表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第十三話 側近は怒り、王は番を思う

 サラの家を出たリュカは連れてきた他の獣人が周りの人間たちとほのぼのとお茶を飲んでいる姿を見て驚いた。


 椅子まで用意されてなぜか一人の老婆は狐の獣人に向かって拝んでいる。


「お狐様がいらっしゃるとはありがたいねぇ」

「いえ……おばあ様。私は神様じゃないので……」

「なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「…………」


 その妙に微笑ましい光景にリュカは笑ってしまった。


「王に報告するから、一度帰るぞ」


 そう告げるとだらっとしていた他の獣人がさっと整列して、「はっ」と凛々しく言い、持ち場についた。


「これ、お土産に持って行ってください」


 リュカに知らない婦人が袋を差し出した。リュカはキョトンとした後にそれを受け取った。中には真っ赤なリンゴが入っている。


「うちで取れたリンゴですよ。美味しいから皆さんで食べて」


 ふくふくと笑う婦人に微笑んでありがとうとリュカは言った。


「さようなら~」

「さようなら」


 村人たちに見送られて、リュカたちの馬車は走り出した。


「リュカ様、人間というものは案外、いい人なんですね」


 若い犬の獣人が意気揚々と話しかけてきた。それにリュカは笑ってそうだなと頷く。


(人間とはいい人……か)


 アンドリュースと同じくリュカにも人間に対して偏見は持っていた。だが、いざ目の前にすると彼らは自分達とは違うが、劣っているわけではない。むしろ、こちらを邪険に扱わない分、彼らの方が心が豊かに思えた。

 リュカは袋に入った赤い果実を見つめた。瑞々しい果実は、彼らの思いやりが詰まっているようだった。



 宿に戻ったリュカは早々にアンドリュースに電話をかけた。ワンコールで側近に繋がる。


「リュカだ。アンドリュース様はご在宅か」

『はい。今、お繋ぎします』


 数コール経った後、アンドリュースに繋がった。


『俺だ――アイツは連れてこれなさそうか?』


 くくっと笑う声にリュカから笑みが消える。


「お前……サラさんに何も話してなかっただろう?」


 リュカは素に戻って、怒りを爆発させた。リュカの言葉にアンドリュースの返事はない。


「あの子はお前の番になったことを知らなかったんだぞ! 一体、どいういうつもりで!」


『言ったのか? アイツに』

「は?」


 アンドリュースの声が低く弱くなる。


「言ったさ。当然だろ? 番がなんなのかも、契約のことも。全て話した」


 そう言うと、アンドリュースは少し黙った後、そうかとだけ呟くように言った。

 弱々しい声だ。傲慢な態度を崩さない男からは想像できないほどに。


『……アイツは王妃にはなりたくないと言ってたか?』


 その言葉にリュカは怪訝そうな顔をする。


「なんでそう思う」


 電話越しにふっと自嘲気味な笑いが聞こえた。


『アイツは俺を拒絶していたからな』


(拒絶……?)


 リュカから見たら、サラは彼に対して拒否はしていなかった。


 “――アンドリュースには会いたいです。すごく……”


 そう言った時の彼女は恋する少女の顔をしていた。だから、アンドリュースに対して思いはあるように感じた。


「拒絶なんてしてないだろ。あの子は……」


 なんとなく腹が立って、苛立った口調になってしまう。


『なんだ、リュカ。たかが人間の娘に随分と肩入れするな』

「たかがなんて……お前の番だろう?』


 挑発的な言葉にますます苛立つ。アンドリュースの考えがわからなくて、つい挑発にのってしまう。


「あの子はお前なんかに勿体ないくらい、いい子だったぞ?」


 苛立ちを抑えない声で言うと、受話器越しにくっくっくっと笑い声がした。


「なんだよ……」

『随分と俺の番は優秀だな』

「どういう意味だ」


『殺意を抱いている相手を手懐けたんだ。優秀だろ?』


 アンドリュースの言葉にリュカは絶句した。受話器越しに低い笑い声が不快に響く。


(コイツ、気づいてやがったのか……)


 アンドリュースが言うとおり、リュカは人間の番には反対で、その契約を最悪、無効にしようと考えていた。


「お前……だから、俺を行かせたのか?」


 アンドリュースは答えない。


『俺もそうだったから、お前もそうだろうと考えただけだ』


 その言葉にリュカは大きく息を吐き出す。そして、ガシガシ頭を掻いた。


「お前の作戦勝ちだよ。俺はあの子を殺したいとはもう思わない」


 そう言うと、アンドリュースは勝ち誇ったように笑う。それが(しゃく)に障る。なんて言い返してやろうか考えていると、アンドリュースの笑い声がやむ。


『サラは元気だったか……?』


 驚くほど優しい声だった。それに毒気を抜かれて、素直に答える。


「元気だったよ」

『そうか……』


 その声でリュカは分かってしまった。アンドリュースの気持ちに。


(ベタ惚れじゃないか……)


 面倒くさい従兄弟の本音を聞いたような気がして、リュカはまたため息をつく。


『他のやつらは? 皆、元気だったか?』

「ん? あぁ、サラさんと一緒に暮らしている子たちのことか? 元気だったよ。まぁ、痩せすぎではあるけどな」


 頬は赤く高揚していたが、その体はみな折れそうなほど細い。心配になるくらいだ。


『そうか……リュカ。お前、そこに残ってサラ達を見守れ』

「は?」


(なんと、言ったコイツは……)


『お前をニポ国の特使に任命する。しっかり、サラ達を守れよ』

「はぁ!?」


 とんでもないことを言い出したアンドリュースに、リュカの怒りは急上昇した。


「サラさん達を守るのはお前がすればいいだろ!!」


 ――ガチャ。ツーツーツー……


 切れた受話器の音声にリュカは肩を震わせた。


「このくそったれ!!」


 叫び声と共に叩きつけるように受話器を置いた。



 ―――――



 受話器を置いたアンドリュースはふっと笑った。


(怒ってるだろうな、アイツ)


 普段は温厚な従兄弟は一度キレると途端に言葉が汚くなる。今頃は、思い付く限りの罵倒を一人でしているだろう。それを想像すると笑いが込み上げる。


 だが、その笑いも長くは続かなかった。代わりに出てきたのは苦い笑いだ。


「――守れるものならとっくにそうしてる」


 できればこの手で、サラを囲いたい。檻に入れて鍵をかけて、愛でたい。誰の目の触れさず、雑音から遠ざけて、苦痛のない甘い汁だけを与えたい。


 “自分さえ見てればいい”

 そう体に教え込みたい。


 それをできる立場に自分はいる。


 だが、それをしてもサラは喜ばないだろう。


 現にリュカはサラを連れてくることができなかった。それは、サラが王妃の座を断ったからだ。また拒絶された。その事実がアンドリュースの心にドロッとした黒いものを生み出す。


 サラはきっと、自分を今は亡きタカという男に重ねているだけだ。無くした父性を思っているだけだ。


 自分を一人の男とは見てないだろう。


 だが、もうサラは自分のものだ。番の契約がある限り――


(はっ……皮肉なものだな。あれほど嫌悪していたものにすがるとは……)


 アンドリュースは執務室の椅子に腰かけた。上等な皮でできた椅子は体重を預けるとぴたりと体が収まる。スプリングが効いた心地よいはずの椅子も、あの古い木の椅子の心地よさには敵わない。


「サラ……」


 呟いた言葉は熱情を(はら)んでいた。口寂しくて、そっと舌を出す。中指を舌で舐めるとなんの味もしなかった。


 早くあの甘い首を舐めて噛みつきたい。


 牙が(うず)くのを感じながら、アンドリュースは仕事を始めた。


 リュカにサラたちを任せたものの、サラを迎え入れる準備はまだ不十分だ。反発もまだある。それを押さえ込む必要があった。


 国内の厄介ごとは処理する必要があった。それにアンドリュースは全て一人でやる気でいた。


 ーコンコン


 不意にドアが叩かれ、アンドリュースが声をかける。


「なんだ?」


 そう言うと、乱暴に扉を開いて高いヒール音を鳴らしながら人が入ってきた。

 長いシルバーの髪に耳は同じ色の獣耳がついている。アンドリュースと同じ金色の鋭い目。ボディラインがくっきり見えるドレスはその豊満な胸を主張している。


「アンドリュース……人間の番を得たというのは本当か?」


 それにアンドリュースは同じ金色の目を細めた。


「本当ですよ、母上」


 元国王。女帝ベルベットローズが彼の前に腕組みして立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ