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第六話 星空の下の告白

 外に出ると、空が近くに感じた。瞬く星は楽しげに歌っているみたいだ。キラキラ。キラキラ。掴めそうで掴めない星に手を伸ばしたくなる。


 こんな風に夜空を見上げたのは、いつぶりだろう。家の仕事をしていて、星に感動する暇などなかった。


「綺麗ですね……」


 素直に口にすると、アンドリュースが優しい声で同調する。

 空ばかり見ていたサラの耳に、かさりと葉っぱが踏まれる音が届く。音の先を見ると、彼が座り込んでいた。


 視線で座れと言われる。サラはスカートを両手でお尻を撫でるように掴むと、その場所に座った。膝を立てて体育座りになる。アンドリュースは右足だけを折り、左足は伸ばしていた。右手は体を支えるように地面に付いていた。


 彼の中指がサラのスカートにあるツギの所に触れる。


「散歩じゃなかったのですか?」


 視線は空に向けたまま、サラは静かに尋ねた。


「話がしたかっただけだ。座っていてもいいだろ?」


 彼の中指がスカートをツギをなぞって遊んでいる。スカートが引っ張られるのを感じて、居心地が悪くなる。こちらの気持ちを試すような触り方に、横目で彼を見た。

 アンドリュースも視線に気づき、横目でこちらを見る。その表情は新しいオモチャで遊ぶ子供のようだった。


「何を話すんですか……?」


 自分の置かれている状況なら話した。これ以上、何を聞きたいというのだろう。明日には別れ、二度と会えないというのに。


「そうだな……一番、聞きたいことはあるが、それはとっておこう」


 微妙すぎる返答にはぁ……と言いたくなる。


「ここは孤児院だったと言ったな、それ以前は何をしてたんだ?」


 痛い質問だった。サラの心がすっと冷たくなる。しかし、よい機会かもしれない。アンドリュースはなぜかサラのことを気に入っているようだ。でも、自分が最低の人間だったと知れば、興味も失せるだろう。


「貧民街にいました。それでお腹がすいて毎日、盗みを働いてました」


 生きるためになんでもやった。

 盗れるものは全て盗ろうと思っていた。

 お金も食べ物も暖かそうな服も。

 誰も与えてくれなかったから。

 自分で盗むしかなかった。


 殴られ、なじられても、それ以外に生きる方法を知らなかった。


「そんな時にタカさんに拾われて……ここに来ました」


 懐かしいあたたかい手を思い出す。彼と出会わなかったら、自分が生きていてかも怪しい。


「軽蔑しましたか?」


 静かに尋ねるとアンドリュースは言葉を詰まらせた。そして、大きく息を吐き出す。


「奪いたいものは奪う。俺もそうやって生きてきた。だから、お前を非難したりしない」


 肯定も否定もしない。でも、受け止めてくれる。その言葉が嬉しかった。


「あなたのそういう所がタカさんに似てます」


 ふふっと笑うと彼は変な顔をする。


「タカさんは、脆すぎて、人を放っとけなくて、こっちがほしいものをすっと出してくれる魔法使いみたいな人でした」


 星の降る空を見ながら、サラは魔法使いのことを思い出す。


 赤い果実を見る度に思い出す、甘くて涙が出る記憶だ。



 ――――――


 サラにとってリンゴは特別な果実だった。盗みをしている時に、垣間見たのは赤いリンゴを手に取り、笑う人々の姿だった。幸せそうな顔で、瑞々しい音を鳴らしている。あの果実を食べたら自分も幸せになれるかもしれないと幼いサラは思った。そして、サラはリンゴを人知れず盗み出す。


 追いかけられ、逃げきったサラは寝床にしている空き家で赤い果実を食べた。


 食べたリンゴは甘かった。

 しゃくっといい音もした。

 でも、サラは幸せにはなれなかった。



 タカに引き取られて暫くした時、サラはリンゴが売られているお店の前で立ち止まった。


『どうした?』

『リンゴ……』

『あぁ、リンゴか。食べるかい?』


 こくりと頷くと彼は"いいよ"と言ってくれた。そして、二人で家に帰って、赤い果実をかぶりついた。


 しゃくっと、いい音がした。

 甘さが口いっぱいに広がって、そのまま喉を通る。

 美味しかった。

 涙が出るほど。


『どうした!?』

『なにが?』

『泣いてるよ?』

『…………』


 一人で食べたときは感じなかった幸せが胸いっぱいに広がる。それが嬉しくて涙が次々と零れた。


『二人で食べると美味しいね』


 サラの頭をごつごつの大きな手がサラの頭を撫でる。その言葉に何度も頷きながら、


 穏やかな声にまた涙が溢れてサラは泣きながらリンゴを食べ続けた。


 それは宝物のような記憶だ。



 ――――――



「そんなに俺に似ていたのか? タカというやつは」


 彼の拗ねるような声にキョトンとして、外見は全くとサラは答える。


「タカさんは70のおじいちゃんでした。見た目は全然です」


 そう言うと、アンドリュースは目をパチクリさせた。


「見た目と言えば、ゴン太は似てます」

「ゴン太? よほどいい男か?」

「いえ、ゴン太は犬です。柴犬です」

「――は?」


 淡々と告げるとアンドリュースは肩を震わせ始める。苛つきながら、強引に肩を掴むと引き寄せた。今度はサラが目をパチクリさせる番だ。


「この俺を犬呼ばわりするとは、いい度胸だ。覚悟はできているんだろうな?」


 ぎゅうぎゅうに抱き寄せられて肩が痛い。アンドリュースの体温が近くて、自然と頬に熱が集まる。


「耳と尻尾の話です。気に障ったのなら、ごめんなさい」


 素直に謝ると、抱き寄せる力が緩んだ。解放されるかと思って身を引こうとすると、また強引に引き寄せられる。

 早くなる鼓動を感じながら、サラは仕方なく彼の肩に頭を預けた。


「……ちゃんと、覚えとけ。お前の隣にいるのはこの俺だ。アンドリュース・ゴールデンバックスだ」


(長い名前……)


 サラはそんな感想を抱いたが、口にすると怒りそうなので違うことを言う。


「分かってますよ。ちゃんと」


 そう言って目を伏せると、アンドリュースは何も言わずに、預けた頭を撫で出す。それが心地よくて、目を瞑っていたくなる。


「タカさんが三年前に亡くなって、当時、ルリはまだ赤ちゃんで、コウヤとセイヤは三歳のやんちゃ盛りで途方にくれました」


 みんなが泣く中でサラは一人泣けずに途方に暮れていた。


「お向かいのスズキさんにずいぶん助けられました。他の人にも……」


 泣き止まないルリに唖然としていると、皆が手を貸してくれた。食事を運んでくれたり、泊まりにきてくれたりした。


「毎日が必死で、今で手一杯で、休む暇なんてなかったです。だから、今日はご褒美をもらった気分です」


 手のひらの幸せを大事に育てたかった。でも、誰かにこうやって寄りかかりたかった。手のひらの幸せを溢さないように重ねてくれる手がほしかった。


「アンドリュースは魔法使いみたいですね。優しい魔法使い……」


 心地よいぬくもりに包まれながら、サラの意識はまどろんでいく。途切れ途切れになった意識はやがて、夢へと旅立っていった。



(…………寝たのか?)


 あどけない顔で眠るサラに鼻で大きく息を出す。頭を撫でると、手入れの行き届いてない髪はごわごわして、指に髪がひっかかる。

 顔色も青白い。栄養が行き届いてない顔色だ。しなだれかかる体は細く、アンドリュースが力を入れたら簡単に折れそうだ。実際、獣人であるアンドリュースなら簡単に折ることができた。


 頭を撫でるのをやめ、再度、抱きしめた。


「俺は魔法使いなんかじゃない……」


 力を少しだけ強める。アンドリュースの瞳は揺れ、表情は苦悶に満ちていた。



「俺こそ最低だ。俺は最初、お前を殺そうと考えていたんだからな」



 聞いてないからこそ言える最低の告白。自分の度量の狭さに嫌気が差す。

 自分は弱くも脆くもなかったのに、彼女を前にするとそれが揺らぐ。


 首筋にすり寄ると、彼女から甘い匂いがした。ずっと焦がれ、嫌悪し続けた匂いはキツすぎて脳まで痺れそうだ。


 アンドリュースは一度だけ強くサラを抱きしめると、ゆっくり持ち上げ、家に戻っていった。

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