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第十二話 番というもの

 リュカと名乗った獣人からサラは知らない言葉を聞かされていた。


((つがい)って何……?)


 他にも王妃候補だとか訳のわからないことを言っている。全くもって身に覚えがない。アンドリュースは確かに一晩泊まったが、それだけの話だ。妙に気に入られていたような気はするが、ただの物珍しさだろうと思っていた。


(何か誤解があるのかも……帰って欲しいけど、引く気配はないし、どうしよう……)


 扉の隙間から伺うように覗いているとサラの腰の辺りからコウヤがひょこっと顔を出す。


「うわっ! あんどりゅーす、そっくり!」


 コウヤの横からチラッとセイヤも覗く。


「本当だ……でも、目の色が違うね」


 ハイハイの格好でルリも覗く。


「あんどりゅーふのおともだち?」


 三人の子供にリュカはギョッとして一歩、下がる。


「ご挨拶もせずに失礼よ。すみません」

「いえ……」


 アンドリュースに似ているが、彼よりも物腰が柔らかそうだ。サラは扉を開いた。


「狭いですが、どうぞ」

「え? あ、はい……」


 リュカを招き入れて扉を閉めた。だが、好奇心旺盛の子供を前に神妙な話ができるわけもなく、リュカは早々に質問攻めにされていた。


「おにぃちゃん、おなまえは?」

「え? 俺はリュカだよ」

「りゅうか?」

「そうだよ」

「りゅかは、あんどりゅーすとは友達なのか?」

「え? うーん……そうだね。従兄弟だよ」

「いとこ?」

「いとこ?」

「アンドリュースのお父さんかお母さんが、リュカさんのお父さんかお母さんの兄弟ってことだよ」


「よく知ってるね。アンドリュースの母君と俺の父上が姉弟なんだよ」


 リュカは子供の質問にも笑って丁寧に答えていた。その笑いかたはお父さんぽい感じがした。邪険にされないのは嬉しいがこれでは話が進まない。


「マリ。みんなを連れて、散歩にでも行ってきてくれない?」

「え? あ、そ、そうね」

「えー! りゅうかとお話したい!」

「そうだよ! あんどりゅーすの話も聞きたいし!」


 ブーブー文句を言い出すルリとコウヤにサラは静かに話し出す。


「リュカさんと私は大切なお話があるの。ね? お願い」


 そう言うと二人は口を尖らせながらも、了承した。


「マリ。みんなをお願いね」

「うん。任せておいて」


 こうしてサラとリュカ以外はいなくなった。


「すみませんでした。騒がしくて」

「あ、いえ……ちょっと懐かしかった」

「え?」


 リュカは穏やかな顔をして遠い記憶の思い出に浸った。


「俺には男ばかり七人の息子がいるのですが、もう成人していてね。小さい頃はあんな風だったなと懐かしくなったんだ」


 何気ない言葉だったが、サラは驚いた。


(どうみても30代前半にしか見えないのに……成人の子供が七人もいるなんて……)


 とても不思議な感覚だった。獣人とはやはり人間とは違うのだなと、改めて感じずにはいられない。


(それなのに、王妃候補だなんて……現実味がないな……)


 やはり誤解なのだろうと感じて、本題を聞くことにする。


「そうですか……あの、すみません。それで、番ってなんですか?」

「あぁ、そうだったね。番とは獣人にとって、結婚相手のことだ」


(・・・・・は?)


「獣人にとって番とは特別な相手のことだ。匂いで分かるのだけど、なんていうか……本能的に惹かれる存在、かな?」


「番を(めと)ることは古い習しだったが、我が国の王家ではその伝統を守ってきた。番を娶り出来た子供は高い能力を有する。王となるに相応しい人として」


 お伽噺を聞いているような感じがした。現実味がなく、妙に冷静になれる。


「その番に私が選ばれたということですか?」

「うん。そうだよ」


 リュカは困ったように笑う。困っているのはこっちだと、サラは思う。


(そんな話いきなり聞かされても……)


「あの。その番に選ばれたとしても、辞退はできるのですか?」


 そう言うとリュカは目をぱちくりさせる。サラは淡々と話し出した。


「いきなりそんなお話を聞いても、はい、そうですかとはいきません。私には大切な家族がいます」


 いつの間にかスカートを握りしめていた。強く、強く。

 本当は少し……いや、とっても嬉しい。アンドリュースとまた会えるかもしれないから。王妃とか番とかはまだよく分かっていないが、また会えるのなら嬉しく思う。

 だが、サラは恋に溺れるよりも大切なものがあった。タカが築いた家族が今は一番、大切だ。


「一番下の子は三歳です。あの子が自分で生活していけるようになるまでは、私はここから離れるつもりはありません」


 リュカの目をまっすぐ見てサラは告げた。真剣だと、分かってほしいと気持ちを伝えたつもりだった。

 しかし、リュカは困ったように乾いた笑いをだす。


「番を辞退ね……それは難しいな」

「難しいのですか?」

「うん。もう、番の契約をしちゃってるからね」

「………は?」


 今度は声に出てしまった。


「け、契約とは?」


(一体、いつしたのよ!? 覚えがないわよ!?)


 リュカはとても言いづらそうに頬をかきながら、ため息をついた。


「アンドリュースに噛まれなかったかい?」

「は?」

「首のここ」


 リュカは自分の首の左側を擦りながらそう言った。


(噛まれた? 噛まれたって……)


 ―――――あれか!


 畑でめり込んでいたアンドリュースに出会い頭に思いっきり噛まれたってことを思いだし、サラは青ざめた。

 その様子を見ていたリュカはまた一つため息をつく。


「首筋に噛みつくのが番の契約となる。一度、契約をするとどちらかが死ぬまで解消されない」


 サラはひくりと口を動かしながら、恐る恐る尋ねる。


「番になると、どうなるのですか……?」


 リュカは可哀想なものを見る目でサラを見つめ、言いづらそうに視線を逸らした。


「番の契約をした獣人は、番以外とは繁殖行為ができなくなる」


 サラは言葉を失った。

 リュカはサラを見つめ申し訳なさそうに続ける。


「つまり、アンドリュースは君としかできないし、世継ぎも当然、できないということだ」


 直接的な言葉にサラはノックダウン寸前だった。ふらつく体を支え、サラは青ざめながらも質問をする。


「それって……獣人だけがそうなるとか、ないですよね?」


 リュカは腕を組み、眉間に(しわ)を寄せる。


「人間が番になったという前例は今までないんだ。だけど、番の契約は強力だから、君もアンドリュースと同じようになっている可能性が高い」


 それを聞いても、サラは体から力が抜けてテーブルに突っ伏した。リュカはオロオロして立ち上がる。


「……大丈夫かい?」

「あんまり大丈夫ではありません」


 テーブルに顔を突っ伏したまま、サラは息を大きく吐き出した。


 あまりの展開に理解が追い付かない。獣人の王様だけでもお伽噺のようなのに、自分がその王様に娶られるだなんて、別次元の話だ。絵本の世界に迷い込んだみたいで変な感じがする。


 分かっているのは、アンドリュースは王様で、自分は番の契約してて、死なないとその契約は破棄されないということだ。


(なんてことなの……)


 サラがはぁと溜め息をもう一つつくと、リュカが呟くように話し出す。


「……君はアンドリュースの番になれて嬉しくなさそうだね」


 顔を上げるとリュカは瞳を揺らしてどこか切なそうな眼差しでサラを見ていた。


「君には青天の霹靂のような話だろうけど、ショックを受けているようだから……」


 サラの態度に困惑してると、言いたげな口振りだった。


(番になれて嬉しい?……嬉しいのかな、私……)


 ハッキリ言って複雑だ。アンドリュースにまた会えること自体は嬉しいが、その他の事柄が手に負える気がしない。


「そうですね……嬉しいより戸惑いの方が大きいです」


 サラは姿勢を正し、リュカに静かに言った。


「アンドリュースは王様なのでしょう? なら、娶る相手は王妃になるのでしょう。ハッキリ言って、田舎娘の私にそれが勤まるとは思えません」


 言葉にするとチクリと胸が痛む。別世界の人だと思い知らされるからだ。いくら、番とかいう繋がりがあるとしてもそれだけで乗り越えられるとは思えない。


「アンドリュースにはまた会いたいと思います。すごく……」


 あの金色の瞳が恋しい。


「だけど、私は手放しで彼の胸に飛び込めるほど子供でもないです。だから……」


 そこまで言うと言葉に詰まった。また自然とスカートを強く握りしめていた。

 サラの言葉を聞いたリュカはまた椅子に座って、微笑む。


「君は冷静だな」

「え……?」

「少なくともアイツよりは周りがよく見えている。不思議だな……」


 心底そう思っているのか、リュカは銀色の耳をピクリと動かした。視界の端で同じ色の尻尾が揺れたのが見えた。


「番を見つけると俺たちは冷静でいられなくなる。気が狂いそうになるし、抱きしめて自分のものにしたくなる」


 強烈な告白にサラの頬が赤くなる。それにリュカはふふっと笑った。また尾っぽが揺れている。


「人間だからな……てっきり、君は手放しでアンドリュースの元に行くと思っていたよ」


 興味津々な目で見られて、サラはじとっとリュカを見る。雰囲気はだいぶ違うが、こういう眼差しはどこかアンドリュースに似ている。こちらの試すような物言いも。


「すみません。ご期待に添えなくて」


 そう言うとリュカは目をぱちくりさせて、ははっと笑う。


「いやいや、期待以上だよ。君はいい子だね」


 ちっとも褒められた気がしないが、「どうも」とだけ、サラは答える。


 その時だ。


「おねーちゃん! ただいま!」

「まだ、りゅかいる!? あ、いた!」

「ただいま」

「こら! まだ、入っちゃダメよ!」


 わらわらと入ってきた家族たちにサラは一つ息を吐いて、おかえりと言う。


「今日はお暇するよ」


 兄弟たちに囲まれたリュカは皆の頭を撫でながら、そうサラに言う。


「ええ~? もう帰っちゃうの?」

「ごめんね。王様にお話をしたいことがあるから」

「あんどりゅーふとお話?」

「そうだよ」

「じゃあ、じゃあ! 今度、いつ来るのか聞いて! 約束したんだ! また会おって!」


 コウヤが興奮して話すと、リュカは優しく微笑んだ。


「分かった。聞いておくよ」



 そう言って、リュカは帰っていった。




 その日の夜。

 兄弟たちを寝かしつけた後、サラは一人外に出ていた。


 アンドリュースと見上げた夜と同じく、星は瞬いている。それを見上げながら今日の出来事を思い出していた。


(なんか、とんでもないことになっちゃったな……)


 ただの田舎娘だった自分が獣人の王妃に選ばれそうだなんて、やっぱり現実味がない。


 それにアンドリュースが何を考えているのかもよく分からなかった。


『――番を見つけると、冷静ではいられなくなるんだよ』


 リュカの言葉を思い出す。首に噛みついた時、アンドリュースは冷静ではなかった。それが番の効果というものなのだろうか。


 サラは膝を抱えて、顔を埋めた。


(アンドリュースが優しかったのは、私が番だったからなのね……)


 それに気づいて胸が苦しくて仕方なかった。


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