第一話 獣人が土に埋もれていた
この世界は獣人と人間が共存している。とはいっても、「やぁ、元気かい?」とか気軽に挨拶できるような仲ではない。
寿命も体格も違う二つの種族は基本的には相容れない。かといって、お互いの領土を戦争でぶんどってやるぜ!とかいうこともない。
つまり、世界が二つに分かれたような完全な独立国家として存在していた。交流もあるようだが、一般庶民には縁のない世界の話だ。
そう、縁のない話だ。
とある田舎で汗だくになって畑を耕しているサラにとっては。
(なぜ……)
自分の畑の真ん中で獣人と思われる男が倒れている。土にめりこんでピクリともしない。頭から耳が生えており、尾っぽも生えている。明らかに人間とは違う風貌。
「はぁ……なんでこんな所に……」
サラは埋まる獣人を見つめ、溜め息をついた。この畑は、昨日、種を撒いたばかりだ。芽が出なかったらどうしてくれようと、サラは憤る。
(ほんと、はた迷惑……芽が出なかったら慰謝料を請求しようかな……)
埋まっている獣人を改めて見つめた。服は上等そうなのを着ていた。黒いマントに服は細かい金糸の細工がしてある。見るからに上流階級の雰囲気がある。つぎはぎだらけの古い服を着た自分とは大違いだ。
なにもかもが違う人が自分の畑になぜ埋まっているのか疑問は尽きないが、こうしてても仕方ない。サラは獣人の背中に手を置いてゆさぶった。
「大丈夫ですか? 立てます? 意識あります?」
話しかけるとピクリと耳が動いた。
(よかった。生きているみたい……だけど、なんとか自力で動いてもらわないと私だけでは運べない)
足をもって引きずることはできるが、怪我をされても困るし、何より早くどいてほしい。
「もしもし? 聞こえてますか? もしもーし」
サラは声を大きくして呼び掛ける。大柄な体を両手で揺さぶると、上等な服がますます土にめり込む。それにサラは焦った。
「起きてくださーい!!」
渾身の声を出すと、獣人がむくりと体が起き上がった。ホッとしたのも束の間、獣人は素早い動きでサラの両肩を掴みだした。人とは違う鋭い爪が肩に食い込み、痛みが走る。でも、肩の痛みなんて序の口だった。
――――ガブっ!
「!?!?!?!?」
サラは首の付け根の所を思いっきり噛みつかれた。
(なんなの!? 人の畑でめりこんでいたくせに! 今度は暴力かい! もう、あったまきた!!)
「いい加減にしてください!」
抱きついている獣人をひっぺがそうと思いっきり突き飛ばしたが、がっしりホールドされて離れない。それにプツンと、サラの堪忍袋の緒が切れる。
「いい加減にしろ!」
サラは渾身の力で頭部に物理攻撃をかます。要は頭突きだ。
―――ゴン!
(くぅ~~っ! 痛い!痛い!)
頭がくらくらしたが、どうにか相手は離れていった。サラは額と肩を押さえて、涙目になりながら相手を睨む。意識はハッキリしているらしく驚いた顔でこちらを見ていた。
「お前は……誰だ?」
――いや、こっちの台詞ですよ。
サラは突っ込むのも面倒でスカートに付いた土をはたいて立ち上がる。
「ただの田舎娘です。気がついてよかったです。じゃあ、これで」
関わるのが面倒だったので、そのまま歩こうとする。
「っ……待て!」
獣人に手を取られて思いっきり引っ張られ、その拍子に足が土に取られてそのまま倒れこむ。
今度は私が土にめりこむ番か? と妙に冷静に思っていると、やたら硬いボディに体は包まれた。
「なんですか?」
引くつく口元のまま後ろのクッションにサラは話しかける。
「お前は人間か?」
(はぁ? どこからどう見てもあなたと違うでしょう)
瞬きを繰り返す獣人に、サラは怒りを抑えきれず毒吐く。
「あなたのように立派な耳はないので、れっきとした人間です」
獣人は神妙な顔になり、黙りこくってしまう。そろそろ離してほしいサラは、変わらない声色で獣人に話しかけた。
「もう質問はないですか? 私、忙しいので、もう行きますよ」
立ち上がろうと足を動かすが、想像以上にホールドされて、抜け出せない。顔を赤くし、渾身の力で脱走を試みている中、獣人はポツリと呟く。
「そうか……ここに居たのか……」
どこか感極まった声に、変に思って首だけを獣人に向ける。
土にめり込んでいて分からなかったが、獣人は端正な顔立ちをしていた。キリッと鋭い瞳は瞳の中心は金色をしていた。その金の瞳には確かな歓喜があった。
「名前は?」
「は?」
「お前の名前だ」
獣人は金色の瞳を揺らしながら、低い囁くような声で尋ねる。サラは怒りを引っ込めて淡々と答えた。
「サラです」
「サラ……」
噛みしめるように言われた自分の名前に、ますます疑問に思ってじっと獣人を見つめた。すると、獣人は念仏のようにサラの名前を繰り返した。
「サラ……サラ……サラ……サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラ」
呪いのような声にドン引きだ。関わっちゃいけないと、強く思う。
「あのー、もういいですか?」
「何がだ?」
(いや、何がって……大丈夫か、この人?)
土にめりこんだ拍子に頭でも打ったんじゃないか。それとも頭突きが効いたのか……慰謝料を払うのはこっちになるのではないかと、サラは焦る。貧乏なので借金は勘弁だ。ここは、早々に立ち去った方がいいだろう。
「忙しいので、失礼します。だから、離してください」
「なぜ離れる必要がある? 俺とサラは契約を結んでいるんだぞ?」
(・・・・・は?)
当たり前のことのように言う獣人に、サラは顔を青くする。
(ダメだ、この人。完全に頭がおかしい。頭打った拍子にイカれたんだ。どうしよう。このまま畑の中で埋もれ続ける気だ。どうしよう……)
サラが置かれている状況に恐怖を感じつつも、恐る恐る獣人を見ると、銀色の耳がぴくりと動いた。その動きを見て、何かに似てるなと思いつく。
向いで飼われているゴン太(雄犬)に似ている。ゴン太は土の中でじゃれつくのが大好きで、よく泥だらけになっている。サラを引っ張って遊ぼう遊ぼうと、泥の中に引き込むのもよくある。
(遊びたいのかな……? でも、私はやることがあるし、どうしよう……)
考えた末に、サラはある提案をした。
「ひとまず、うちに行きましょう。なんもありませんが、その服、洗濯した方がいいですよ」
獣人はまたピクリと耳を動かし、拘束を解いてくれた。それにホッとして、こっちですと促した。
宜しくお願いします。
書き終わっているので毎日更新予定です。