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とある女神が暴走してしまった結果

作者: オルフェイス

もしかしたら続編が出る……かも。


────薄暗く、小さな灯りがポツポツと壁に掛けられているその場所に()()はいた。



───巨大。



一目見たら、まずそれが思い浮かぶであろう大きさを持つ()()



その身体は蒼い体毛に覆われ、身体に生えている四本の足と、そこから見える鋭い爪。口を開けば、人など一口で食べられてしまうほどに大きな口。そしてその口からはみ出して見える、凶悪な牙。



その巨体に見合う耳は伏せられ、()()の眼は閉じられている。静かに────だが、寝息を立てる度に、並みの生物ならあまりの重圧で気絶するほどの存在感を放っている。



()()を見た者は、それを起こしてはいけないことを、本能的に悟るだろう。誰もが、()()が動き出せば世界が滅ぶことを思い知るだろう。



戦おうなどとは誰も考えない。生物としての格が違う────それを、理解するだろう。



()()の正体は、狼と呼ばれる獣の種族から生まれたモノ────そして、繁栄せし者を滅ぼす役割を持つ、終末の使徒の一匹。



その名はフェンリル────繁栄せし者を暴力によって滅ぼす、暴虐の王─────






(うー、あー暇だー。仕事がほしいー)






────かつては、そう呼ばれていた。



蒼き獣フェンリル────かつては自らの使命のため、繁栄しすぎた者に絶望を与え、滅ぼしてきた存在。だか、それは今────



(寝るのも飽きたなー…………後輩くんたち、元気にやってるかなー……?)



───フェンリルの管理する迷宮『蒼獣の墳墓』にて『暇』を与えられていた。



なぜそんなことになっているのか、当事者であるフェンリルにも、よくわかっていなかった。



そしてフェンリルは思い返す。この世界に来た時のことを─────




▼▲▼▲




フェンリルは、元はこの世界から生まれた存在ではなかった。



地球という、人類が支配権を握っている世界の、何処にでもいる普通の一般人でしかなかった。



ごく普通に生活だった。友人がいて、勉強をして、仕事をして、美味しいものを食べて、好きな人が出来て────



あの日に死んでいなかったのなら、ごく普通の人生を過ごし、そしてごく普通に、病気か、はたまた事故で死んでいただろう。



だが、そうはならなかった。



フェンリルは異世界の女神に気に入られ、その魂は人から外れた存在へと転生し、その世界に関する知識を与えられた。



その過程で人間だった時の記憶は失われてしまったが、フェンリルには関係ないことだったし、どうでもよかった。



なにせ、与えられた知識が自分の全てであり、その中にはフェンリルの役割────成すべき使命もあったからだ。



その成すべき使命こそが、繁栄した者───増えすぎた生命を間引き、文明を滅ぼすこと。



それが女神────闇夜の女神ナトレータに命じられた使命であり、役割だった。



もっとも、フェンリル自身が文明を滅ぼすことは滅多にないのだが。



この世界には、魔物というナトレータが創造した眷属の子孫がいる。そして、魔物は他の種族とは敵対関係にある。魔物が生命を殺すため、増えすぎたり、高度な文明を築き上げることはごく稀なのだ。



だから、フェンリルが出るのは、魔物では対処出来ない───もしくは、するわけにはいかない事案が発生した場合に限る。



例えば、異界から侵攻してきた神の討伐だったり、逆に魔物が増えすぎたりする場合などが該当する。



あとは、神々の代理戦争の場合にも、出ることは少なくない。



まぁ、その代理戦争もせいぜい千年に一度あるかないか位のもの。



結局、全体的にフェンリルが出ることは少なく────代わりに、他の使徒が出ることが多かった。



一番最初に生み出されたのはフェンリルだが、その後に生み出された使徒は存在する。




亀の使徒。病魔王ザラタン




竜の使徒。黄金王エルドラド




鬼の使徒。闘争王ヤシャ




狐の使徒。幻影王タマヅサ




屍の使徒。死告王バァル




人の使徒。氷獄王プラネット




そして、狼の使徒。暴虐王フェンリル─────



以上の七体が、ナトレータに生み出された終末の使徒。一体一体が世界を滅ぼしうる存在────というわけでもない。



それだけの力を持っているのはフェンリルのみで、他の使徒では世界を滅ぼすなんてことは出来ない。



せいぜい大国を二、三ほど滅ぼすことができるだけなのだ。それ以上をとなると、疲弊しているところをやられかねないだろう。



だが、フェンリルはそのまま世界を滅ぼせる。例え神々が出てきたとしても、そのまま神ごと滅ぼせる力を持っている。



()()()()()()()()()



ナトレータはそれほどの力を使徒に求めてはいなかった。規格外なまでに強かったフェンリルを恐れた。フェンリルが出てくることが少ないのは、下手に外に行かせては世界を滅ぼしかねないと、ナトレータが危惧したからだった。



────まぁもっとも、他の神と喧嘩して代理戦争案件になった場合は、大人げなくもフェンリルを出したのだが。因みに相手は瞬殺された。



増えすぎた生命や、高度な文明を滅ぼすのに、フェンリルの力は強すぎた。だから、本来なら一匹だけ十分であった使徒を、さらに生み出すこととなった。



それが、他六体の使徒。フェンリルのようにならないように、個体の強さではなく殲滅力及びその他を重視し─────



────その結果、闇夜の女神ナトレータは暴走した。



その暴走の過程で、終末の使徒六体はナトレータから離反し、残ったのはフェンリルただ一体。



そのフェンリルも、ナトレータに力の大半を奪われ、暇と言う名の封印を施されてしまい────



そして、今現在。



(ふーむ。いつになったら出ていいのか……傷も、治ったけどなー……)



────フェンリルは奪われた力を取り戻し、封印を破れるにも関わらず、来る筈のない主からの命令を暇を持て余しながら待っていたのだった。





▼▲▼▲





────そこは、真っ白な空間だった。



それは比喩でもなんでもなく、ただただ()()。そこは、白色で埋め尽くされた場所だった。



その、全てが白で埋め尽くされた空間に、一つの黒いモノがあった。いや、正確に言えば()()、だろうか。



静かに蠢いているそれの名は、女神ナトレータ─────その、成れの果てだった。



本来ならば、女神と呼ばれるに相応しい美貌と力を持っていたナトレータも力を失い封印され、今ではただの黒い何かでしかなかった。



白で埋め尽くされた空間と、そこにいる黒い異物。この白い空間は、ナトレータを封印するための空間であり、例えナトレータが回復したとしても出ることはできない。



すくなくとも、ナトレータが我に返る───正気に戻るまでは、その空間に居続けることになるだろう。



そして─────突如。



白と黒しかなかったその空間に、来訪者が現れた。



何もない空間から現れたのは、美しい美貌を持つ女性だった。神々しい銀色の髪と、まるで海を表すような蒼い瞳。それらを持つ、その者の名は──────光の女神アリシエラ。



闇夜の女神ナトレータの姉であり、妹ような存在だった。



「───久しぶり。まだ、出る気はないの?」



彼女は、そうナトレータに問いかけた。本来、封印されている状態の神は意識を持たない、眠っているのと同じ状態。その問いかけには、何の意味もなく、答えられることはないはずだった。



『──────』



「そう。まだ駄目なんだ。あの子は、気にしてないと思うけどな」



『─────』



「あぁ、ごめんごめん。流石に気にするよね」



───普通ならば、そのはずだった。



肉声が発せられている訳ではない。だが、その声とも言えない響きは、しっかりとアリシエラに届いていた。



そう、ナトレータはとっくの昔に目覚めていたのだ。



神々にとって、復活、及び回復には信者の祈りが必要である。

ナトレータの場合だと『闇』の女神という印象が強いため、負の感情を持つ者ばかりが信者だった。



だからこそ、彼女は信者の暗い感情に影響されて正気を失い、暴走した。だが、中には真摯に祈る者もいるために、彼女は正気に戻ることが出来た。



今ならば、封印を解いてもらい、出ることも出来ただろう。

だが、今もまだ、ナトレータは封印を解かれていない。



封印される直後の正気を失っていた時とは違い、正気を取り戻しているにも関わらず。



その理由は、ナトレータ自身の意思だった。



「いつになったら、戻ってこれそう?」



『────』



「しばらく掛かるかぁ……それじゃあ」



『───』



「まだ何も言ってない……けど、うん。わかった」



『──────』



「ナトレータ、あなたが戻ってくるまで、私たちは待ってるから」



アリシエラにとって、この世界はとても大切なところだった。彼女たち神が造った命が住む場所を守るのが、神の使命であると考えていた。



ナトレータも、それは同じだ。ナトレータにとって、世界は守らなくてはいけないもの。神の造り出した命は、見守るもの。



だからこそ、ナトレータはその命が無益な争いをしないように、終末の使徒を造り、魔物を造り、共通の敵を造り出したのだ。



『─────』



だからこそ、ナトレータには罪悪感があった。自分が、世界を守るべき神である自分が、世界を滅ぼそうとしてしまった────



それが、ナトレータに罪の意識を持たせた。故に、ナトレータは封印から出ようとはしない。また暴走して、世界を危険に晒してしまうことを恐れたのだ。



───もっとも。ナトレータを除いた他の神々は、そんなことはないだろうと考えていたが。



「…それじゃあ、また来るね」



そう言うと、アリシエラの姿は掻き消えた。まるで、幻のように、唐突に。



ナトレータは先ほどまでいた場所を見つめると、すぐに眠りについた。

他の神々の訪問がない限り、眠り続けることにしているのだ。



そして、薄れる意識の中で、ナトレータはとある使徒を思い浮かべる。かつて、自分に仕えていた最強の獣の姿を────



『─────』



人には理解できない言葉を呟き、ナトレータは眠りについた。



心の内に、裏切ってしまったフェンリルへの罪悪感を抱えながら────





▼▲▼▲





「……ふむ」



一言呟き、冷たい息を吹く白い女。



美しい髪を腰まで伸ばし、氷のように冷たい目を持つ美女────と、そして。



周りに広がる、美しき氷の神殿。そこはまるで、そこにいる美女を崇めるために存在するかのようだった。



美女の名はプラネット────かつてはナトレータの使徒であり、氷獄王と呼ばれた存在であり────今では、氷の大地『ヘリオン』を統治する女王であった。



「……またか……ヤシャめ、少しは考えて動いてほしいものだな」



そんな彼女は、ナトレータの起こした戦争をきっかけに、主であったナトレータから離反した。



単純に、暴走した彼女に着いていけなかったというのもあるが、このままでは、身を滅ぼすだけであるということを察したのだ。



その考えは、ナトレータがフェンリルから力を奪ったことで証明された。もしもナトレータについていたら、フェンリルと同じようになっていただろう、と。



今では、各々が好きなようにしていた。



好き勝手に暴れまわるヤシャ然り。



人の王となったプラネット然り。



天空に浮かぶ島に、自らの民と共に移動したエルドラド然り────



だからこそ人々にとって、かつては終末の使徒であった存在に悩まされるのは、今では普通のこととなっていた。



今のプラネットは、ヘリオンに住む民をまとめあげ、国を作っていた。細かいところは任せているが、大雑把に方針を決めているのはプラネットだった。



その中で、元・終末の使徒の扱いについても決めているが……ヘリオンに住む民では、終末の使徒には勝てない。

それなりに強い者は多くいるのだが、全員プラネットよりも弱い。全員まとめて掛かってきても、プラネットに敗北するだろう。



だから、ヤシャについてはプラネット自身で解決するしかないのだ。



「暴れるのはいいが、ここ以外にしてほしいものだな……まったく」



プラネットが溜息をつくと、周りの空間がピシリと凍りつく。それをプラネットは腕を払うことで元に戻した。



「……制御が甘いか」



かつては、プラネットは力を抑える必要はなかった。なにせ、暴れることが仕事だったのだ。抑える必要というものがなかった。



だが、今は違う。王として、民に危害を加えてはならないのだ。これが反逆者であったり、侵略者などであれば、力を振るうのは吝かでもないのだが─────



「ふぅ」



まずは、と。好き勝手に暴れまわるヤシャを追い出すために、プラネットは氷の宮殿から出ると、迷うことなく進行方向に氷の道を作り出した。



「では、いくか」



プラネットは氷の道に足を付けると、そのまま勢いよく滑り出した。

プラネットが移動する時は、こうする方が速いのだ。少なくとも走るよりは速い。



これを最初に見たフェンリルはなんとも言えない顔をし、次に見たヤシャは笑い転げていたのでプラネットは容赦なく凍らせた。

もっとも、ヤシャはすぐに氷を破壊し、最終的にはフェンリルが止めなくてはならないほど暴れたのだが。



そんなことを思い出しながら、プラネットはヤシャが暴れている場所へと向かった─────



────因みに。



やはりと言うべきか、ヤシャは滑って来たプラネットを笑い、それにキレたプラネットが周りを氷漬けにする勢いで暴れ、ヤシャも同じく戦ったのだが─────



ただの蛇足である。

主人公・フェンリル

『今回の作品の主人公。ナトレータによって終末の使徒として転生した存在。何の間違いか世界を滅ぼせるほどに強くなってしまった天然狼。性格は穏やかで、中身は残念。だけど頭は良い。真名というものがあるが、今回のこととは関係ないので省略。出番が最初だけという、主人公なのに影が薄くなる事態に。自分のせいでナトレータが暴走したことを知らない。というか暴走したこと自体を知らない。だが何かあったのだろうということはわかっているので、下手なことをしないように未だに引きこもっている』

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