第三話 獣人の正体
洗濯が終わり、家に戻ってみると家族が、獣人の周りにいた。好奇心旺盛組と、恐怖でガタガタ組とで別れて獣人を見つめている。
好奇心旺盛組のコウヤはすっげーすっげーと言いながら目をキラキラ輝かせ、昼寝から起きたルリは椅子に立って、獣人の頭を撫で撫でしている。ルリが撫でる度に獣人の耳がピクピク動いた。それを見て、キャッキャッとはしゃぐ声が聞こえる。
一方、恐怖でガタガタ組のマリとミツヤは今にも気絶しそうなほど顔が青い。二人を止めたいが獣人が怖くて何も言えずにいるようだ。
そんな中、獣人は迷惑そうな顔をしながらもまとわりつく二人を邪険にせず、されるがままになっている。その光景にサラの頬が緩んだ。
「洗濯、終わりましたよ」
サラが近づくと、獣人が立ち上がる。タカの服は彼にキツかったのか、寸足らずで服が突っ張っている。ヘンテコな格好に笑いそうになるが、それよりも懐かしい服にサラは目を細めた。
「やはり小さかったですね」
獣人は自分の服を見つめ、肩口を触り出す。
「動けないことはない」
「それはよかったです」
少し微笑むと、おもむろに獣人はサラの手をとった。ビクリと震え、怪訝そうな顔をする。
「なにを……」
「手が赤い。指先まで冷たくなっている」
夢中で洗濯していたので気づかなかったが、指先は感覚が失われるほど冷えていた。包まれた手が本来の熱を取り戻すようにじんわり温まる。
大きな手のひらは、すっぽりと手を包んでしまう。角ばった手は傷一つない。一方、自分の手は荒れてガサガサしている。労働者の手と、労働者を使う者の手だ。違いをまた感じて、サラはやや乱暴に手を引いた。
「お気遣いなく。すぐあったまります」
照れもあった。自分のを包み込むほどの大きな手に触れることなど久しくない。獣人はそれには何も言わず、今度はサラの頬を長い人差し指の腹で撫でた。
「汚れている。風呂に入ってきたらどうだ?」
頬の汚れを擦るしぐさは、どこか艶っぽく、ますます恥ずかしくなり、わざとムッとした表情をした。
「いえ、これから畑に出るので終わったら入ります。洗濯ものが乾くまでここに居てください」
そう告げると獣人は何か言いたそうに口を動かした。その時だ。
「サラおねーちゃん! このおにーちゃんね、あんどりゅうーすって言うんだって」
「あんどりゅーふなのー」
獣人の後ろからコウヤとルリがひょこっと顔を出す。
「あん? え?」
「アンドリュースだ」
やや呆れたように獣人は名前を言う。
「あんどりゅーふ!」
「違うって、あんどりゅーすだよね? おにーちゃん」
聞きなれない長い名前にルリとコウヤは舌足らずな口で何度も名前を言い合っている。それをアンドリュースと名乗った獣人はジト目で見つめている。
きっと、サラが洗濯をしている間にこのやり取りを何度もしたに違いない。想像すると、微笑ましくなる。
「アンドリュースさんと言うのですね」
名前を呼ぶとアンドリュースは視線を外す。
「さん付けされるのは慣れない。呼び捨てでいい」
「そうですか。じゃあ、遠慮なく呼び捨てにします」
「あんどりゅーふ」
無表情で告げると、彼はなんとも言えない顔になる。
「冗談です。私は畑に出てきます。何もないですか、寛いでください。マナ、お茶を出してくれる?」
「ひぇっ!? あ、うん。あ、わかった!」
カエルが跳んだように体をビクリとさせて、マナは動き出した。まだ固まるセイヤに近づき、話しかける。
「私を手伝ってくれる? 畑をならしたいの」
獣人を警戒しているセイヤは連れ出した方がいいだろう。サラがそう言うと、セイヤはこくりと頷いた。手を繋いでやると、セイヤはようやくホッとした表情を見せる。出掛ける前に好奇心組の二人にサラは屈んで話をする。
「コウヤ、ルリ。アンドリュースに迷惑をかけないように。嫌がることはしないのよ」
「「はーい!」」
元気な二人のお返事を聞いて、最後にマナに話しかけた。
「出掛けてる間に、留守をお願いね」
「う、うん……わかったわ、サラお姉ちゃん……」
不安そうなマナの頭を撫でる。
「畑の様子を少し見てくるだけよ。目の前の畑だから、何かあれば大声で叫びなさい。それに……たぶん、悪い人ではないわ」
アンドリュースはコウヤとルリに挟まれ頭を撫でられている。やはり、迷惑そうだが何も言わない。その光景を見つめてサラは微笑んだ。
「じゃあ、行ってくるわね」
セイヤを連れてサラは家を出た。
◇◇◇
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「あの人、何者なんだろう……」
アンドリュースが埋まっていたせいで荒れてしまった畑を元に戻していく。その手伝いをしながら、セイヤは呟くように言った。
「そうね。何者かしらね」
サラは同調しながらも、手を止めずに言う。
「……僕、獣人なんて初めて見たからびっくりしちゃった」
「そうね。私も驚いたわ」
「どこから来たんだろうね? すぐ帰っちゃうのかな……」
セイヤは怖がりだが年相応の好奇心もあった。きっと、彼と話をしてみたいのだろう。それに気づいて、サラは穏やかな声で話した。
「気になるなら話してみるといいわ。あの人は住む世界が違う人だから、きっと早く帰ってしまうだろうし」
今は、縁のない人と巡り合った非日常の一時だ。洗濯物が乾くまでの、まるで魔法のような不思議な時間。当たる日差しはとても強く。”もうすぐ魔法が解けるよ”と、言っているみたいだった。
「サラちゃん? あら、セイヤくんも。精が出るわねー」
不思議な気持ちに浸っていると、お向かいのスズキに出会う。ゴン太も一緒だ。
「こんにちは、スズキさん。こんにちは、ゴン太」
わん!と元気よく返事して、遊ぼう、遊ぼうと目を輝かせるゴン太の背中を優しく撫でた。
「これ、うちのリンゴ。みんなで食べて」
「いつも、すみません」
「ありがとう、スズキさん」
「いいのよ。セイヤくん。あ、サラちゃん聞いた?」
「何がですか?」
「村長さんの所にお国から伝令が届いたんですって。なんでも、獣人の王様がこの国で行方不明らしいのよ」
獣人の王様……
アンドリュースのことを思い出し、サラの表情が変わる。セイヤが不安げに見上げ、その視線に気づいたサラは微笑みかけた。
「気づいたら何か教えてほしいですって。でも、こんな田舎にいるわけないのにねー」
笑い声にサラは微笑むしかない。
「リンゴ、ありがとうございます。家族で食べますね」
「たーっぷりもぎ取ってきたから、みんなでかぶりついて」
スズキが笑うと、わん!とゴン太も元気よく吠えた。
貰ったリンゴを抱えて、スズキを見送った後、セイヤがポツリと呟くように言った。
「サラお姉ちゃん。アンドリュースさんって、王様なの?」
それにサラは答えられなかった。着てる服が上等だったので、恐らく間違いないだろう。王様とは、ますます異世界の人だ。
「聞いてみればわかるわ。帰りましょ」
セイヤの手を繋いでサラは家に戻った。