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第十一話 側近の難事

 アンドリュースが戻ってきてからリュカは頭が痛かった。王が探し続けた番を見つけたのだ。それは喜ぶべきことだった。彼が長年、番で苦しんでいたことをリュカは知っていたからだ。


 見つかったのは喜ばしいが、それが人間だということが問題だ。しかも、その人間は何も持たない田舎娘だと言う。高貴な血を引く者ならまだ受け入れる余地はあるが、親もいなく孤児だという。


(よりにもよって、なんでそんな娘を……)


 運命を呪わずにはいられなかった。しかも、あれほど人間に眼中がなく、王妃にふさわしくなければ、殺すとまで言っていたアンドリュースがころっと手懐(てなず)けられている。牙を抜かれた獅子だ。


「体で籠絡(ろうらく)されたのか?」

「いや、口づけすら交わしてない」

「じゃあ、なぜ……」


 尋ねるとアンドリュースは見たこともないほど優しい笑顔で言う。


「アイツは俺に無いものを全て持っているからだ」


 曖昧な答えだったが、少しだけ理解できた。リュカもまた番を見つけていたからだ。アンドリュースとは違い、他種族ではあるが何十年も前に見つけている。子供もでき、とっくに成人していた。


 番を見つけた時のあの衝動は、リュカにも覚えがあった。


(だからと言って、人間の番など……)


 アンドリュースは不遜な態度だが、使命感が強い男だ。王であることを誇りに思い、王以外の自分など彼は認めないだろう。


(いや、使命感が強ければこそか……)


 番を探し見つけることに執念を燃やしていた男がようやく出会えた相手だ。匂いは相当きつく、彼の理性を崩しただろう。


(しかし、アンドリュースは王だ。王でなければならない)


 リュカは密かに決意していた。王が認めても、自分が認めなければ、この手で葬ろう。それでアンドリュースの番の契約は解消される。例え、彼に殺されようとも。国を揺るがすことはあってはならない。


 リュカはアンドリュースの意思に従う振りをして、密かに爪を研いでいた。



 人間の番を得たという事実に戸惑いを覚えたのはリュカだけではなかった。国政を司る者たちは王の"人間の番を王妃にする"という宣言に反対した。


「人間の王妃など、前代未聞です!」


 伝統を重んじる彼らは声高に訴える。


下賤(げせん)な血を混ぜるなど、銀狼族の血が汚れます!」

「人間の女に(うつつ)を抜かしたなど知れては王家の尊厳に関わります!」


 アンドリュースはその声を真正面から受け止めた。その上で自分の意志は変わらないことを伝える。


「前例がないのであれば作るまでだ。俺を踏み台にしろ」


 彼は続けて宣言する。


「人間の番と結ばれないのなら俺は生涯独身を貫く。契約も解消しない。お前たちがいくら反対してもそれだけは曲げる気はない」


「しかし、それでは……!」


「王位継承はリュカの息子にさせればよい。七人もいるのだから、一人ぐらい王の器がいるだろう」


 皮肉のように言ったアンドリュースにリュカは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 話は平行線のまま何度も協議がされた。王命だと言ってしまえば、それで強引に通せた話かもしれないが、アンドリュースはそれをしなかった。その態度にリュカは疑問を抱いていた。


「なぜ、強引に力でねじ伏せない?」


 二人きりになった時、リュカはアンドリュースに尋ねたことがあった。喉が焼けそうなほど甘い酒を飲みながら、彼は笑って言う。


「全ての障害を無くしておかないと、アイツは嫁に来るとは言わなそうだからな」


「しかし、この調子だと人間の花嫁を迎えるのは時間がかかるぞ」


「構わない。どうせ、家族が成人するまでは嫁に行かないとか言い出しそうだしな」


 グラスに注がれた桃色の液体を揺らしながら、アンドリュースは余裕の笑みを崩さない。


「百年待ったんだ。十年やそこら待つのは苦ではない」


 リュカは深い溜め息を吐き出した。


(たった一晩でこうも人は変わるのか……恋は人を狂わせるというが、コイツは地でやっているな……)


 気持ちは分からなくないが困ったものだとリュカはまた溜め息を吐く。しかし、興味はある。アンドリュースがそこまでいうほどの人間の女だ。どんな人物だろうか。


「リュカ……お前、アイツに会いに行ってこい」

「は? なんで俺が……」

「アイツに会えば、良さが分かる。お前を引き込めれば、無駄な話し合いも減るだろう」


(面倒なことになった……)


 リュカは頭が痛くなった。


「会いたいのはお前のほうじゃないのか?」


 アンドリュースは、甘すぎる酒を飲み干し、口元を歪ませる。


「会ったら(さら)いたくなる。俺をただの男にしたいなら、喜んで行くぞ」


 その言葉は脅迫にしか聞こえなかった。アンドリュースはまだ王としての役目をまっとうしようとしている。それだけの理性は残っているようだ。


(しかし、手にしたら……コイツ、自我を保てるのか?)


 アンドリュースに巣くう凶暴な愛を彼自身が飼い慣らせるのか不安だ。


(それとも、番が諌めるのか……)


 獣の牙を抜き(なだ)めるのが番にできるのか。それを見極めるためにも一度、会ってみてもいいかもしれない。


「会いに行くのはいいが、何て言って行くんだ」


「そうだな……」


 アンドリュースはしばし考え込んだ後、面白い遊びを思い付いた悪い顔をした。


(聞きたくないな……)


 胃をキリキリ痛めながら、アンドリュースの言葉を待つ。


「王妃候補に選ばれたから、俺に会いに来いとでも言っておけ」

「――は?」


 リュカはすっとんきょんな声を出す。


「王妃候補って……まだそんな話出てないぞ」

「じゃあ、すればいい。明日の議会で通せばいい。老人たちもそろそろ疲れてきた頃だしな、あくまで候補の一人として招くといえば、納得もしやすいだろう」


(そう簡単にいくか……?)


 リュカは首を傾げたが、その案は意外にも通った。議会に参加した一人に聞けば、溜め息を混じりで言った。


「世界の違いを目にすれば、人間の方が折れるかもしれん……」


 長丁場の話し合いに老人たちも疲れていた。


 こうしてリュカはサラの元に行くことになった。



 そして現在、リュカは締め出しを食らっていた。


(――は? 人違い? いや、名前は合っているはずだ……)


 呆然と家の扉の前に佇んでいると、出立前にアンドリュースが言っていたことを思い出す。


『――連れてくるのは容易くないぞ』


 その言葉の意味が分からなかったが、今の状況を見るとそうなりそうだ。


(なぜだ……王妃候補など女なら飛びつきそうな話だろうに……番ならすぐ行くと言いそうなのに……)


 リュカは疑問が尽きなかったが、ここで引き下がるわけにはいかない。再度、交渉を試みる。


「すみません。話を聞いてください」


 ドアを叩いてみると、渋々ドアが開いた。サラが顔だけを出す。


「人違いだと申しています」

「いえ、人違いでは……先日、我が国の王、アンドリュース様がここにいらっしゃいましたよね?」


「居ましたけど……まさか、服を傷ませたことへの賠償金ですか?」

「――――は?」


(何を言っているんだ、この子は……)


 サラの理解不能な言葉に、リュカは頭が痛くなる。


「すみません。泥がついていたので洗濯したのですが、見ての通り我が家に上等な洗剤はありません。服を傷ませてしまったのは申し訳ありませんが、お金はないので、払えません」


 頭を下げるサラにリュカは混乱しだす。


「いえ、そんなことではなく……」


 リュカは妙な違和感を持っていた。そして、ある答えにたどり着く。それは出来れば正解してほしくない答えだった。


「一つ、お伺いしてもいいですか?」

「はい」


「アンドリュース様と番の契約をしたのはご存知ですか?」


 そう言うとサラはリュカの予想通りの答えを返した。


「番って何ですか?」


 サラの答えにいよいよ頭痛が酷くなる。


 そして、腹の底から怒りが込み上げてきた。



(あのクソ野郎! 何にも話してないじゃねぇか!!)



 リュカの難事(なんじ)は始まったばかりだった。



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