4、油売りの男
ある日、お姫様は油壺を持って、行商の油売りのところに揚げ物用の油を買いに行きました。
油売りはいつもと同じ男でしたが、その日に限って彼のラクダの鞍に、小さな緑色のガラスの小瓶に入ったアーモンド油が、つりさげられていたのです。
そのアーモンド油は、お姫様がまだ城でお姫様としての生活をしていたころ、毎日のように体の手入れに使っていた、最高級のものでした。アーモンド油のとろりとしたなめらかな使い心地や独特の香ばしい匂いとともに、優しかった父と母、召使いたちにかこまれた幸せだった昔を思い出し、お姫様は黒い大きな眼から、涙をぼろぼろとこぼしました。
その様子をみていた油売りの男が、お姫様に声をかけてきました。
「お嬢さん、その油がほしいのかい?」
お姫様は我にかえって、涙を手の甲でふきながら応えました。
「え? ええ、はい」
「でも、それはとてもお値段が高いものなのだよ」と、油売りは言います。
「わかっています。いまの私では到底買うことができないことも。ただとても懐かしかったので、つい見てしまいました。ごめんなさい」
油売りの男は、しばらく考えてから、お姫様の黒い大きな眼を見ながらこう言いました。
「俺は、街のはずれにある隊商宿に泊っている。今夜、夜伽をしに来てくれたら、あの油をお嬢さんにあげてもいいよ」
お姫様はびっくりしました。なぜなら、夜伽どころか、いままでほとんど男性に声をかけられたことすらなかったからです。
驚きのあまり、本来買いに行ったひまわり油はおろか、自分が持ってきた油壺も忘れて帰ってしまい、お屋敷の料理長に大目玉をくらってしまいました。