第九話 朝の攻防
何か硬くて大きなものにがっしりとホールドされている。ちょっと息苦しく感じてサラは身動ぎした。しかし、拘束は解かれない。デジャブを感じて薄く目を開くと、予想通りアンドリュースに抱きしめられていた。
(近い……)
胸に押しつられるように頭が引き寄せられている。アンドリュースの心臓の音が近くで聞こえて、頬が熱い。羞恥心に耐えきれずもがくが、筋肉質な腕は鋼の檻のようで抜け出せない。
(んん~~っ!……はぁっ……ダメだ。抜け出せない)
畑で埋もれていた時といい、なぜこうも固いのか。サラは諦めの気持ちでため息をつく。また叫んでみようかと、思うが心音が心地よくて叫ぶ気になれない。
(抜け出さないといけないのに……)
目が覚めたら、魔法が解けてしまう。そんな気がして躊躇ってしまった。
「サラおねーちゃーん。もう起きてるの?」
(!?!?!?!?)
早起きのマリが寝ぼけ眼で声をかけてくる。心地よさで微睡んでいた脳は覚醒し、冷や汗がたれる。
(こんな所を見られたら姉の威厳が……!)
なんとか出ようともがくが、やはり抜け出せない。その間にもマリが近づいてくる。そして、ついにバレた。
「え……?」
マリが固まったので、サラは青ざめるしかできなかった。言い訳しようにもこの状況では「何かの間違いなの!」とか言える状況ではない。はははと乾いた笑いしかできないサラに、マリは瞬きせずにくるりと体を反転させる。ロボットのように固い動きで、襖の方へ行く。
「ワタシ、何も見てないカラ」
機械音声のようなマリの声にサラはさらに青ざめる。
(ものすごく気を遣われてるっ!)
マリ!と声をかける暇もなく、マリはふすまを開けてぴしゃりと閉めた。
『あれぇ? マリおねーちゃん、どうしたの?』
『うぅん……あんどりゅーふは?』
『ぐおぉ~』
『しっ! 今はダメ! 子供は見ちゃダメよ!』
ガタガタと震える襖にサラはこのまま消えてしまいたくなった。
「くっ……」
拘束している腕が震え出す。それにサラはキッと拘束相手を睨みつけた。
「アンドリュース……起きていたんですか?」
少し緩んだ拘束から、アンドリュースの顔を覗きこむ。銀色の耳がピクリと動き、彼は意地悪そうな笑顔をしていた。
「おはよう」
普通の挨拶をされ、怒りがおさまりそうになるが、襖がいよいようるさくなり、サラはどうにか拘束を解こうともがく。
「おはようございます。起きましょう」
しかし、アンドリュースは面白がって、拘束を解かない。パタンパタンと、彼の尻尾が嬉しそうに動いている。
(遊んでる……)
その間にも襖はガタガタと震えだし今にも突破されそうだ。このままでは姉の醜態を家族全員に晒してしまう。
(アンドリュースに力では勝てない。彼の意表を突くには……)
――頭突きか。
でも、朝から額を痛めて悶絶するのもいかがなものか。サラは考えた末に泣き落とし作戦にでる。
「アンドリュース……お願い。離して」
しおらしい声で呼び、瞳を潤ませる。じっと見つめ、おねだりするように顔を近づけた。すると、アンドリュースの金の瞳が見開き、抱き締めていた力が緩んだ。
(今だ――!)
『あ、こら!!』
――バタン!
サラがアンドリュースから抜け出したのと、子供たちが転がるように襖を突破したのは、ほぼ同時だった。
「みんな、おはよう」
サラは直ぐ様、立ち上がり、アンドリュースから離れる。なんとなくものすごく怒っているような気がしたからだ。
(ギリギリセーフ……)
ほっと胸を撫で下ろし、振り向かずに皆に近づく。
(泣き落としなんて久しぶりだな……タカさんにはよくやっていたけど)
瞳を潤ませてダメ?と首をかしげると、タカはすぐさまお願いを聞いてくれた。ちょろかった。甘えもあったが、欲しいものや、やってほしいことがあると、この作戦をサラはよくやっていた。
「ほらほら、襖が外れたわよ。ゆっくり開けないと」
「だって、マリおねーちゃんが行っちゃダメって言うのよ~?」
それにサラはうっと詰まり、こそっとマリに耳打ちする。
『マリ、変なとこ見せてごめんね』
そう言ったが、マリの様子がどうも変だ。ブンブンと首を振り、ちょっと青ざめて、あれあれとサラの背後を指差している。
振り返ると、わかりやすく怒っているアンドリュースがいた。
「嘘泣きとはいい度胸だ」
サラは顔には出さないが、弱っていた。どうやらタカと違い、アンドリュースに泣き落としをするとしっぺ返しを食らうらしい。どうしたものか……と思っていると援軍がやってきた。
「あんどりゅーふ、おはよう!」
ルリが笑顔でどーんと体当たりをする。
「おはよう! あんどりゅーす!」
コウヤも体当たりする。キラキラとした目でまとわりつく二人をアンドリュースは邪険にできなかった。ムスッとした表情のまま、二人の頭を撫でる。
その光景にホッとしてサラは朝食作りに取りかかった。
今朝の朝食は蒸かし芋と、頂いたリンゴ。簡素な朝食はいつもの食卓風景だ。
薪を釜戸に入れて、マッチを擦る。拾った松ぼっくりに火をつけるとあっという間に燃えていく。その間に芋を洗い、蒸し器を用意した。
忙しなく準備をしているサラの背後にぬっと人影が迫る。蒸し器に布を敷いて芋を入れて、蓋を閉じた。あとは蒸されるまで待つだけだ。
(お茶を入れよう……)
そう思って振り返ったとき、サラの体はビクつき固まる。そこには、アンドリュースがにやりと笑ってそばに居たからだ。
「な、なにか?」
先程のやりとりを思い出し、嫌な予感がしてサラは視線を逸らした。アンドリュースは黙ってすっと、サラに顔を近づけた。
「さっきはよくもやってくれたな……」
首に息がかかりそうな程近づかれ、サラの頬が熱くなる。
「俺から逃げだそうなんて考えるな。捕まえて、噛みつきたくなる」
狂暴な言葉なのに酷く甘い。
(なんで、そんなこと……)
アンドリュースは王様でもうすぐ居なくなる人だ。まるでこれからも一緒にいられるようなことを言う彼に混乱する。
視界の端でブンブンと揺れる尻尾が見えた。
(きっと、遊んでるのね……獣人ってやっかいだわ……)
熱くなる頬を静めようと息を吐き出す。
「芋が固くなります。どいてください」
キッパリ告げると、アンドリュースが面白くないと言いたげにムスッとする。
「少しは乱れろよ……」
ポツリと呟かれた言葉に顔を上げると、アンドリュースは拗ねたような表情になっていた。それはいつもの余裕はなく、子供っぽい。揺れていた尻尾もしゅんと動きを止めている。
(か、可愛い……)
不覚にもときめいてしまい。サラは言葉を失った。
「あんどりゅーふ! お顔洗ったのー!」
ぼふっとルリがアンドリュースの背後から体当たりする。
それにアンドリュースは何も言わずにムスッしたままルリを見る。
「まだ濡れてるぞ」
ごしごしと服でルリの頬についている水滴を拭く。
ルリが来たことにより、サラは大きく息を吐き出す。台所に向き合い、朝食の準備を再開する。
ドキドキドキ。
もうアンドリュースは見てないというのに鼓動が早くなる一方だ。頬の熱も引かない。
(アンドリュースは、いなくなる人だからダメよ)
芽吹いてしまった思いにサラは気づかないようにそっと目を伏せた。
読んでくださってありがとうございます。
更新頻度をあげますので、19時にもう1話アップします。
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