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第十七話 深淵の獣

 船上での一週間は昼は穏やかに過ごせたが、夜になるとどうしても一人では寝付けなく、困ったサラはモンテールに相談した。寝付くまで側にいてほしいと。モンテールは、「超過お手当てを頂けるなら構いません」というので、困ったサラはリュカに相談した。


「じゃあ、俺が側にいるよ。添い寝もするよ」


 そうニコニコと笑顔で言われて、家族と添い寝をしているサラはお願いしようかと思ったが、モンテールが断固反対した。


「サラ様はアンドリュース様の大事な番ですよ! それ以前に、嫁入り前の女性と寝床を共にするなど不謹慎です!」


 すでに番がいるリュカには下心など、さらさらなかった。多少、自分をこき使うアンドリュースへの嫌がらせはあったが、変なことはしないつもりだった。しかし、モンテールの反対は強く、渋々、超過賃金を払うことに同意した。


「ごめんなさい。私の我が儘で……やっぱり、一人で寝れるようにするわ」


 酷く項垂(うなだ)れるサラに、リュカは頭を撫でながら、いいんだよと言ってくれた。


「特使にいきなり任命されたからね。予算はぶんどってきたし、超過賃金ぐらい大したことないよ。サラちゃんがよく眠れる方が大事だ」


 そう言われて申し訳ないと思いつつ、ホッとした。最後の二日間はモンテールが寝付くまで手を握ってくれたので、サラはいつもより早く眠ることができた。


 あともう一つ。慣れないことがあった。ハイヒールだ。この一週間で少しは慣れたが、まだ動きはぎこちない。足を解放すると靴擦れができ酷い有り様だ。モンテールが薬を塗ってくれたが、まだジンジン痛む。その痛みはアンドリュースとの身分の差のような気がしてサラは表情を曇らせた。


(きっとアンドリュースの隣に立つのはこのヒールを簡単に履きこなせる人だろうな……)


 ヒールを履き、ふわりとドレスをなびかせ優雅に歩く貴婦人。そんな人が彼にはお似合いだ。柔らかいぺったんこな靴と、ツギハギだらけの服が似合う自分は彼の隣に立ってもお似合いではないだろう。


 獣人の世界を知れば知るほど、自分が場違いなことを思い知らされる。埋められない溝を感じてしまう。


(アンドリュースに会ったら私は……)


 ジクジク痛む足と共に胸も痛んだ。



 そして、やっと獣人の国に着いた。


 船から降りたサラはその足でアンドリュースがいる王宮へと向かった。

 初めてみる獣人の国はサラの国とは大きく違っていた。家は木ではなく石造りでできていて、景観を重視するため、同じような色合いの建物が並んでいた。


(まるで、絵本の世界だわ……)


 お伽噺の世界に迷いこんだような気がして、サラは自分がここにいるのが不思議でならなかった。



 王宮は白を基調にしたもので、とにかく立派だった。もう、立派としかいえないほど、圧巻な建物だった。


 豪華な玄関ホールには赤い絨毯が敷かれており、綺麗なそれを踏んでよいものか最初、困惑した。しかし、ごく当たり前にその絨毯を踏むリュカに気後れしながらも歩きだした。


「アンドリュースに会いたいだろうけど、今は会議中でね。先に君に会いたいと言っている方がいるから、連れていくよ」


 会いたい方と、表現することから察すると偉い人なのだろう。


(もしかして、アンドリュースのお母さん?)


 まさかと思いつつも、出立前にリュカが言っていたことを思い出す。そして、その予感は当たった。


 通された部屋で待っていたのはアンドリュースに良く似た女性の獣人だった。ただ、覇気がアンドリュースの比ではない。部屋に入ったら最後、二度と部屋から出られないような気さえしてくる。震えそうになる足を叱咤して、サラは部屋に入った。


「お前がアンドリュースの番か」

「初めまして。タカヤ・サラと言います」


 丁寧にお辞儀をする。その間にベルベットローズは距離を詰め、サラが顔を上げた時はすぐ目の前にいた。その距離感、背が高い彼女に上から見られて、思わず後ずさりそうになる。それを寸でのところで留まり、サラは彼女の言葉を待った。


「普通の小娘だな……」


 ベルベットローズは、サラの顎をとり無理やり引き上げる。首が吊りそうになりながらも、サラは耐えた。


「小娘。どうやって、愚息をたらしこんだ?」


 言っている意味が分からず、サラはありのままの事実を告げる。


「彼が私の畑で行き倒れていたので、助けただけです」


 ひくりとベルベットローズの眉が動く。


「行き倒れていただと?」

「はい。服が汚れていたので、洗濯してお風呂に入ってもらいました。本当は服が乾いたら帰るつもりだったと思いますが、うちの家族が嫌がりまして、一晩泊まってくれたのです」


 今でも思い出すあたたかな記憶だ。目の前の彼女が何を知りたいのか分からないが、アンドリュースは親切で泊まってくれたのだ。


「ふむ。お前の家族とは?」

「兄弟で暮らしてます。妹二人と弟が二人です」

「親はどうした?」

「いません。私は捨て子ですから。養父が引き取って今の暮らしをしていますが、三年前に亡くなりました」


「家族と言っても私と血のつながりはありません。養父が引き取ってきた子供で暮らしてます」


 そう言うとベルベットローズは、ふんと鼻を鳴らす。


「ただの小娘ではなく、卑しい身の小娘だと言うのだな」


 彼女の言葉に心がチクリとしたが、反論はしなかった。言っていることは正しいからだ。


「そうです」


 端的に言うと、ベルベットローズはサラを解放した。舌打ちをして、憎々しげに言葉を吐き出す。


「やっかいな者を番にしよって。あの馬鹿息子が……」


 彼女の言葉にサラはムッとした。自分を悪く言われるのはいいが、アンドリュースを悪く言われるのは別だ。


「お言葉ですが、私が彼の番になったのは仕方のないことだと思います」

「じゃあ、貴様は自分は選ばれて当然と思っているということか」

「それは違います」


 ハッキリと告げると訝しげに見られた。


「番とは運命的なものだと聞きました。選べないものだと認識しています。だから、仕方のないことで、彼を責めるのは間違いだと思います」


 興奮して強い口調になってしまった。ベルベットローズの眼差しが一段と鋭くなり、サラは体が震えそうになる。しかし、やはり彼一人が責務を負うのは間違っていると思っている。


「運命的なものに選ばれたという事実に胡座(あぐら)をかいて、王妃の座におさまるつもりか?」

「いいえ」


 またもハッキリ告げると、ベルベットローズの眉間に皺がよる。サラは伏し目がちになり、本心を話した。


「私はこの通り、ただの田舎娘です。王妃の座におさまる甲斐性はありません」


「ではなんのために、ここに来た」


 その答えにサラは詰まった。


「いくら強引ではあったとはいえ、断る術もあっただろう。何か目的があってここに来たのではないか?」


 その問いかけにサラは苦悶の表情をした。色々考えたが、これが一番良い方法だと思った。自分は王妃にはなれない。だったら、選ぶ道は一つだ。


「”さよなら”を言うために来ました」


 言葉にすると心臓が痛かった。


「私が彼の番である以上、もしかしたらそれは許されないかもしれません。でも、私には家族がいます。あの子達の成長を見守ってからじゃないと、私はどこへも行きたくありません。だから……」



 ―バタン!


 言い終わる前に控えの部屋の扉が開いた。扉を開けた人物にサラは目を丸くする。


「アンドリュース……」


 久し振りに見る金色の目は怒りに満ちていた。


「呼ぶまで控えてろと言っただろう、たわけが」


 ベルベットローズの言葉を無視して、アンドリュースはサラに近づく。サラは気まずくて視線を逸らした。


 沈黙する二人を残してベルベットローズは歩き出す。そして、部屋から出ていく前に振り返ってサラに話しかけた。


「サラ……と言ったか」


 名前を呼ばれて弾けるように顔を上げると、ベルベットローズに先程までの覇気は無くなっていた。目はどこか優しく、しかし口元は弧を描いていた。


「後はその馬鹿息子とよく話せ。二人の未来をな」


「それと、私はお前のそのまっすぐな瞳がわりと好きだ」


 そう言うとベルベットローズは、出て行ってしまった。



 ーバタリ



 扉が閉められ、静寂だけが残る。


 サラはまだアンドリュースを見れずにいた。空気がピリピリしている。彼が怒っているのが分かり、なんと言っていいか分からなかったからだ。


 でも、このままでいるわけにもいかず、意を決してサラは声を出そうと口を開いた。


「一度だけ聞く。答えろ、サラ」


 先にアンドリュースが口を開き、サラは目を大きく開く。


「俺のものになるか、なりたくないのかどっちだ」


 アンドリュースの瞳は深淵のようだった。考えが読めない瞳にゾッとしながらも、サラは目を伏せ正直に話す。


「私は王妃なんて柄じゃないもの……だから」

「――だから、俺のものにはならないか?」


 被さるように言われ、口ごもった。黙っていると、アンドリュースが小さい声で呟く。


「――そうやって、また俺を拒む」


 小さな言葉が耳に届き、サラは顔を上げた。一瞬、彼が泣きそうな顔をしているように見えた。


「あんどりゅう……――――っ」


 声をかける前にサラは彼によって抱きかかえられた。荷物を運ぶように肩に体を乗せられ、不安定な形になり、サラは驚いてもがく。


「ちょっ……アンドリュース!?」


 声をかけても彼は黙々とサラを運び、そしてベッドの上に放り投げる。転げるように倒れたが、すぐに顔を上げた。


 アンドリュースは金色の瞳を燃やしていた。サラを見下ろし、嵌めていた手袋を噛んで吐き捨てる。そして、襟元を(くつろ)げた。


「もう、囲うしかないな……」


 彼は掠れた声をだし、ベッドに手をつく。ギシリと沈む音がして、サラは震えた。


「逃げようとする小鳥は檻に入れて、鍵をかけるしかない」


 そうアンドリュースは深淵の瞳で言った。


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