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第二話 最低限のもてなしを

「お姉ちゃんお帰り……えええ!? お耳が生えてる!?」


 家に着くと妹のマリが出迎えてくれたが、後ろの獣人に驚いて腰を抜かした。マリの声を聞き付けて双子の弟ズも走りよってきた。


「すっげー! 格好いい! それ、本物!?」

「……止めなよコウヤ……食べられちゃうよ」


 双子の弟コウヤとミツヤが騒ぎ出す。サラはそれを見つめて仕方ないと思う。獣人なんて一生かかってもお目にかかれない。それが目の前にいるのだ。好奇心の塊の少年は興奮せずにはいられないだろう。


「コウヤ、ミツヤ。お客さんをお風呂に入れたいから、用意をお願い」


 サラが言うと、双子は騒ぐのやめて「はーい」と返事して、元気に走って準備に取りかかる。それを見送って獣人に話しかけた。


「お風呂は外なので、準備ができるまで座って待っててもらえますか?」


 木の椅子を引いて、座るように促した。獣人は座らず、不思議そうに眉をひそめる。


「風呂が外なのか?」


 驚く獣人に淡々と告げる。


「うちは五右衛門風呂です。入ったことありませんか?」


 そう言うと獣人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「服は洗濯しますね。とは言っても、上等な洗剤はないので、泥を落とすぐらいになってしまいますが。それでもいいですか?」

「お前が洗うのか?」

「他に洗う人はいませんから」


 そう言うとまた、信じられない者を見るような目をされる。


「うちは大人がいないので、年長者の私が家を守ってます。なので、分からないことは私に聞いてください」


「大人がいない? 両親はどうした?」

「いません。どうしているのかも知りません。私は捨てられた身ですから」


 サラは淡々と事実だけを告げる。


「ここは元々孤児院でした。しかし、私たちを引き取ってくれたタカさんが亡くなって……この家と畑を残してくれたのです。そのお陰で食べては暮らしていけてます」


 もう撫でられることはないあたたかな手を思い出す。皺くちゃで、ゴツゴツしていて、あたたかくて。その手を撫でられるのがサラは大好きだった。


 あの日、自分を救ってくれた大切な手はもう繋がれることはない。サラは感傷に浸った心を大事に閉まって、獣人に向き合った。


「なので、窮屈な思いをさせるかもしれませんが、辛抱してください」


 獣人はからかうわけでもなく、サラの境遇に同情するわけでもなく、ただ黙っていた。


 静寂が二人の間で漂っていると、それを突き破るように二つの足音が聞こえてくる。


「「サラお姉ちゃーん! お風呂沸いたよ!」」


 双子たちの声に微笑み、獣人に声をかけた。


「案内します」


 サラが言うと獣人は素直に立ち上がった。



「これが風呂か……?」

「はい。底が熱いので床板は外さないでくださいね。はい、これタオルです」


 掘っ立て小屋の中に五右衛門風呂はあった。洗い場がかろうじてあるぐらいの狭いその場所を獣人は唖然と見つめている。彼の戸惑いを気にせずに事務的にサラはタオルを渡して小屋を出ようとする。


「着替えはそこにあります。サイズが合うかわかりませんが、それしかないので、我慢してください。どうぞ、ごゆっくり」


 サラはくるりと反転して、小屋の扉を開こうとする。後ろで乱暴に服を脱ぐ音がした。


「お前も一緒に入るか?」


 その声にサラは振り返る。下半身が裸となった獣人は金色の目を細めて不敵に笑っていた。それを無表情で見つめた後、自分の服を見つめた。彼とじゃれあったおかげで、泥だらけだ。


「それもそうですね。一緒に入ってもいいなら入ります」


 そう言って服のボタンに手をかけたサラに獣人はギョッとした。


「ちょっと、待て……」

「? なにか?」


 獣人はふいとそっぽを向いて、銀色の頭を掻き出す。


「恥ずかしくはないのか? 見知らぬ男と入るなんて」


 言われている意味がサラにはよく分からなかった。彼女から見たら、彼は大型の犬だ。向かいのゴン犬が人化したようなものだ。恥じらいなどはない。


「弟たちともいつも入ってますし。平気ですよ?」


 サラの言葉に獣人は今度こそ言葉を失う。その顔が少し癇に障って、サラはムッとした。


「水は貴重です。お湯を沸かす薪だって勿体ないです。みんな一斉に入るのがこの家のルールです」


 無駄のない生活を。亡くなったタカがいつも言っていたそれはサラの生きる基本だ。だから、恥じらいよりも無駄を気にしてしまう。


 苛立ちながらもボタンを外す手を止めないサラに獣人は慌てて、その手をとった。


「なにか?」

「……やっぱり、一人で入る」


 照れた声に溜め息をついて、サラは服を整えた。


「では、脱いだものは、そこに置いてください。終わったら、洗濯しますね」


 それだけ言ってサラは何ごともなかったように、小屋から出ていった。



 ――バタン


 扉を閉めると、獣人は困ったようにまた頭を掻き出した。


「調子の狂うやつ……」


 頬を熱くしながら、獣人は誰もいない小屋で呟いた。



 ◇◇◇



 桶に水を張り、獣人が着ていた服を洗っていく。面積が大きなそれに足で踏んだ方が早く終るか?と思ったが、上等な服を痛めるのが怖くて、手でゆっくりと洗っていく。


(洗濯板でごしごしやるわけにいかないし、めんどくさい……)


 洗い終わって干すと、風がなびいて服がふわりと舞う。青空の下でなびく洗濯物の隙間から強い太陽の光が見えた。


(晴れててよかった。これなら早く乾く)


 獣人が埋まっていたおかげで今日は予定が狂っている。畑仕事もままならない。こういうのを厄日と言うのだろうかと、またサラは溜め息をつく。


(乾いたら早々に出ていってもらおう)


 変な縁で出会ってしまったが、彼は住む世界が違う人だ。二度と会うこともないだろう。


 ほんの少しだけ彼の名前を知らないことが気になったが、出ていく人の名前を聞いたところでしょうもないと思い、その疑問を胸に押し込んだ。


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