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第十六話 眠れない夜

「まぁ、サラ様ですね!」


 馬車から降りるとスラッとスタイルのよい豹の獣人が待っていた。男の人みたいに背が高いが言葉遣いを聞く限り女の人のようだ。


「初めまして、タカヤ・サラです」

「初めまして、私はモンテールと申します。サラ様のお世話をするように言われております。なんでもお申し付けください」


(世話って言われても……)


 どちらかというと世話をしてきた方なので、そんなことを言われても困ってしまう。しかし、右も左も分からない国に行くのだ。尋ねられる相手がいるというのは、よいことだろう。


「ありがとうございます。宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いいたします」


 頭を下げると、スカートを持って優雅にお辞儀される。上流階級のしぐさなんだろうなと、サラはぼんやり思った。


「何でも聞くといいよ。モンテールは()()()()はキッチリやるからね」


 仕事だけはの”だけは”の部分に力がこもっているような気がしたが、気のせいだろうか。一抹の不安を感じつつ、モンテールに促されるまま、サラも歩きだした。



 獣人の国へは船で一週間かかるらしい。遠い距離に家族のことが心配になったが、物思いに(ふけ)る暇はなかった。


「話には聞いてましたが、こんなに細いなんて!」


 一室に案内されてから、モンテールはベタベタとサラの体に触れ、身体チェックをする。むにっと頬を手のひらで掴んでは「まぁ!」と叫んでいた。


「顔色も悪いですし、髪もパサパサですよ! このモンテールにお任せくださいね! ささっ、きっちり磨きますよ!」


 あれよあれよという間に風呂場に連れていかれて、全部剥かれた。呆然とするサラの頭をモンテールは口とは違って繊細な手つきでほぐしていく。


(気持ちいい……)


 頭を誰かに洗ってもらうのなんていつぶりだろう。いつもは洗う立場で、風呂場で遊ぶ兄弟たちに慌ただしく洗っていたから、自分の体をゆっくり洗う暇もなかった。


「もぅ、きっちりお手入れしないと、女の子なんですからねっ!」


 ぶつくさ言いつつも彼女の手は優しい。


「モンテールさん、ありがとうございます。気持ちいいです」


 ちょっとだけ振り返ってそう言うと、彼女は頬を赤くし、ツンとそっぽ向いた。


「し、仕事ですからね! ほら、目を瞑ってください。お湯をかけますよ」

「はい」


 たまには世話されるのもいいものだ。頭からゆっくりとかけられるお湯の心地よさを感じながら、サラは微笑んでいた。



 お風呂からあがると、今度は着替えが慌ただしくしく始まった。


「この薄いブルーのドレスもいいですね。でも、黒髪を生かすなら、黒も禁欲的だわ。でも、サラ様の柔らかさを表現するなら若草色かしら?」


 全身鏡を前にして、ドレス選びだ。十着以上あるドレスを宛がわれ、さながら着せ替え人形のようになっている。


「ピンクもいいわね。ぶつぶつぶつ……」


 どれも見るからに高級そうなドレスばかりだ。服に着られる形になるのではと心配になる。


「モンテール、どれも素敵だけれど、動きやすいシンプルなものがいいわ」


 さりげなく提案すると、ギン!と豹の鋭い眼差しをされた。それに、恐々しながらも、モンテールはあっさりと一枚のドレスを選ぶ。


「これならば、サラ様のご要望に沿うかと」


 小さな水色の花が散りばめられたドレスだった。(えり)とスカートの(すそ)にさりげなく一段濃いブルーのレースがある。シンプルだが、上品なドレスだった。


「素敵ね。これが着てみたいわ」

(かしこ)まりました」


 サラにはウエストがゆるいものだったが、腰に濃いめの青いリボンをしてどうにか見られるものになる。


「靴はこちらを履いてください」


 同じく濃いブルーのハイヒールを差し出される。いつもはぺったんこで、修繕を繰り返し革が柔らかくなった靴しか履いていない。高すぎるヒールに固い革。足に馴染まないそれに戸惑う。


(歩けるかしら……)


 体重のかけ方が分からず、ひょこひょことまるで操り人形みたいな歩き方になってしまう。無様な歩き方にモンテールは何も言わず、さっさと支度をする。


「髪は結いましょうね」


 同じく青のバレッタをつけられ、鏡で見るといつもは土まみれの自分の顔が輝く白い肌になっていた。


「お姫様みたい……」


 感嘆の声を出すと、モンテールが満面の笑みになる。


「まだまだこれからですよ。きっちり食べて太りませんとね!」


(え? 太る……??)


 その意味は食事時に分かった。



(これは……)


 見たこともないぐらい豪勢な料理が白いテーブルクロスの上に並んでいる。


(何人分なのかな?)


 普段、おつけものでご飯を食べているようなサラは、十種類はあろうかという料理の数々に目を点にさせていた。


「あの……この後、誰かくるのですか?」

「いえ、サラ様だけですよ」


 しれっと言うモンテールに、サラはギョッとした。


「こんなに食べれないわ」

「サラ様の好みを知るために多目に作らせました。遠慮なさらずにお食べください」


 そんなこと言われても困ってしまう。食べ物を粗末にできない。


「残すことは心苦しいです。モンテールも一緒に食べてください」

「とんでもない! 私はお世話係です。ご一緒するなんて!」


 断られてサラはしょんぼりした。一人で食事をするのも味気ない。モンテールに効くか分からないが、アンドリュースには効いた泣き落とし作戦をしてみる。目を少し潤ませて、おねがいのポーズをする。


「お願い、モンテール。いつも家族と食べていたから、一人では寂しいの。お願いだから、一緒に食べて……」


 いつもは演技が入っているが、今回は切実だったため、言葉に力がこもる。それが伝わったのか、モンテールは肩を震わせた後、諦めたように席に着いた。


「サラ様が優先的に食べてくださいね」


 それにサラは本当に嬉しそうに微笑んだ。



 昼食はサラとモンテールだけだったが、夜の食事はリュカと一緒だった。


「サラちゃん、可愛い! すごい可愛くなったね!」


 リュカは尻尾を振り回し、頬擦(ほおず)りしながら、抱きしめてくる。抱きしめる力が強すぎてやや苦しい。苦笑いをしていると、リュカの肩をモンテールが掴み、サラからひっぺがした。


「リュカ様! サラ様の装いが乱れます! 自重してください!」


 そうして、どこからか出した(くし)でささっとサラの頭を直していく。きっかり、かっちり。どうやらモンテールは完璧主義者で、きっちりしてないと気が済まないらしい。リュカはお預けをくらった犬のような顔をしていた。抱きつきたいが、モンテールが牽制して抱きつけない。しゅんと耳が垂れている。


 二人の間に挟まれながら、サラはぷっと吹き出してしまった。



 楽しい夕食が終った後、サラはモンテールに改めてお礼を言った。


「どうもありがとう」

「別にお礼など……仕事ですから」


 ツンとすました横顔にサラは微笑む。

 モンテールはよくしてくれる。それが不思議だった。リュカの話では獣人は人間を見下しているらしいから、もっと素っ気ない態度をされるかと思っていた。でも、モンテールはそんなことはない。やり過ぎな感じもするが、こちらの話も聞いてくれるし、ぞんざいに扱われない。それが不思議だった。


「モンテールさんは人間のこと嫌いではないの?」


 不意に尋ねると、彼女はツンとすました態度を崩さず、淡々と答える。


「別に嫌いではないです。かと言って、好きでもありません」


 正直な言葉にホッとする。媚を売られるのも、無碍(むげ)に扱われるのも嫌だったからだ。


「そう……ありがとう、正直に言ってくれて」


 微笑むと変な顔をされる。


「別にお礼はいりません……この仕事を引き受けたのもお金がよかったからですから。その分は仕事をするだけです」


 お金のためなら納得だ。変に気を遣われているのではなかったことに、やはりホッとする。


「それなら、納得だわ。でも、私はモンテールさんでよかった」


 ベッドメイクをしていたモンテールは返事をせずに黙々と仕事をしていた。やがて、終ったベッドのシーツは(しわ)一つない。彼女の几帳面さがよく表れていた。


「変な方ですね。お金の為だなんて、言われたら気分を害しませんか?」

「そう?……仕事だもの。お金の為なのは本当だと思うけど」


 首を傾げると、モンテールは表情を曇らせた。


「私はどうも他の人より完璧主義者らしく、しかも人との関係もドライなので冷たいだの細かいなど言われ続けてきたんです。だから、そんな風に言われるとは思いませんでした」


(なるほど……だから、仕事だけはなのね)


 サラは言葉をよく選んでゆっくり話した。


「私はモンテールさんの仕事ぶりは心地よいわ。だから、あなたがお世話係で良かったって思ってる」


 そう言うとやはりモンテールはツンとすました表情をする。しかし、先程よりは顔が(ほの)かに赤い。


「お世辞は要りません」

「本当のことよ」


 サラが涼やかに微笑むと、モンテールの頬はますます赤くなった。


「では、遠慮なくお世話させて頂きますね」


 モンテールはすました態度はあくまでも変えず、少しだけ声を柔らかくした。それに気がついてサラは微笑む。


「うん。お願いします」

 

 そんなサラの態度に「変な方ですね」と言いつつも、モンテールはどこか嬉しそうだった。



 夜。

 ふかふかすぎる大きなベッドの上でサラは眠れずに何度も寝返りを打っていた。


(みんな、ちゃんと寝たかしら……ルリは私のほっぺをつままないと寝ないから、心配だ……コウヤも、セイヤも私に足をくっつけないと寝ないし……泣いてないといいけど……)


 家族のことを考えると眠れない。自分にはどうすることもできないが、心配してしまう。


 体を起こすと、窓の外から丸い月が見えた。煌めく星たちも。


(アンドリュースはもう寝たかしら……?)


 それとも同じように月を見ているだろうか。見ていると思うと、月に近づきたくなった。窓越しに煌々と光る円をなぞる。


 もうすぐ彼に会えると思うと、複雑だった。会いたいけど、会いたくない。


(私は王妃なんて無理だ。でも、死ぬのはもっと嫌。アンドリュースは王様だもの。子供が生まれないのは困るだろうけど……でも、私は全てを捨てられない。家族の元に帰らなくては……)


 これが最後の逢瀬になるかもしれない。そう思うと、心は複雑だった。



 ―――――



 その頃、アンドリュースもまた眠れずに一人、酒を呑みながら月を仰いでいた。

 サラに出会ってからというもの、甘い匂いが恋しくて甘い酒ばかりを飲んでしまう。でも、どんな甘い酒を呑んでもあの甘美さには敵わなかった。


(酔えない……体は熱くなるのに、目が冴えるばかりだ)


 一息ついて、グラスをサイドテーブルに置く。カランと氷がグラスにぶつかる音がした。


 先程、リュカから電話があり、サラをこっちに連れてくるという。その瞬間、血が沸き立ち、全身の細胞が歓喜で震えた。平静を装って電話を切ったが、頭の中はサラのことでいっぱいだった。


 次に出会うのはもっと先だと思っていた。まだ準備段階で会えるとなって、心がざわつく。


(はっ……俺も案外、狂ってるな……)


 たった一人の少女。しかも一晩しか会ってない少女に心の全てを持ってかれている。


 これが番を得るというなのか、はたまたサラだからそうなるのか。


(どちらでもいい。どちらでも、同じことだ……)


 眠れるように無理やり目を瞑った。

 眠れば、早く出会える気がしたからだ。


リクエストがあったので、20時、21時に一話ずつ更新します。そして、明日で完結しますので、まとめて読みたい方はもう少々お待ちくださいm(__)m

ブックマーク、評価ありがとうございます!

とても励みになります(*⌒―⌒*)

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