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第七話 回想~望まれ嫌悪した番

 アンドリュースは王として望まれその役割を果たしてきた。その年数は百年以上。王として君臨し続けた男には一つだけ足りないものがあった。


 (つがい)となるパートナーだ。


 全ての獣人が番を得て生涯を終えるわけではないが、王家の血を引く銀狼族は、強き血を求めて番を探すのが習わしだった。


 獣人の国では、平和だが基本概念は弱肉強食だ。強き者でなければ王にはなれない。それが絶対だ。番を得て生まれた子供は容姿、知能、身体能力が優れていた。アンドリュースの両親も番を見つけ、彼を産んでいた。


 だから、アンドリュースには番が必要だった。強き血を繋ぐために。


 番は基本的に同じ種族から見つかる。他種族の場合もあるが、どちらにせよ国内には存在し見つけるのは難しくはなかった。


 なのに、アンドリュースの番は百年経っても、見つからなかった。


 その間、彼は何もしなかったわけではない。国内を隅々まで回った。両親の話だと、番は匂いで分かるという。その範囲は広大で、遠く離れていても分かるのだとか。だから、主要都市や、地方まで足を運び、アンドリュースは番を探した。


 しかし、いなかった。どこにも。


 焦燥感に駆られた側近たちはアンドリュースに告げた。


「アンドリュース。番を探すのは諦めて、優秀な一族の女を娶るんだ」

「馬鹿な……習わしを俺の代で絶やすというのか」

「だが……これだけ探してもいないというのなら……」


 側近は黙った。アンドリュースも彼が懸念したことは理解できた。


 国内にいないということは、番は人間の中にいるだろうと。


 人間は獣人を平等にみているが、獣人側から見ると、人間など相手にする必要のない存在だった。弱いから興味もなく、ただ媚びへつらうしか能がないものだと思っていた。


 表面上は平和的な関係を保っているが、獣人が戦争を起こせば、勝利は明白だ。ただ、それをしても戦力と時間を無駄にするだけだった。


 同じ世界に生きている別の生き物。

 アンドリュースにとって、存在は認めるが、人間は視界にも入れなくてもいい存在だった。


 その人間の中に番がいるかもしれない。


 その事実はアンドリュースを苛立たせた。


(人間の番など、見つかっても脆弱なだけだ……)


 そう思ってもいるにも関わらずまだ見ぬ番を思ってしまう。もはや、執念だった。アンドリュースに流れる血がそうさせるのか、彼はひたすら番を探し続けた。


 別の者は王の姿を見て、時に強行手段に出た。宴の席を設け、獣人の女を宛がった。男を誘う格好をさせ、王を(なび)かせようとした。世継ぎを作らなければ……彼らもまた焦燥感に駆られていた。


 だがその度にアンドリュースは金の目を鋭くさせ、鼻で笑った。

 

「お前では俺の飢えは満たせない。首を噛みきられたくなければ、さっさと去れ」


 それでも諦められなかった一部の者はアンドリュースの寝所に女を送り込んだりした。寝ているアンドリュースの上に女が股がり「陛下……」とまるでこれから愛されることを信じて疑わない声でアンドリュースを呼ぶ。


「俺は上にのられるのは趣味じゃない」


 女の手をとり、組敷いた。牙を見せ、金色の瞳が獰猛な獣のそれに代わる。


「趣味じゃないことをされるのは不快だ。殺されたいのか?」


 女の首に手をかけると、ひっと喉を鳴らしガタガタ震え出す。青ざめる女に一気に興味が失せ、アンドリュースは女を解放した。バタバタと慌てて出ていく様を一瞥して彼はため息を吐いた。


 以前なら色事も楽しんでいたはずだ。なのに、もう触れるのが不快でしかない。


「はっ……もはや、呪いだな」


 番以外ではないと、体が受け付けなくなってきている。その事実にアンドリュースは苦く笑う。過ぎた嫌悪は笑いとなって彼を支配する。くくっと肩を震わせ笑ってはいたが、金の瞳には激しい怒りが宿っていた。


「そんなに俺を拘束したいのならやってみろ。俺は檻で飼えるほど甘くはないぞ」


 アンドリュースは暗い笑みを漏らし、ベッドから起きあがった。そして、呪いを断ち切るべく、控えていた側近に宣言した。


「番を見つける。人間の中なら、それでも構わない」

「っだが……!」

「勘違いするな、リュカ。俺は番を王妃にするとは限らない」


 血を滾らせ、アンドリュースは笑う。その笑いは深淵の笑みだった。


「王の隣に相応しくなければ、俺がこの手で殺してやる」


 それは王としての選択だった。



 アンドリュースがサラの住むニポ国に来たのは、人間の国を粗方回った後だった。ニポ国は国土が狭く、農業を主とする小国だ。豊かな緑の地に降り立ち、町を回っている時に、アンドリュースは今まで感じたことのない匂いを感じた。


 血が騒ぐ。


 心臓を掴まれ、意識を奪われるほどの衝動。今まで感じたことのない支配力に、アンドリュースの額に汗が(にじ)んだ。


 ――番がここにいる。


 それに気がついた夜、アンドリュースは自我を失って駆け出していた。



 サラの畑に辿り着いたのは、三日三晩、走りきった後だった。体力の限界がきて、朦朧とする意識のまま、足がもつれた。


(くそっ……すぐそこにいるのに……)


 動かせない体を嫌悪してそのまま倒れる。土臭い匂いが鼻について、ますます嫌悪した。


 ――ふわり


 甘い香りがする。

 それはアンドリュースの心臓を一瞬、止めるほど衝撃を与えた。



「大丈夫ですか? 立てます? 意識あります?」


 やや低い女の声がした。その瞬間、血が逆流したように感じた。


(くっ……なんだこれは……)


 抗えない。

 血が訴える。

 狂暴なまでの拘束力でアンドリュースの意識を奪う。


 ――番だ

 ――番だ

 ――番だ


 ――番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ番だ


 欲しい。

 逃すな。

 囲え。

 手にしろ。

 爪を立てろ。

 証を刻め。

 口を開け。

 牙を剥け。


 首に噛みつけ。


 契りを交わせ。

 契りを交わせ。

 契りを交わせ。


 愛を乞え。



 ――ドクン



 心臓が大きく跳ね、我を失ったアンドリュースは牙を剥く。首筋に噛みつけば”番の契約”は成立する。一度、契約すればアンドリュースは番しか抱けない。番が死ぬまで、契約は続行される。



 ――ガブッ!



 首筋に噛みついた時、アンドリュースはようやく意識を取り戻した。


 呪いと嫌悪し続けたものに自分が負けて苦汁を舐めたようにな顔になる。だが、そんな苦い感傷にいつまでも浸ってられなかった。



「いい加減にしろ!」



 ――ゴン!!


 頭に強烈な一発をお見舞いされたからだった。


次回以降は19時に1話ずつ投稿になります。

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