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第48話 モブ令嬢と攫われた旦那様

「旦那様が……何者かに拉致されました」


 セバスのその言葉を聞いた途端、目の前が暗くなります。


「奥様!」


「フローラ!」


 身体がぐらりと揺れ、私はそのまま暗闇に呑み込まれそうになりました。しかし必死に意識を引き留めます。

 崩れ落ちそうになる膝に何とか力を入れて、身体を支えようとします。

 そんな私にメアリーが素早く寄り添ってくれました。


「だっ、大丈夫です……ありがとうメアリー。それよりも詳しい話を……」


「待ちなさいフローラ、フルマもチーシャも先ほどこちらに着いたばかりなのだ。お前とてそのような状態ではまともに話を聞くこともできないであろう。応接室に場を移そう」


 お父様の仰ることはもっともです。私は、焦れる心を押さえ込んで応接室へと移動いたしました。

 椅子に掛けるその間も惜しく、私は二人に声を掛けます。


「フルマ、チーシャ、疲れているでしょうが、いま少し頑張ってください」


「私たちは大丈夫です……」


 フルマがそう言いました。しかし彼女の青竹のような色をした髪は土埃をかぶって少し白んで見えます、そして、淡い黄色い瞳を持つ目の下には濃い(くま)が浮かんでおりました。それは隣に掛ける暗い紅色の髪に、薄灰色の瞳を持つチーシャも同じです。二人とも濃く疲労の色が浮かんでいるのが見て取れます。

 二人の様子を見て私は恥じ入ります。

 口では二人を労っているような言葉を吐いておきながら、このように疲弊するほどに急いで伝えに走ってくれた二人よりも、旦那様の身の方を大切だと思ってしまうのですから。


「一体何があったのですか?」


 私の問いに、二人は顔を見合わせてからチーシャが口を開きます


「昨夜……いえ、もう真夜中を過ぎていたかも知れません。ご主人様たちの隊を含む中隊が夜襲を受けたのです。しかしそれは今回のような演習では恒例らしい、抜き打ちの夜襲訓練でした。それを警戒していたご主人様たちの部隊は、素早く防衛陣を敷いて取り決められていたらしい時間をやり過ごしました……」


 そこでチーシャは、息をつきます。その後をフルマが引き継ぎました。


「そして防衛陣を解いた中隊が解散して、気の緩んだところを主人様たちの小隊を含めた近くの隊が襲撃されたのです。ご主人様たちは懸命に応戦なされましたが、周囲からの援護を受けることもかなわず、それに、襲撃に気付いた私たちも直ぐに加勢したのですが……その、アルメリア様が人質に取られてしまいました。そして、ご主人様の身柄が要求されのです」


「あっ、アルメリアが!? まさかアルメリアも拉致されてしまったのですか!?」


「はい……、その、隊を襲撃した賊の目的はご主人様だったのですが……、何故かアルメリア様が『グラードル卿はとても機転が利くし強いのだ。私のような人質がいなければ直ぐに逃げ出されてしまうぞ!』と、ご自分も一緒に連れて行くようにと強硬に主張なされまして……」


「そっ、そんな…………ですが、アルメリアのことです、きっと安全に脱出するための考えがあるのかもしれません」


 そうです、体術は旦那様がお強いようですが、剣の腕も戦士としての力量もまだまだアルメリアの方が上だと旦那様が仰っておりました。


「結局、ご主人様はアルメリア様を見捨てるわけにも行かず、賊が求めているのはご自身の命ではなく、そのお身柄らしいと判断なされ、彼らに投降いたしました」


 バレンシオ伯爵の配下の者による襲撃を予想しておりましたが……少々様子が違う感じが致します。


「旦那様の身柄を要求なされたということは、身代金が目的ということでしょうか?」


 私は、一番初めに浮かんだ可能性を口にしました。ですが自分で口にしましたが違和感が伴います。


「だが、我家には身代金を払えるような資産は無いぞ」


 そう言ってお父様は、苦悩の表情を浮かべます。

 ああっ――お父様はもう旦那様を完全にエヴィデンシア家の人間だと思ってくださっているのですね。

 状況をわきまえずに嬉しさがこみ上げてしまいます。


「お父様、旦那様のご実家は王国でも有数の資産をお持ちです……」


 身代金目的だとしましたら旦那様のご実家、ルブレン家がらみの事件ということになりまが。


「ムムッ、もし身代金が目的だとすると我家には連絡が来ない可能性もあるな、ならばルブレン家にも事態の報告をした方が良いのではないか」


「お待ちくださいお父様。やはり少々違和感がございます。確かにいま、身代金を目的とした拉致を考えました。ですが襲撃してきた賊の行動を考えますと――彼らの襲撃は、相当に綿密な計画を立てて行われてはおりますが、これは本当に彼らの思惑通りの事態なのでしょうか?」


「どいうことだフローラ?」


「いえ、うまく行きすぎたと思うからです。考えてもみてください。いくら夜間であったとしても彼らが襲撃したのは軍隊なのです、なりふり構わず旦那様を亡き者とするのが目的ならばまだしも、拉致などまず成功するわけがございません。もしかするといまの事態に彼らの方が戸惑っているかも知れません。いえ、厳密に言いますと、実行者は違うかも知れません。ですがこの襲撃を計画した者は……」


「ではその賊をけしかけた者とやらは何を考えていると思うのだ、フローラ」


「彼ら、というよりも彼らを使った人間の目的は忠告、いえ警告なのではないでしょうか……成功する必要は無かったのでは」


「何故だ。何故そのような……」


「先日、旦那様がお父様にも話しましたとおり、旦那様とディクシア法務卿、捜査局長のライオット様は、バレンシオ伯爵の手の者が、貴人である白竜の愛し子であるリュートさんと、聖女マリーズを我家の敷地内で手に掛けるのではないかと危惧しておられました。ですが……私たちはそれ以外の何かに気付いていないのかも知れません」


 お父様が、私の言葉を吟味するようにしばしの間考え込みました。


「だがそれでは……バレンシオ伯爵の勢力の中に、我が家に味方するものがいるということになるが……」


「いえ、味方とは限りません。その勢力の中に、バレンシオ伯爵に軽々しい行動をしてほしくない方がいるとすれば、我が家に警戒を高めるように示唆するのではないでしょうか」


 私の頭に、一人の御仁の顔が浮かびます。

 レンブラント伯爵……あの方ならば財務卿の選定を前に、バレンシオ伯爵が軽挙な行動をとることができないように、我が家にさらなる警戒をさせようとなさるかも知れません。

 それこそ今回の件、旦那様の命が狙われたのならば成功した可能性が高いのです。

 レンブラント伯爵の、あの冷徹な顔からよく通る声で、『警戒が足りていないぞエヴィデンシア』と言われたような気がいたします。


「しかし、これは私が考えた一つの可能性です。本当にただの身代金目当てで起こされた襲撃である可能性もございます。身代金目当てであるのならば、相手の出方をうかがってから動いた方が良いでしょう。しかし私は、先ほど言った可能性を軸に動きたいと考えます」


「あれだけの報告で、そこまでお考えになるのですか……」


 フルマとチーシャが、隈の浮かんだ目を見開いております。

 お父様の斜め後ろに控えるセバスは、私をただ静かに見守っております。それはまるで、私を吟味しているようにも感じられました。


「これまでの経緯がありますからね。それよりも、フルマ、チーシャ、旦那様たちを拉致した賊たちがその後どのような行動をしたのか分かりますか?」


「はい、賊は散り散りに逃げ去りましたが、ご主人様を連れた一団は北の方角へと逃げ去りました。演習部隊は直ぐに周辺の街道を封鎖するため、その旨の伝令を送り出す準備をはじめました。私たちはご主人様の馬を拝借してその前に王都へと駆けたのです」


 ユングラウフ平野の北方といえば、ランドゥーザ伯爵の領地がある方向です。

 その言葉を聞いて私は、決心いたしました。


「メアリー、私、法務部へまいります。供をお願いします」


「はい、奥様」


 私の斜め後ろに控えていたメアリーが、感情の揺らぎ無く答えました。


「お前まさか……」


「……フローラ」


 お父様とお母様が、私の決心を感じたのか心配顔で見ています。


「お父様、お母様。私、旦那様を救いにまいります。その前に、ディクシア法務卿かライオット捜査局長に事の次第を報告してまいります」


 席を立った私に、フルマとチーシャも席を立ちます。


「あっ、あの奥様。ご主人様は、あたしたちに気付いておられました。そして賊に投降する前、あたしたちに無茶をしないようにと言い含めました。でなければあたしたちはご主人様を自分たちだけで救い出そうとしたでしょう。ですから奥様も無茶はなされないでください」


 フルマがそう言い、隣でチーシャも訴えるように私を見つめています。


「ありがとうフルマ、チーシャ。貴女たちはゆっくり休んでください。それに、私が旦那様を救いに行くのは決して無茶なことをしようと思っているのではないのです。旦那様の居場所を見つけられる可能性があるのが私だから行くのです」





 日が沈みかけた頃に法務部行政館に到着した私たちは、運良く行政館の門が閉じられる前にライオット局長に面会することがかないました。


「いやいや、まさか……そのように動いてきたか」


 私の報告を聞いたライオット様が、燃えるように赤い髪をもしゃもしゃと掻いてそう仰いました。


「私、旦那様を救いにまいります」


 決然とそう言い放った私を、ライオット様はまぶしそうに目を細めて見ます。


「そのような事は、我らにまかせなさい。と言いたいところなのだが、そちらが陽動で、エヴィデンシア家の警戒が緩むのを待っている可能性も捨てきれない。こちらでもできる限りの事はするが、今回の場合、申し訳ないが捜査局は人手が足りない。……まかせられるかい」


 その返事は予想通りでした。貴人であるリュートさんとマリーズとでは、いまだ、廃爵となっても王国には何の損害も無いエヴィデンシア家の人間です。

 ライオット様が目を掛けてくださるのもここ最近の交流があったからに他ありません。


「元よりそのつもりです。ですが、この夜のうちに動きたいのです。既に城壁の市門が閉じる時間を過ぎております。市門を抜ける許可を頂きとうございます」


「なるほどなるほど、報告よりもそちらが本命だということかい。君は案外せっかちなんだねえ」


「私が考えますに、旦那様を拉致した賊は、いいえ、その襲撃者をけしかけた人間は、いま思わぬ成功に動揺しているはずなのです。彼らを操っている人間がどれだけ彼らを統率しているかによりますが、時間が経てば経つほど彼らの中に余計な欲が生まれる可能性がございます。なんと申しましても旦那様のご実家は王国有数の資産をお持ちのルブレン家なのですから」


 私の言葉を聞いた、ライオット様が片眉を上げて僅かに驚きの表情をつくります。


「……優秀なのはグラードル卿だけかと思ったが、君も彼と遜色のない力を持っているのだねえ。なんとも女性なのが勿体ない」


 彼は、しみじみとそう仰いました。


「門を抜ける街出の件はまかせたまえ。これを持って行きなさい。これが法務部が許可した証になるように伝達しておく」


 ライオット様はそう仰いますと、ソファーから立ち上がり、机へと移動しました。

 彼は引き出しから親指ほどの大きさの徽章を取り出して、私に手渡します。

 私は、その徽章を受け取り、捜査局長の部屋を辞しました。

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