ラズベリーパイ売りの少女
「ラズベリーパイはいかがですか? アップルパイもありますよ?」
少女は道行く人々に声をかけるが、売れることはない。
「きょうもうれなかった。もうすぐおかねもなくなってしまうというのに」
少女は事故で両親を亡くし天涯孤独となった。生きるために、家にあったラズベリーパイ(食べ物ではなく電子機器の方)とアップルパイ(食べ物ではなく電子機器の方)を売り歩く。
幸いにも蓄えは少し残っているが、ラズベリーパイが売れなければ近いうちに餓死してしまうだろう。
季節は秋の入り口になり、夜もだんだん冷え込むようになってきた。
寒さに負けて本日は家に帰ることにした。
「うちのなかでも、ゆうがたになると、さむいなぁ。そうだ、ラズベリーパイをつかってあったまろう」
少女はラズベリーパイにLEDをつなげ、ピカピカと光らせた。
通称Lチカである。
「きれいだなぁ。でもあったかくはないなぁ」
LEDなので残念ながらほとんど熱を感じることはできない。
「そういえば、さいきん、ふしんしゃがあらわれているって、きんじょのおばさんがいっていたっけ」
ただでさえ少女の一人暮らしである。空き巣や強盗に巻き込まれれば、命の危機である。
近所には、不審者として、空き巣や強盗まがいの行動を生配信する、炎上系動画配信者が発生していると、近所のおばさんが話していた。
少女は、身を守るために、ラズベリーパイでセンサーを作ることにした。
「こうして、こう。よし。できた」
Lチカから技術的に一気に飛躍した感があるが、無事に警報機付きの人感センサーが完成した。
入口や窓に設置しておけば、空き巣が入ってきても警報機が知らせてくれるだろう。
「それと、もうひとつ」
強盗があらわれたとき用に、秘密兵器を一つ作成した。
「よし、ねよう。あしたはうれるといいな」
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その夜、少女が夢の世界で自由に空を飛んでいると、けたたましい警報機の音が鳴り響いた。
近頃話題の暴力・犯罪による炎上系動画配信者が侵入してきたのだ。もちろん、生配信している。
「うるさいなぁ」
少女は目をこすりながら、秘密兵器の準備をする。
空き巣であれば電気をつけることはないだろうが、現れたのは、犯罪中継で小金を稼ぐタイプの動画配信者という極悪非道な存在である。
強盗は普通に部屋の電気をつけた。
さすがに顔バレをしないように目出し帽をかぶっているが、180センチメートルほどのやせ型で、おそらく男性であった。
変声機を使っているような声色で、強盗が小悪党のような台詞と吐く。
「へっへっへ。悪いな嬢ちゃん。金目の物を出しな」
少女はおびえた様子も見せず、おなかにつけた秘密兵器、ラズベリーパイの制御による絶妙なツボ刺激により、一時的に身体能力を向上させるパワードスーツを起動する。
これは機械学習により、使えば使うほど最適化されるのだが、その機能が生かされるまで使われることがあるのかは不明である。
「わるいことをしたら、つかまるの」
少女がそういった瞬間には勝負がついていた。
ベッドから弾丸のように飛び出し、掌底を強盗の股間部に的確にヒットさせる。金的である。
痛みで転倒しかけた強盗に対し、パワードスーツによる強化を生かした膝蹴りを放ち、追撃する。金的である。
強盗の股間部にいる強盗を一人倒すことに成功した。
強盗が悶えているうちに、もう一発蹴りを入れ、強盗についていた二人目の強盗もあえなくこの世から失われた。
悶絶する強盗の視界は痛みでピカピカとしている。
通称Lチカである。
少女はそのまま強盗を押し倒し、レバーに3発掌底を入れた後、かかとでひたすら強盗の頭を踏み続ける。
少女の力とは思えない圧倒的なパワーで踏み続けられた強盗は、頭を強く打ったおかげで完全に昏倒した。
無事を確保した少女は、強盗から配信用のスマートフォンを奪い取ると、配信を停止し、そのまま警察に電話をかけた。
家にあったロープで強盗を縛っておき、警察が来て無事に引き渡しが完了すると、翌日事情を説明することを約束し、その日は休ませてもらうことになった。家の前には念のため警官が立っていてくれるらしい。
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翌朝、警察への事情聴取となったが、証拠となる動画生配信があったことから、事実関係はほぼ把握されており、特に時間もかからずに終了した。
帰宅する途中、少女は帽子をかぶった老紳士から声をかけられた。
「お嬢さん、もしかして昨日、強盗動画配信者のボウタローを撃退したパワードスーツの少女かね」
強盗がボウタローというのかは知らなかったが、動画を見た人なのだろうと思い、少女は返事をする。
「うん、そうだけど。おじさんはだれ?」
「儂はこういうものでな」
老紳士は名刺を差し出してくる。
「なんてかいてあるの」
「おっと読めなかったか。これはすまない。株式会社シールドガードナー、防犯用の機械を売っている会社じゃよ。儂はそこの社長をしておる」
老紳士は帽子を脱ぎ、目線を少女に合わせるようにしゃがみつつ、自己紹介をした。
「そうなの。しゃちょうってことはおかねもち? ラズベリーパイをいっこかってくれない?」
「一個どころか、あるだけ買ってやろう。それより、お嬢さん、うちで働かないかい? ラズベリーパイを使った電子工作であれだけの防犯兵器を作れるんだ。きっとお嬢さんには研究者が向いているよ」
「わかった。ぜんぶかってくれるならいいよ」
少女の名はユビ子。後に防犯業界ナンバーワンの企業シールドガードナーの社長となった女傑と同じ名前である。
ただ、この話が真実であったかどうかは本人のみぞ知る。
――――
株式会社シールドガードナー社史、23ページ、第8代社長、北須ユビ子の紹介として、隅に掲載されているコラムより抜粋。
了
Lチカさんには、ほんとうにすまないとおもっている。