら余計なお世話と言われるかもしれないが、心配していた。


 フィーリアの日常は、お兄が挨拶や食事に来る以外は、クトラと一日中話したり、クトラが来ないときはラマを連れて後宮の中を散策する、というお決まりのパターンになっていた。

 お城というだけあって散策するにはとても広く、植えられている木々や調度品など、見たことがない物や珍しい物などもたくさん置いてあって興味が尽きることがなく、楽しく散策できていた。

 結局前と変わってないんじゃないかという気がしないでもないけれど、散策をしながらも、ニルン様やウルミス様に会わないかなと探すようにしている。もちろんあわよくばドロドロに出くわさないかなとの思惑があるからだ。目的はドロドロの覗きなので、現場を目撃しなければ始まらない。が、そんな場面に出会うこと自体が難しく、いつの間にか珍しい物に釘付けになっていて時間が経っていることが多かった。

 極たまにクトラとニルン様が親密度自慢大会をしているところにかち合い、そんな時はこっそり陰から見守っていた。


 そんな日々を送る中、フィーリアの気持ちに変化が生じた。

 初めてクトラとニルン様の言い争いを見て以降、散策しているときに、何度か二人が言い争いをしている姿を見かけるようになっていた。

 クトラはフィーリアと一緒にいるときはニルン様と会っても言い争いはしない。フィーリアがいるときにそうならないのは、二人にとってフィーリアがライバルだと見なされていないからだろうと思っている。

 ウルミス様もフィーリアと同じように、クトラとニルン様が言い争いをしているところに丁度同じタイミングで出くわしていて、いつも何かを言いたげに離れたところから見つめていた。

 ウルミス様がどう思っているのかも気になったけれど、何度も何度も覗き見ているうちに、クトラとニルン様が必死に言い争っている姿がフィーリアの心に残るようになった。お兄と城内ですれ違った時にした些細な会話やもらった物、贈ったものに対しての返事などを言いあっている二人の姿が。

 とても必死で、一生懸命で、お兄の興味を引こうと努力している姿を見て、そんな二人を差し置いて、お兄と会っている時間が他の人よりも多いのではないかと感じるようになっていた。

 何だか他の候補者に申し訳なくて、最近ずっと考えていたことをお兄に提案することにしたのだ。


「お兄、わたしもう一人でも食事出来るんだけど? 毎日来なくても昔みたいに一人じゃ寂しいなんて泣いたりしないよ?」

「俺のことをお兄と言っているうちは無理だと思うけどな?」


 真面目に言うと心配性のお兄は頷かないと思ったので、軽い感じで茶化しながら言ったフィーリアに、お兄も軽い感じで返してきた。


「それとこれとは関係ないでしょ?」

「そうか? そんなことないと思うぞ? 俺が褒めても昔と変わらないじゃないか」

「お兄が言う言葉は嘘くさいんだもの」

「……俺は本気で言っているんだけどな」


 困ったように笑うお兄に、嘘ばっかりと軽く睨む。

 フィーリアにはクトラやニルン様に言ったような褒め言葉なんて一つも言ったこともないくせに……。

 クトラとニルン様の言葉を思い出して無言を貫いていると、お兄はテーブルの上に少し身を乗り出し、じっとフィーリアを見つめた。


「まずは俺のことをダウールと呼んでみな?」

「……ダウール?」

「──っ、そうだ」


 お兄は一瞬息を詰めたあと、口許を手で隠した。

 その顔には動揺が浮かんでいて、どうやら照れているようだった。


 ええ? 自分で言わせたくせに、どうして照れるのかな?

 そんな態度取られると、こちらまで恥ずかしくなってしまうではないか。

 さっきは特に何も考えずに言えたのに、今ではもう呼べない。というか、呼びたくなかった。


「まずは呼び方から変えていこう」


 動揺から立ち直ったお兄は真面目な顔をして、真面目くさって言い切った。

 いや、何を真面目な顔して言っているのだろうか。

 このままじゃダウール呼びしなければならなくなりそうで、聞こえてないふりをして話を戻した。


「とりあえず一人で食べられるから、他の人と食べて」

「誰と食べるかは俺の勝手だろ?」

「そうだけど、他のみんなもお兄と食事したいと思うんだよね」


 一瞬押し黙ったお兄は、スッと瞳に強い光を宿してフィーリアを見据えた。


「……分かった。フィーリアがダウールと呼ぶなら考えよう」

「ええっ?! それとこれとは関係ないんじゃない?」

「交換条件として妥当だろう? 俺はもういい加減名前を呼んで欲しい。フィーリアは、他の候補者と食事して欲しいのだろう?」

「それはおかしくない?」

「本来なら名前呼びは普通のことなんだが、な?」

「──っ、そうかもしれないけど、わたしとお兄は他の人とは違うでしょう?」

「違うけど、違わないんだよ。フィーリアは俺の妃候補者として来たんだから」


 それを言われると、確かにそうなのだけれど。

 でも、フィーリアが正妃になることなんてないのはお兄だって分かっている筈なのに。

 けれどお兄がいうことは尤もなことでもあるし、フィーリアの立場も言われた通りだから間違ってはいない。


「……わかりました。ダウール様」

「呼び捨てでいいんだぞ?」

「そんなことは出来ないよ……いえ、出来ません」

「別に言葉使いまで変えろとは言ってないが?」

「けじめだから……ですから」


 なかなかすぐに切りかえられなくて、詰まってしまうのはしょうがない。

 事実がどうであれ、フィーリアは妃候補者として来た立場。顔見知りだからといって、礼儀を欠く行動は慎むべきだったことに、今更ながらに気づくことになるとは思わなかった。ただフィーリアの考えが甘かっただけなのだけれど。





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