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黒髪の娘  作者: 立川みどり
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 ソーラが二歳の誕生日を迎えてまもなく、ヒルダは子連れで隣の村に嫁いだ。彼女の心には、いまなお一夜をともにした魔族の若者の姿が宿っていたが、二度と会うべくもない一夜かぎりの恋人だけを思って生涯を過ごすつもりはない。穏やかで安定した幸せを望んで、花嫁探しのためにスタック村を訪れたオスロー村の若者の求婚に応じたのだった。

 ヒルダの夫とその家族は、花嫁だけでなくその連れ子も歓迎した。魔族の子だというヒルダの主張はあまり信じていない。彼女と寝た男の先祖に、黒髪や緑の目の人物がいたのだろうと考えた。

 それはまったく問題にならない。むしろ珍しい民族の血が村に入るのは大歓迎だ。

 仮にほんとうに魔族の子だったとしても、人間の母親から生まれたのなら、人間の男と子をなすこともできるだろう。それなら、父親が魔族でもいっこうにかまわなかった。

 それで、ソーラは、新しい父親にも祖父母にもかわいがられて育った。むろん、母親の愛情はいうまでもない。ソーラは家族じゅうに愛されて育ち、それはやがて弟妹が生まれても変わらなかった。


 ソーラの境遇が大きく変わったのは、彼女が十二歳のときである。魔界の魔族たちの軍勢がニザロース王国北縁の国境に迫ったのだ。

 ここハウカダル島では、島の北部のどこかに魔界に通じる門があり、何年かおきに閉じたり開いたりする。人間が十二の王国をつくって住んでいるのは島の中央部から南部にかけてであり、ニザロース王国は十二王国のなかで最北に位置する。

 必然的に、魔界からの侵攻に対して、もっとも危険にさらされているのがニザロース王国だった。そんな魔界軍に対する恐怖と敵意が、国内に住む魔族たちにまで向けられたとしてもふしぎはなかろう。

 オスロー村やスタック村のあるあたりは王国の北縁部から離れているし、山奥のために情報も遅いので、王国北縁部や都に比べて危機感は薄かったが、それでも、都から兵士がやってきて危機を伝え、兵を募れば、安穏とはしていられない。はじめのうちは志願した者たち、ついで徴兵された者たちが戦場におもむき、戦死者も出たとなればなおさらだ。

 いつしか村人たちのあいだには、魔族に対する敵意が醸成され、それはソーラにも向けられるようになっていった。

 ソーラがほんとうに魔族の子かどうか確信はなかったが、村人にはおらぬ黒髪と緑の瞳は魔族を連想させるし、なによりも母親が魔族の子だと信じて疑っていないのだ。

 戦いへの不安と戦死者への悼みから、村人たちは、いつしかソーラを厭うようになっていったのである。

 それでも母親と義父はこれまでと同じようにソーラを愛し、村人たちの憎悪からかばいつづけた。

「国を脅かしているのは、魔界からきた魔族なのでしょう? この子の父親は違うわ」

 ヒルダの訴えに、村人たちは眉をひそめたが、夫は彼女の肩をもった。ソーラを幼いころからわが子同然に育てていたので、いまさら厭う気にはなれなかったのだ。

 父親違いの弟妹たちもかわらず姉を慕っていたし、病がちの義理の祖母も嫁や息子と同意見で、ソーラを孫として愛していた。数年前に他界した義祖父がもしもいまだ存命であっても、やはり家族と同じ態度をとっただろう。

 村人たちから冷たい目で見られるようになってからも、ソーラは、家族には愛されていた。義父が徴兵され、やがて戦死の報が届くまでは。

 病床にあった祖母は、息子の死を知ると、悲しみのあまり胸がはり裂けてこの世を去った。

 涙にかきくれながら夫と姑の葬儀を出してから、ヒルダは変わった。美しい思い出だった一夜かぎりの恋は忌まわしい記憶となりはて、ソーラをみれば、戦場であの魔族の若者が夫を殺す光景が目に浮かぶ。その場を見たわけでもないのに、まるで実際に見たかのように想像の光景が頭に焼きついて離れない。

 ヒルダはソーラを遠ざけ、近寄れば悲鳴を上げ、ののしった。

 ソーラは母の変わりように驚き、打ちのめされた。

 それでなくても義父や義祖母の死は悲しい。たとえ血のつながりがなくても、じつの父や祖母のように愛してくれ、自分のほうも愛していたのだ。母や弟妹たちといっしょに泣きたいのに、母はそれを許さず、まるでソーラが義父を殺したかのようになじる。

 母も村人たちも、どうしてこんな仕打ちをするのか? 自分が悪いのだろうか?

 嘆きながら、ソーラは何度も自問し、同じ答えを導きだした。

 答えは「否」。自分は悪事を働いたわけではない。魔族の血を引いているのは自分のせいではない。なのに、どうして憎まれ、ののしられなければならないのか?

 ソーラは憤慨し、心のなかに反抗心を育てた。でなくば生きていくことはできない。村人たちにも母にも自分のすべてを否定されているのだ。それを正しいと思ったら、自分で自分を否定しなければならなくなる。生きていくためには、母にも村人たちにも、心のうちで反抗しつづけることが必要だったのだ。



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