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第十話 動き出す獣

 食事が終わったアンドリュースは、昨日洗濯した服に着替えだした。黒い正装は彼の銀髪と金色の目を際立たせる。それを見て、改めて思った。


(王様というのも納得だわ……)


 チリチリと痛む胸にぎゅっと掌を握って、アンドリュースに近づいた。


「行くのですか?」

「あぁ……」


 ふっと笑われると、寂しさが込み上げた。顔に出てしまったのだろう。アンドリュースが笑って聞いてくる。


「寂しいか?」


 からかうような眼差しで言われたが、サラは怒る気にはなれなかった。


「そうですね……寂しいです」


 素直に口にすると寂しさが胸に広がる。

 アンドリュースは素直な言葉に頬を赤くした。


「ったく……急に素直になるなよ……」


 小さく吐かれた言葉はサラの耳には届かない。


「サラ……」


 不意に呼ばれた名前に胸が高鳴った。


「帰っちゃうのいーやー!!!」


 ルリが大粒の涙を溢しながらアンドリュースに突撃する。コウヤも無言で突撃する。セイヤはアンドリュースの服をちょっと摘まんで泣きそうな顔をしている。


 アンドリュースは微笑み、三人まとめてぎゅっと抱きしめる。


「ありがとう。お前たちに出会えてよかった」


 そう言って三人だけ聞こえる声で何かを話し出す。すると三人は涙をひっこめ、笑顔になる。


「ほんと!?」

「絶対だな!」

「約束だよ……?」


「あぁ、約束する」


 アンドリュースはそれぞれの頭を撫でて、サラの横にいたマリに声をかける。


「世話になった」


 マリはぶんぶんと首を大袈裟に振る。そして、アンドリュースはサラの前に一歩前に立った。


「お元気で」


 微笑むサラの顔にアンドリュースの顔が近づく。何かを察して、マリが子供三人の目を(ふさ)ぐために前に立つ。


「いい子で待ってろよ。捕まえにきてやる……」


 耳打ちされた言葉は震えるほど甘かった。それにトクンと心臓が高鳴り、余計に寂しくなる。


「期待せずに待ってます」


 精一杯の強がりを言うと、アンドリュースは面白くなさそうに眉をひそめ、サラの首をぺろっと舐めた。咄嗟のことにサラは瞬きを何回か繰り返した後に、固まった。アンドリュースはざまぁみろと言いたげに笑った。


「じゃあな」


 そのまま、アンドリュースは行ってしまった。ポカンとしていたサラは、しばらくして、首筋を擦った。


(二度と会うことはないのに……)


 舐められた首が、なぜかジクジク痛んだ。


「大丈夫だよ、サラおねーちゃん!」

「あんどりゅーふ、また来るって!」

「約束したよ。絶対来るよ」


 三人はサラを慰めるように抱きつく。でも本当は、寂しくて泣きそうになったから、彼との約束が消えてしまわないように繰り返していた。

 そんな三人の気持ちも分かって、サラは微笑みながら、三人を抱きしめる。


「そうね。いつかきっと、会えるわ」


 サラは分かっていた。アンドリュースがああ言ったのは、悲しむ三人を慰めるためのものだと。


(魔法が解けたんだわ……)


 あたたかい魔法は解け、ほろ苦さだけが胸に残った。




 ―――――


 その頃、アンドリュースが消えた獣人の国では大騒動になっていた。密かに暗殺されたのでは!? とか陰謀説まで出てパニックになっていた。

 特に側近のリュカは国王代理として混乱する獣人を(なだ)めつつ、王の捜索を指揮して、この一週間まともに寝ていなかった。


(くそったれ!どこ行きやがった、あの野郎!)


 リュカはアンドリュースとは従兄弟で二つほど年上だった。兄弟のように育った二人はお互いの性格をよく理解しており、公務以外の二人の場では気安い言葉も使っていた。


(アイツの尻拭いをするのはいつも俺だぞ! くそっ。賃金上げろってんだ!)


 アンドリュースの我が儘に振り回されるのは慣れているが、今回は特に酷い。アンドリュースは気まぐれなとこがあるが、公務を放り出すことはなかった。それがリュカにさえなんの知らせもなく忽然(こつぜん)と、消えるなどあり得ない。


(誰かに(さら)われたか?……いや、アイツの身柄を確保するなんて、一人では無理だ。大人数なら騒ぎになるだろうし……)


(だとすると、アイツが自らの意思で出ていったと考えるべきだな……しかし、なぜ……)


 考えれば考えるほど理解不能な行動に心配よりも怒りがこみ上げてくる。ふつふつと怒りをマグマの煮えたぎらせていると、一人の男がバタバタと走ってくる。


「王が戻られました!!」


 その言葉にリュカのマグマは噴火直前まで沸き立つ。


「……ありがとう。出迎えてくる」


 青筋を立てて、リュカは歩き出した。



「リュカ。戻ったぞ」


 いつもの余裕の笑みでいるアンドリュースに、ドッカーン!とリュカのマグマは噴火した。


「戻ったぞ……じゃねぇ!! どこ行っていたんだ!」


 大勢の前だというのに、素に戻っているリュカにアンドリュースはいけしゃあしゃあと言う。


「そんなに怒るな。いい手土産がある」

「なんだよ……手土産って」


 訝しげに見るリュカにアンドリュースは、不適な笑みを浮かべる。


「番が見つかった」

「――――は?」


 アンドリュースは歩きながら、ご満悦で話し出す。その横をリュカも付いて歩き出す。


「もう契約も終わってる」

「……は? 契約ってお前っ!」


 アンドリュースが執務室のドアを開き、椅子に座って足を組む。そして、リュカにとっては最悪な命令を出した。


「人間の番を王妃にする。そのため、邪魔なものは全て排除する」


「――――は?」


 リュカはこの一週間の寝不足の疲れが一気にきて、目眩を起こして倒れそうになった。



 ――――




 アンドリュースが去ってからサラにはいつもの日常が戻っていた。畑を耕し、家族と過ごす穏やかな日常だ。そんな日々の中、彼が去ってから一つの季節が終わろうとしていた。


 彼がめり込んでいた畑には種芋が植えられ、収穫の時期を迎えている。もうそんなに月日が経ったのかと驚くばかりだ。


 彼が去ってからしばらくは、ルリとコウヤが彼を恋しがって泣いて大変だったが、それも落ち着きつつある。泣く二人にサラは"王様は忙しいのよ。会えないのは王様が大変な仕事をしてるからよ。頑張ってて心で応援しましょ"と優しく言い続け、眠るまで抱きしめた。


 もう会えないかもしれないが、それを理解するのは幼い二人にはまだ無理だ。だから、小さな嘘を言い続けた。


 でも本当は……また会えたらいいと、サラも思っていた。



 そんなほろ苦く穏やかな日々は、突然来た馬車で終止符を打つ。家の前をいかにも豪華な馬車が止まり、周辺の住人はなんだなんだと集まってきた。


 騒がしい音を不思議に思い、サラが家の扉を開いた。扉を開けた先にいたのは、見たことのない獣人だった。

 アンドリュースに似た銀髪に耳が生えている。しかし目の色は同じく銀だ。物々しい雰囲気にサラは訝しげに相手を見た。


「あの……なにか?」

「サラ・タカヤ様ですね?」

「はい。そうですけど……」


「私はリュカ・ゴールデンバックスと申します。王妃候補として、我が国にお連れするように王から命じられました」


 サラは混乱していたが、顔には出さず淡々と答えた。



「あの……人違いだと思いますよ。それでは」



 そう言って、混乱のあまりつい扉を閉めてしまった。


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