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第十五話 家は壊され拉致られる

「あの……これはどういうことでしょうか?」


 家の前に大型トラックが止まっている。サラのうちだけではない。近隣の家にも止まっている。


 サラは呆然とその光景を見つめながら、妙にニコニコしているリュカに尋ねていた。


「獣人国の代表としてニポ国の特使になってね」

「はぁ……」

「ここの地区はニポ国の原風景を残しているから景観保護区に認定させてもらった。古い建物は修繕が必要だからね」


 最もらしいことを言われたが、解せない。


「それでしたら、貧民街を中心にしたらいいのでは? ……あそこは、助けが必要な子がまだいるでしょうし」


 サラは昔を思って顔を暗くした。


「そうだね。君の言うとおりだ。福祉にも力を入れていくよ。あそこには近々、医療チームが到着するし、保護施設もまだ仮だけど作られているしね」


 それを聞いてサラは明るい笑顔を見せた。そして丁寧にお辞儀をする。


「ありがとうございます。リュカさんも魔法使いみたいですね」

「え? 魔法使い?」


 サラは嬉しそうにふふっと笑う。


「アンドリュースが来たときも思ってんです。優しくされて魔法使いみたいだなと思ったんですよ」


 もしかしたら、獣人はみな優しい魔法使いなのかもしれない。そんな気持ちになるほど、差し伸ばされた手は優しかった。

 リュカは照れを誤魔化すように頬をかいて、咳払いをする。


「アイツはどうか分からないけど、俺は優しくできればしたいかな。特に子供にはね」


 リュカが、パチッとウインクすると、サラも弾むように笑う。


「でも、おうちがこれでは、寝るところに困りますね」


 もはや建て直しでは?と思うほどの工事が目の前で起こっている。


「あ、サラちゃーん」


 声をかけられ、振り返るとお向かいのスズキが声をかけてくる。


「心配しないでね。マリちゃんたちはしっかり面倒みておくから」

「え?」


(なんのこと?)


 キョトンとしていると、リュカが少し気まずそうに目を泳がせている。


「獣人の国に行くなんて凄いわね。お土産、楽しみにしているわ」

「え? え?」

「あー! もう、こんな時間だ! さ、行きましょう!」


(え? 待って? えぇ!?)


 なんの説明もなくサラは馬車に押し込まれた。



 走る馬車の中で、サラはジトーッとリュカを見ていた。リュカは苦笑いをしている。


「説明してくださいませんか」

「はははっ……ごめんなさい」


 素直に謝られて、怒る気になれなくなる。


「私、獣人の国に行くのですか?」

「そうだね……」

「アンドリュースが連れてこいと行ったのですか?」


 睨むとリュカは気まずそうに視線を逸らす。そして、観念したように話し出す。


「そう。言われたよ」


(やっぱり……)


「後、アンドリュースの母君のベルベットローズ様にも」

「――は?」


 アンドリュースが言ったのなら分かるが、なぜその母親までくるのだろうか。仁義なき嫁姑戦争でも起こす気なのだろうか。


「実はアンドリュースに会わせるのは、まだちょっと不安なんだ」


 目をぱちくりさせると、リュカは苦笑いをする。


「そうとう君に狂ってるからね。下手したら食われちゃいそうだし」


 その言葉にサラは変な顔をする。


「私は食べ物ではありませんよ」

「いや、そういう意味じゃなく……」

「冗談です」


 真顔で言うと、ずるッとリュカが滑る。


「でも、アンドリュースは私が番だからそう思うのではないのですか?」


 言葉にしたらチクンと胸が痛む。番という感覚はサラには分からないが、運命的なものなのだろう。自我を飛ばすほどの衝動。アンドリュースがサラに会いたがっているのも、きっとそんな抗えないものに囚われてしまっているからだ。


 曇ったサラの表情を見ながら、リュカは彼女自身が気づいていないこと告げる。


「君は……アンドリュースが好きなんだね」


 微笑えまれ言われたことにサラは瞬きを何度もした。


(好き……? 私がアンドリュースを?)


 繰り返すと心があったかくて苦しくなる。

 リュカはそんなサラの心の変化を汲み取って、微笑みながらゆっくり話す。


「俺たちはやっぱり、獣だから本能的なものに惹かれちゃうんだよね。だけど、サラちゃんはきっと、そんなこと関係なくアンドリュース自身が好きなんだね」


(好き……)


 再度繰り返された言葉に、ぶわっとサラは赤くなる。


「好きとかまだよくは……」


 鼓動の早さを誤魔化すようにぼそぼそと言うと、リュカがにかっと笑う。


「初々しくていいね。可愛い、可愛い」


 子供のように頭を撫でられてムッとしてしまう。


「可愛くはないです」


 ツンとすまして言うと、クスクス笑われた。


「そういう態度が可愛いんだよ」


 頬に熱が集まり、居たたまれなくなる。

 サラが黙ると、しばらくしてリュカは微笑み続けた瞳をすっと冷たくした。雰囲気が変わったのを感じて彼を見ると、視線を外される。


「先に謝る。ごめんね」

「?」

「俺は君のことを全く信用してなかった」


 リュカは苦くどろっとした重いもの吐き出すように告白した。


「君というか、人間の番なんて受け入れがたかった。だから、君じゃなければ殺していたかもしれない」


 軽い口調なのに、言うことは暴力的だ。それに変な感じがして、サラは渋い顔をした。


「獣人は、人間を下に見ている。全てがそうとは限らないけど、多くがそうだ。特に王家に近ければ近いほど、その傾向は強くなる。だから、君に嫌な思いをさせると思う。確実に」


「だから、連れて行ってごめんね」


 酷い言葉なのに不思議と不快ではなかった。それは穏やかな声色だからではない。真実を告げた誠実さが見えたからだ。


(やっぱり、優しい人だ……前もって話してくれるのは、私を心配しているからだろうな)


「話してくれて、ありがとうございます」


 素直に言うと、リュカは驚いた顔をした。


「……お礼を言われるとは思わなかった」

「そうですか? リュカさんは本当のことを話してくれました。お礼を言いたくなります」


 リュカは銀色の耳をひくりひくりと動かし、不思議そうにサラを覗きこむ。


「怒ってないのかい?」

「怒るところがありましたか?」

「……君を殺そうとしていたなんて怒るだろう?」


 リュカはキョトンとした顔で言い、サラはそれに笑った。


「物騒な言葉ですが、あまり実感がないです。それに今は殺そうとしてないんですよね?」

「あ、うん……まぁね」

「だったら、怒りません」


 サラは涼やかな顔で微笑んだ。リュカは頭を掻きながら、ふぅと一つ息を吐き出す。


「君は不思議な子だね」


 言われている意味がわからずに首を傾げると、リュカは穏やかな表情に戻り、手を伸ばしてきた。大きい手のひらがサラの頭を撫でる。一回、二回、三回。ゆっくり撫で終わったら、また優しく微笑んだ。


「不思議……初めて言われました」

「そう? なんていうのかな……君はなんか自然なんだよね」


(自然?)


「こっちの話も聞くし、意思を汲み取ってもくれる。それで、許してもくれる。なんかそれが押し付けがましくなくて、自然で心地いいんだよね。不思議だな……」


 リュカの尻尾が嬉しそうに揺れている。


「アンドリュースが君を番にしたいと思うのも分かるな……」


 銀色の優しい瞳を見ながら、リュカこそ不思議な人だと思う。


(獣人ってみんなこんなに優しい人ばかりなのかな……)


「リュカさんが心地よく感じているのは、きっとリュカさんが私を心地よくしてくれているからです」


「え? 俺が?」

「はい」


 サラは穏やかな風のように微笑む。


「優しくしてくれたら、こちらだって優しくなります。親切は鏡のように返ってくるから、親切にしなさいって教えられましたから」


 タカの言葉を思い出す。”優しくされたかったら、優しくしなさい” あたたかい魔法使いはいつもそう言っていた。


「リュカさんには親切にしてもらいましたから、私はできるだけお返ししたいと思っているだけですよ」


 馬車の窓から太陽の光が差し、サラの顔を照らしていた。柔らかなサラの言葉をさらに柔らかくするように。あたたかな光がリュカも照らす。


「参ったな……俺はそんな親切にしたつもりなんてないのに……」


 リュカは自嘲ぎみに笑って、サラを眩しそうに見つめる。


「打算だらけだよ、俺の親切なんて」


 サラはそんな言葉すらふんわり包み込むように微笑む。


「私が親切だと思ったから、親切ですよ」


 その言葉にきゅんときて、リュカはサラを抱きしめ、尾っぽを振った。


「なんか、すごくいいっ……サラちゃん、俺のうちの子にならない?」


 豹変したリュカに戸惑いつつ、サラは淡々と言う。


「え? それはなりません」

「え!? 意外と冷たい!」

「家族が待ってますから」

「あー、そっか……」


 残念と言いつつ、サラを離す気のないリュカはブンブンと尻尾を振りながら馬車が止まるまでサラを抱きしめ続けた。


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