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黒髪の娘  作者: 立川みどり
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A

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「わたしはカニガといっしょに行くわ」

 ソーラがきっぱりと答えた。

「だって、いま村に黒髪の人がいないのなら、そのうちみんな、黒髪の人間もいるってことを忘れるかもしれないでしょ。知識としては知っていても、気持ちのうえでは忘れてしまって、わたしを憎むようになるのよ」

「考えすぎだよ」

 カニガが言ったが、ソーラは激しくかぶりを振った。

「わたしの村の人たちだって、知識としては、黒髪の人間もいるって知ってたんじゃないかと思うのよ。いまになってみればね」

「そんなに人間が信じられないのかい?」

「そうよ。ついでに言うと、魔族だってもう信じていないわ。カニガ、あなた以外はね。人間と魔族が戦争してるってことを気にせずに、わたしを助けようとしてくれたのは、カニガだけだった。だから、わたしは、いままでに見つけたたったひとりの仲間を見失いたくないの。もう、わたしを憎んでいる人たちのなかでひとりぼっちになるのはいやなのよ」

 そう言いながら、ソーラは、心のどこかで、カニガだって自分を必要としているはずだと感じていた。

 カニガもまた、魔族たちになじんでいなかった。このあと戻っても、おそらくなじめないだろう。魔族と人間は戦争をしているのに、カニガは人間を憎んでいないのだから。

 カニガも孤独なのだ。自分とカニガは種族が違うけれども、ふたりとも、人間の側にも、魔族の側にもなりきれないところは同じなのだ。その点において、自分とカニガは同族なのだ。この世でたったふたりきりの魂の同族なのだ。

 そんなソーラの気持ちが通じたのかどうか、カニガがうなずいた。

「わかった。いっしょに行こう」

「それでいいの?」と、イルマが口をはさんだ。

「ふたりとも、ほんとにそれでいいの? とくにカニガ、ほんとうに平気なの?」

 カニガがほほえんだ。

「平気じゃないけど、もう逃げないよ。逃げたほうがもっとつらいとわかったし」

 そのほほえみを見て、ソーラは、カニガにとって苛酷な選択をしてしまったのではないかと、ちらりと思った。だが、同時に、別の選択のほうがもっと残酷だとも思い、それ以上くよくよ考えないことにした。



       7


 ソーラとカニガが山奥に小屋を立てて住むようになり、どのぐらいの歳月が過ぎたろうか。

 黒かったソーラの髪がほとんど真っ白になったころ、彼女は病に倒れた。カニガはつきっきりで看病したが、年老いていたソーラは日に日に弱り、やがて最期のときを迎えた。

「わたしがいなくなったら、仲間のところに帰って。あなたの人生はまだまだ長いのだから」

 そう言い残してソーラがこの世を去ったあと、カニガは長いことそのかたわらで腑抜けたように過ごしたが、二度目の朝を迎えたとき、馬のいななきを耳にしたような気がして、剣を手に家の外に出た。

 カニガはそこで、数人の男たちと出くわした。人間の兵士たちだった。

 兵士たちは、魔族の斥候がニザロース王国内に潜んでいないか探索中、偶然にこの小屋を見つけ、確認しようと近づいてきていたのである。

 カニガはとっさに剣を抜いてかまえたが、その剣を振りおろすよりも早く、兵士のひとりが馬上からふるった剣が彼の胸を貫いた。つねならもっと敏捷に動けるカニガだが、この二日間ほとんど何も食べていなかったうえ、ソーラの死に打ちひしがれているときでもあったので、ふだんのようには動けなかったのだ。

 兵士たちは、用心しながら小屋に踏み込み、寝台に横たわっているのが人間の老女の亡骸だと知って首をかしげた。

「なんで人間のばあさんがこんなところで死んでいるんだ?」

「わからん。魔族に殺されたわけではなさそうだ。病気か老衰だな」

「どうする?」

「人間なんだから、放ってもおけんだろ。埋葬してやろう」

 兵士たちは、ソーラの遺体を小屋から運びだし、穴を掘って埋めると、手近なところにあった石を墓石代わりにした。

 一息ついた兵士たちは、殺したと思っていた魔族がまだ息があり、最期の力をふりしぼるようにして自分たちのすぐ足元にまできていたのに気づき、ぎょっとして飛びのいた。

 兵士たちのひとりがカニガにとどめを刺し、カニガは、ソーラの墓に向かって手を伸ばしたかっこうで事切れた。

「まるで恋人の墓でもめざしていたようだな」

「なにばかなことを言ってるんだ。でもまあ、あの世への道連れがいるなら、ばあさんもさびしくないだろうさ」

「道連れにはならんだろう。魔族じゃあな」

「ああ、そうか」

 そんな会話を交わしながら、兵士たちは、魔族を討ち取った証にカニガの尖った耳を一つ切り取ると、亡骸をそのままに立ち去った。


 長い歳月が過ぎ、山岳地帯の調査に訪れた役人たちの一行が、いまや白骨と化したカニガの骸とソーラの墓と、それに小屋の残骸を見つけた。

 骨となってしまえば、たいていの者には魔族も人間も見分けがつかぬ。魔族の骨格と人間の骨格には多少の違いがあったのだが、その違いがわかる者は、少なくとも人間にはめったにいなかった。

 それゆえ、一行は、カニガの骸を人間だと思い込んだ。

「こんなところにふたりだけで住んでいたんでしょうかねえ」

「駈け落ちでもしてきたんじゃないのか?」

「そうだな。それで連れ合いに先立たれたんだろう」

 それがもっともありそうな説明に思えたので、彼らは、ソーラの墓の横にカニガの骸を埋葬し、墓をつくってやった。

 なんのへんてつもない夫婦の墓のように、仲よく並んだ墓が二つ。のちにそれを目にする者がいても、魔族の男と人間の女の墓だとは思いもよらぬことだろう。



「まだ続きます」になっていますが、こちらの選択肢は、ここで完結です。

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