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黒髪の娘  作者: 立川みどり
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 ソーラは、カニガたちの小隊長のもとに連れていかれた。一行は十数人ほどの部隊で、カニガたち三人は偵察のために部隊を離れていたらしい。

 小隊長は、外見的には母のイルダより少し年上ぐらいに見えた。亡くなった義父が生きていればこのぐらいの年だ。つまり、ソーラが漠然と実父として想像していた年代の男だった。

 だが、実際にはもっと年上のはず。オスロー村いちばんの年寄よりもずっと年上なのではなかろうか。

 彼は、カニガたちから説明を聞くと、あきれたように言った。

「カニガ、その娘は完全に人間だ。魔族の血を引いてはいない。人間と魔族のあいだに子供が生まれるはずはないのだ」

「どうしてそう言い切れるのですか?」

「異なる種族の生き物どうしのあいだでは子供は生まれない。生物の体はそのようにできている。子供が生まれるには、われわれと人間は種族が大きく違いすぎるのだ」

「どこがそれほど違うというのですか? 髪の色と瞳の色、耳の形。たったそれだけではないですか」

「それだけだと本気で主張する気か? 人間の娘と五年もいっしょに暮らしておきながら」

 ソーラは驚いてカニガを見た。両親がともに過ごしたのは一夜だけのはず。五年もともに暮らしたりはしていない。

「人間が年をとる速さはわれわれの七倍ほどだ。子供のときには性別のないわれわれと違い、人間は生まれたときから男と女に分かれている。さらに人間は、腹にわれわれのような赤子を育てるための袋を持ってはおらず、かわりにヘソというものがある。人間の赤子は、われわれの赤子よりも大きくなるまで母親の胎内で育ってから生まれるのだ。これほど違う種族どうしのあいだで、ほんとうに子供が生まれると思うのか?」

「ほんとうなの?」

 ソーラの声が震えた。自分がきわめて危険な立場にあるという認識よりも、衝撃と落胆が先にたって、ソーラはカニガに詰め寄った。

「あなたはとうさんじゃないの? ほんとうに魔族と人間のあいだに子供は生まれないの? それじゃ、わたしのとうさんはだれなの?」

 無言のカニガに代わって、小隊長がソーラの背後から声をかけた。

「おまえの父は人間の男だろう。おまえの母は人間の男とも寝たのではないか?」

 ダナーン山脈の村々の風習からすれば、それはじゅうぶんあり得ると、ソーラは知っている。だが、それならどうして自分は黒い髪をしているのか? 自分は母や村人たちに憎まれなければならなかったのか?

「かあさんは、わたしの父は魔族だと言ったわ。だから、魔族を憎むようになってから、わたしまで憎むようになって、わたしを兵士に引き渡そうとしたのよ」

 驚きと怒りから、小隊長に対しても言葉遣いがぞんざいになる。

「わたしのとうさんは魔族のはずよ」

「それはおまえの母の勘違いだ。人間とは残酷な生きもの。長らくわれらとともに暮らしていながら、われらをいわれなく迫害したうえ、髪の色が自分と違うというだけで、わが子をすら殺そうとするのだ」

「いわれなく迫害って……。先に戦いをしかけたのは魔族のほうじゃないの?」

「魔族のほうから戦いをしかけたりはしていない。魔界からきたわれらの同胞が独立した自分たちの国をつくろうとしただけなのに、人間たちはそれを拒んだうえ、人間とともに暮らしていたわれらをも殺そうとしたのだ」

「そうなの? 村のみんなは、魔界から魔族が攻めてきたって言ってたけど?」

「人間たちが勝手にそう解釈したのだ」

「ふうん。何か誤解があったのかもね」

 ソーラにとっては、それはどうでもいいことだった。それよりも、自分が魔族の血を引いていなかったというほうが重大だ。

「いまさら、とうさんがじつは魔族じゃなかったって言われても……。人間の世界には帰れないわ。帰ったら殺されてしまう」

「帰れとはいっていないし、帰すわけにもいかない。われらの居場所を人間に教えられては困るからな」

「じゃあ、わたしを魔族のところにおいてくれるのね」

 ソーラはほっとした。自分とは違う種族だとしても、受け入れてもらえるならそれでもいいと思ったのだ。

 だが、相手の答えは違った。

「人間をわれらのところにおくわけにはいかない」

 小隊長は槍をかまえ、カニガがぎょっとしたようすで、ソーラを背にかばってふたりのあいだに割りこんだ。その態度で、ソーラも小隊長の意図に気がついた。

「わたしを殺すつもりね」

 恐怖よりも怒りで声がうわずった。

「人間を残酷って言ったけど、あなただって同じじゃないの。わたしが魔族の血を引いているだの、引いていないだの、わたしのせいでもないことを理由にして、生きるのを認めようとはしないのだから」

「人間といっしょにするな。われらは同族の子を殺そうとしたりはしない。おまえは人間なのだから、われらの同族ではない」

「やめてください」と、カニガがソーラをかばった姿勢のまま言った。

「秘密を守るためなら、われわれと会った記憶を消せばいいだけじゃありませんか」

「あいにくそれをできる者はいまわれらの駐屯地にはいない。さきほど伝令に出たばかりだ」

「戻ってくるまで待てばいい」

「それで? 妻子と兄と妹を人間に殺された者に向かって、人間の娘の命を助けるために魔力を使えというのか? 彼は承知すまい。彼だけでなく、他の者たちもな」

「では……おれが彼女を始末します」

「おまえにはできん。おまえはむかし人間の娘に惚れた思い出をいまだに引きずっていて、人間を憎んでおらん。そのうえ、その娘に情を移してしまっているではないか」

「だからこそ、おれがやります。彼女を同族と認めて、彼女の死を悲しむおれの手で。でないとあんまりじゃないですか。魔族を同族と信じて頼ってきたのに、憎まれて殺されるなんて。ソーラ自身はだれも魔族を殺したりはしていないのに」

 小隊長はしばらくカニガを見つめてため息をついた。

「わかった。おまえにまかせよう。……人間として生まれて、人間の社会に受け入れられないというなら、死なせてやるのがその娘のためだ。だから、妙なことを考えるなよ」

 小隊長はそう言い残すと、気がかりそうなようすを見せながらも、他の魔族たちとともに立ち去っていった。

 ふたりきりで取り残されると、ソーラはしばらく無言でカニガを見つめた。怒りはいつのまにか萎えていた。

「どうしてわたしの父親だなんて言ったの?」

「娘のように思えたんだ。違うということは理屈ではわかっていたけど。もしもおれが去ったあとで彼女が子供を生んでいたとしたら、きみのような立場になっていただろう。そう思ったら……おれの娘のように思えたんだ。おれの娘ってことにすれば、仲間たちが受け入れてくれるかもしれないと思ったし……。でも甘かった。悪かったよ」

「あの人に言ったことはほんとう?」

「言ったこと……って?」

「わたしを同族と認めて、わたしの死を悲しんでくれるって」

「ああ、ほんとうだ」

「じゃあ、そうね。あなたの言ったとおり、ましかもしれない」

 言いながらソーラは、かたわらの石の上に腰を下ろした。全身の力が抜けていくようで、立っているのが苦痛になったのだ。

「何がましだって?」

「わたしをゆえなく憎んでいる人たちになぶり殺しにされるよりは、わたしを同族と認めて、わたしの死を悲しんでくれる人の手にかかったほうがましって言ったのよ。あまり苦しまずにすむようにしてくれそうだし、最期のときはひとりぼっちじゃないし……」

「ごめんよ、それしかしてあげられなくて」

 カニガは腰の短剣を抜き、ソーラは目を閉じた。全身が小刻みに震えていたが、もはや逃げるべき場所はなく、逃げる気力も逃げたいという意欲も失せていた。

 ソーラの肩にカニガの手が置かれ、ソーラは緊張して最期のときを待った。

 だが、なにごとも起こらず、かわりに顔に温かいものがかかった。

 目を開けると、カニガが泣いていた。

「だめだ。やはりおれには殺せない」

 カニガはソーラの両頬に手を当て、目をのぞきこんだ。

「おれたちのことを話さないと約束してくれるなら、人間の村まで送っていくよ」

「いやよ!」

 ソーラは思わず叫んで立ち上がった。

「そのほうがひどいわ。お願い。人間に引き渡さないで。引き渡したら、どんなむごたらしい目にあわされるか。そうなったら、殺される前にあなたたちのことを話すわよ」

「だいじょうぶ。黒髪の人間もいる村だよ。二十年以上も訪ねてないけど、いまでも黒髪の人間はいると思う。そこなら、きみは魔族だなんて疑われずにすんで、受け入れてもらえるよ」

 カニガの口調は、なにかもやもやしていたものがふっ切れたかのように明るく、それが奇妙にソーラの不安を呼び覚ました。



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