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第十四話 交わる金の瞳

「国政はもううんざりではなかったのですか? 父上と領地に引きこもっていたのでは?」


 仕事の書類に目を通しながら飄々と言うと、ベルベットローズはドカッと執務室の机に座る。


「ヒューリッヒが泣きついてきた。愚息が奇行をしていると言ってな」


 ヒューリッヒは人間の番の反対をしている(たぬき)の獣人だ。


(あの、古だぬきめ。余計なことを……)


「それで、人間の番というのは連れてきたのか?」

「いませんよ」

「なに?」


 アンドリュースは書類に目を通してサインをしていく。


「何を吹き込まれたのか知りませんが、番はここにはいません。リュカに番を連れてくるように言いましたが、無理だったようです」


「無理だとはどういうことだ? お前の番なんだろ? しかも相手はか弱い人間だ。連れてくることは容易いだろ」


 ベルベットローズが長く手入れのされた人差し指を出し、アンドリュースの顎を持ち上げる。金色の視線がぶつかりあった。


「何を考えている」

「番との未来を」


 間髪なく言うと、ひくりとベルベットローズの眉が動く。アンドリュースは顎を動かし、視線を書類に戻す。それを縦にして整え、席を立つ。


「議会があるので、失礼します」


 そう言って立ち去ろうとするアンドリュースに「待て」と声をかける。


「まさか怖じ気づいて、尻尾巻いて番から逃げてきたんじゃないだろうな」


 その言葉にアンドリュースはゆるりと振り返った。美しく獰猛な笑みを浮かべて。


「まさか……俺はあなたの子ですよ?」


 そう言うと、さっさと出て行ってしまった。



 ―――――



 アンドリュースを見送ったベルベットローズはふんと鼻で息をすると、チリンと呼び出しベルを鳴らした。一人の獣人が部屋にやってくる。それを無表情で見つめ、ベルベットローズは端的に用件を伝えた。


「リュカに連絡を取りたい。アイツはどこにいる?」

「はっ……リュカ様はニポ国にいます」

「ニポ国……?」


 そんな小国に番がいるのかと、ベルベットローズは腕を組み思案する。


「至急、連絡が取りたい。番号は?」

「はっ……しかし……」


 獣人が口ごもると、ベルベットローズの金色の目が光る。


「番号は?」

「は、はいっ! こちらに!」

「……下がれ」

「はっ!」


 尻尾まいて逃げる様子に、リュカ以外に使えるやつはいないのかとベルベットローズは不満な顔をする。それも一瞬で、受話器に手をかけた。


 2コール後に目当ての相手はでた。


『まだ何か用かよ!?』


 怒鳴られてベルベットローズの眉がひそまる。


「愚息と間違えるな」

『っ!? ……ベルベットローズ様!?』


 声だけで分かる甥っ子に笑い、ベルベットローズは軽口をたたく。


「久しいな、リュカ」

『……なぜ、ベルベットローズ様がそこに』

「愚息の奇行を探りにきた」

『……番のことですか?』

「そうだ。人間の番だそうだな。どんな娘だ」

『……普通の娘ですよ』


 リュカの声にベルベットローズが牙を見せて笑う。


「相変わらず嘘が下手だな。あやつが普通の娘で満足できるものか」


 そう言うと、リュカは声を詰まらせる。


『いえ、本当にごくごく普通の子です』


 それにまたピクリとベルベットローズの眉が動く。


(普通……? 人間だから物珍しいのか?)


 興味が沸いた。ベルベットローズの目が標的を見つけた獣を見つけたように輝く。


「リュカ。番を連れてこい」

『は?』

「いいな」

『ちょっと待ってください! 俺は王命でニポ国の特使を賜りました! 帰るのは王の許可が……!』


「そうか。リュカ、お前もいっちょまえにそんな口を聞くようになったか」

『あの、俺は……』


 リュカの声が小さくなっていく。ベルベットローズは金の目を細めて口元を歪めた。


「のぅ、リュカ」

『はい……』

「会わないから未練が残るとは思わないか?」

『えっ……』


「どうせ別れるなら、傷は浅い方がよい。双方のためにな。違うか?」


 受話器越しにごくりと(つば)を飲む音がした。それに笑みを深める。


「番を連れてこい。それが愚息のためだ」

『あ、ベルベットっ……!』


 ーガチャン


 リュカの返事を待たずにベルベットローズは受話器を置いた。そしてもう用はない執務室を出る。


 赤い絨毯を歩く中、ベルベットローズは不敵な笑みを浮かべていた。愚息の番。興味が尽きない。

 恐らくリュカはうまいこと、番を連れてくるだろう。


「会うのが楽しみだ」


 一人呟き、赤い廻廊(かいろう)を歩いていった。



 ―――――



 同じように赤い廻廊を歩いていたアンドリュースは何か嫌な胸騒ぎを感じていた。


(母上が変にこじらせなければいいが……)


 昔からあの母親がアンドリュースは苦手だった。第一王女として生まれ稀有な才能を有したベルベットローズは他者を寄せ付けない女帝だった。

 自分にも他人にも厳しい彼女が母親らしい顔をしたことはない。また、彼女の気質はアンドリュースに酷似していた。同じだからこそ、警戒するべき相手だった。


(あとで、リュカに電話するか……)


 事情を知り尽くしているリュカに探りを入れるかもしれない。


(俺の計画通りに進んでいるんだ……邪魔されてなるか……)


 一つ息を吐き出して、アンドリュースは廻廊を歩く速度を早めた。



 ―――――


 一方、また切れた受話器にリュカはまた肩を震わせていた。


「なんなんだよ! 親子揃って!!」


 一方的に言いたいことだけ言う似た者親子にリュカは怒り心頭していた。




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