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ふわふわ綿あめは雨に濡れてもほんのり甘い

作者: こぶたぬき

小学校の裏山頂上には幸せを運ぶたぬきが住んでいるらしい。

らしい、と語尾が伝聞形になのは、誰もそのたぬきを見たことがないからだ。

いわゆる怪談だとかホラ話の類で、信憑性は皆無といっていい。

ちなみにわたしは嘘だと思っている。

というのも、わたしの住んでいる街はたぬきが住める環境にないからだ。

都会というには閑散としていて、田舎と呼ぶには空気が汚い。

そんな中途半端で宙ぶらりんの街ーー身も蓋もない言い方をすると、都市開発の失敗例が、わたしの住む街なのだ。


「いーや。そんなことないね。"幸せたぬき"は絶対にいる」


と、わたしに言い張って来たのは5年3組の田中光秀くんである

彼は隣のクラスから休み時間のたびにわざわざおしゃべりに来てくれる変わり者だ。

髪は短く、顔はたぬきというよりきつね顔。

膝小僧にいつもスリ傷をくっつけている根っからのサッカー少年だ。


わたしは彼に、言葉を返した。


「いないよ。だって見たことある人いないじゃん」


「この前、山根が見たって言ってたぜ」


「どうせまた写真はないんでしょ? みんなスマホを持ってるはずなのにね、おかしいね」


「……うっ」


光秀くんが困ったように身を縮こまらせた。

わたしには彼のその反応が不思議でならない。

彼は本当に"幸せたぬき"だなんて根も葉もない噂を信じているのだろうか。


何よりも不可解なのは、そんな信憑性の欠けらもない噂が一人歩きしている点である。

光秀くんにしてもそうだが、学校のみんながみんな、噂を信じている。


とはいえわたしたちはもう小学五年生なので、さすがに噂を鵜呑みにするような子は少ない。


"正体はふつうのたぬき"派

"幸せを運んでくるのはたぬきじゃなくてネコ"派

"幸せのたぬきからたをぬいてみる"派


などなど。

噂を曲解して解釈している人が大半である。

……問題なのは、曲解してはいるものの、みんな心のどこかで"幸せたぬき"を信じている点だ。


その事実に、わたしはちょっとした疎外感を覚えてしまう

目の前の光秀くんのように、噂を頭から信じている人と接する時は、特に。


「……それなら"幸せたぬき"がいないって証拠をだしてみろよ」


「あのね、いないことを証明するのは悪魔の証明といってーー」


「まーた始まったよ。"わたあめ"の頭が良い自慢」


"わたあめ"というのは、私が2年生だった時に付けられたあだ名である。

あだ名の由来は、幼少期のわたしがわたあめみたいにフワフワしていたから、らしい。

現在となっては見る影もないそのあだ名で呼ばれることを、わたしは酷く嫌う。

なので今、かなりむっとしている。

思わず


「それ光秀くんがバカなだけじゃん」


と言い放ってしまった。

すると光秀くんが顔を真っ赤にして食ってかかって来たけど、「じゃあ、本物の"幸せたぬき"を見つけて来てよ」と言うと黙って教室に帰っていった。

結局のところ、光秀くんも"幸せたぬき"を心の底から信じていたわけではないのだ。

当然だ。

"幸せたぬき"なんて、それこそ"わたあめ"みたいなものなのだから。


甘くて、フワフワとしていてーーけれどすぐに溶けてしまう。


そんなものは、ないのと同じだ。



わたしが"わたあめ"の汚名を返上したのは小学二年生末から三年生にあがる期間ーーちょうど、両親が離婚した時期だ。

……これは後になって知ったことだが、離婚の原因は母の浮気だったらしい。

浮気がバレた母は、パパと耳を塞ぎたくなるような口汚い罵り合いを繰り広げた末、家から逃げるように出ていった。


『必ず迎えに来るからね』


去り際に、母が残した言葉を、わたしは信じた。

パパが嫌いだったわけではないけれど、いつだってわたしを1番近くで見守ってくれていたのは母だったからーーまた会いたいと願うのは自然なことだ。


なのに。


1日待っても

1週間待っても

1月待っても


待てども、待てども、母は帰ってこなかった。


『必ず迎えに来るからね』


甘くて、優しくて、形のないーーそんな言葉は"わたあめ"と変わらない。


わたしはいつしか"わたあめ"を信じるのをやめていた。


そんなものは、ないのと同じだ。



次の日、学校に登校すると、クラスがざわついていた。

友達に何を騒いでいるのか確かめると、なんてことはない、今日催される神社のお祭りについて話あっているだけらしい。

都会に住んでいる人には分からないかもしれないが、わたしの住んでいる街のように娯楽の少ない地域では、お祭りは住民総出の一大イベントとして扱われる。

ましてやお祭りの開かれる神社は"恋愛成就"を司るそうで、ませたクラスの女の子なんかは大はしゃぎだ。

わたしも歳の割にませていると自負しているけど、こと恋愛に関しては、とんと興味がなかった。

……だって、好きとか恋とか、よく分からない。

わたしは今日も疎外感を噛みしめながら、クラスメートたちの輪を眺めていた。


「何ボーっとしてんだよ、"わたあめ"」


そんなわたしに声をかけて来たのは件の少年ーー田中光秀くんである。

今日も遠路はるばる五年三組からお越しになったらしい。


「……"わたあめ"を信じてるのは光秀くんの方でしょ」


「は?」


光秀くんは意味がわからない、という風に首を傾げた。

わたしはあえてそれを無視して「何か用?」とたずねた。

すると光秀くんは身体を硬直させて、黙り込んだ。

わたしは不審に思い、「どうしたの?」と重ねて問うた。


「……」


それでも彼はだんまりだ。

わたしは心配になって、彼の顔を覗き込み、言った。


「ねぇ、ホントにどうかしたの?」


「……っ!」


彼がガバっと顔をあげた。

その勢いがあんまりに急だったことと、彼の顔があんまりにも赤かったために、わたしは少し不安になった。

昨日と同じように、光秀くんを怒らせてしまったのかもしれない。


「……ちょっと、ついて来い」


彼はぶっきらぼうにそう言って、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。

慌てて教室を飛び出し、彼を探すと階段を昇って行こうとする彼の後ろ姿が見えた。

遅れて階段を昇っていくとーー屋上に通ずるドアノブをガチャガチャと捻る、光秀くんの姿があった。

わたしは恐る恐る声をかけることにした


「……なに、やってんの?」


「開かない。鍵がかかってる」


「それはそうだよ。子供が勝手に屋上に出入り出来たら危ないじゃん」


「それもそうか」


言って、彼はくるりとこちらに振り向いた。

その動きはとても力強く、テレビで見かける兵隊さんを連想させた。


「ど、どうしたの……?」


「お前に伝えたいことがあるんだ」


動きも力強ければ、言葉も力強い。

それでいて声量は抑えられていて、声を周囲に聴き取られないように配慮していることが分かる。

これから恫喝でもする気なのかもしれない。

顔も赤いし、きっと何かに怒っているのだろう。

何に怒っているのかは分からないが。

わたしは気持ちだけは負けまいとじっ、彼の瞳を睨んだ。

光秀くんはたじろいだが、すぐに建て直し、意を決するように息を吸ってーー言った。


「……好きです。俺と一緒にお祭りに行ってください」


ーー頭の中が、真っ白になった。


何を言われたのか分からないし、何が起きたのかもよく分からない。


単語と単語の意味が繋がらずに、文章を文章として処理出来なくなっている。


ただ。


そんな状態でも。


"好き"という単語の意味だけは、かろうじて分かった。


それだけ分かれば充分だった。


"好き"という言葉が持つ破壊力は、それほどまでに強烈だ。


でも、"好き"って一体何なんだろう?


イメージとしては何となく分かるけど……やっぱり実体がよくわからない。

フワフワとしていて。

甘くて。

トロけてしまいそうなもの。


ああ、そうかーー"好き"とは"わたあめ"なのかもしれない。


でもわたしは、わたあめを信じない。


「……じゃあ、本物の"幸せたぬき"を見つけて来てよ」


だから、わたしは彼にわたあめを見せて欲しいと頼んだ。

それ以外に、わたあめを信じられそうになかったからだ。


……そんなものは、ないのと同じなのに。



学校の裏山は背丈こそ低いものの傾斜が厳しく、危ない。

一度足を踏み入れると、鬱蒼とした木々に太陽を遮られてしまう。

その癖、中途半端に人の手が加えられているせいで、野生の動物たちの大半はとうの昔に引っ越し済みだ。

とてもたぬきが住めるような環境だとは思えない。


ーーそんな寂しく険しい裏山に、光秀くんは入っていく。


その姿を、校舎3Fの窓から眺めていたわたしは、静かにため息をついた。

ため息をつくと幸せが逃げるというが、今回ばかりは仕方がない。

だって。

確かに『本物の幸せたぬきを見つけて欲しい』とは言ったけど、まさか本当に探しに行くとは思わないじゃないか。

"幸せたぬき"を見てみたい、だなんて方便でしかないのに。

低学年のように素直に受け取られたら反応に困る。

……彼はやはりバカなのだ。

バカだからわたあめを信じて、バカだからわたあめを探している。

アホらし過ぎてかわいそうになってくるほどの純真さだ。


ーーそんな彼のことを、わたしはどうしてか置いていく気になれず、こうして律儀に帰りを待っている。


バカなのはわたしの方なのかもしれなかった。



1時間が経過した。

彼が帰ってくる様子はない。

さりとて彼を置いていく気にもなれない。

なんだか針のむしろにいるみたいだ。

針のむしろがどんなものかは知らないけれど。



2時間が経過した。

彼が帰ってくる様子はない。

小雨が降り出したので、少し不安になる。

途中、先生に「いつまでそこにいるんだ」と声をかけられたが、適当に誤魔化した。

先生は怪訝な顔をしていた。



3時間が経過した。

雨足が強まって来た。

彼が帰ってくる様子はない。

どうやらわたしはとことん、彼を待つ腹づもりらしい。

先生の巡回は、全て回避した。



下校時間になっても、彼が帰ってくることはなかった。


雨は叩きつけるような激しさになっていた。



「……」


ざあざあと雨の降りしきる帰路を、わたしは傘を広げて歩く。

足取りは重い。

心は空模様と同じくどんよりとしている。

隠れているところを先生にみつかり、こっぴどく怒られたから、ではない。


ーー待てども、待てども、彼は帰ってこなかった。


帰り際、先生に光秀くんが山に入ったきり降りて来ない旨を伝えたら「別の道から降りたに決まってるだろう」と諭された。

考えてみたら当たり前のことで、山に出入りする道は無数にあるのだから、光秀くんは、なにも来た道を戻る必要はないのだ。

"幸せたぬき"を探すのに疲れ果て、わたしに遠回しにフラれたことを受け入れた彼は、来た道とは違うルートから下山したと考えるのが自然である。

まさかフったわたしがこうも長いこと、彼を待ち続けているとは思いもしないはずだ。


こんな当たり前のこと、どうしてわたしは気が付かなかったのだろう。

……普段のわたしは、この程度のことに気がつかないほどバカではないはずだ


どうしてわたしは、彼のことを待ち続けたのだろう。

……何もこんなにも長い時間待ち続ける義理はなかったはずだ。


どうしてわたしは、彼が帰って来なかったことにガッカリしているのだろう?

……彼が好きじゃないからこそ"幸せたぬき"を探しに行けと言ったはずなのに、帰って来ないなら来ないでがっかりするなんて、まるで一貫性がない。


『必ず迎えに来るからね』


ーー嫌な記憶を思い出した。


それでようやく、自覚した。


わたしは"幸せたぬき"が見られなかったことではなく、"幸せたぬき"を信じて待ち続けてしまった自分に失望してるんだ。

これじゃ、あの時と変わらない。


"わたあめ"なんてないのと同じ、だから"わたあめ"なんて欲しがらない。


わたしはいつしかそう誓ってーー今日まで過ごして来たはずなのに。

結局のところ、"幸せたぬき"を信じる周りの子たちと同じように、わたしは"わたあめ"を欲していてーー。


ピリリ、ピリリ。


スマートフォンの着信音が、泥のような思考の澱からわたしを引き上げてくれた。

発信元は、パパかーーパパが連れて来た新しい母だろう。

パパは仕事で忙しいから、きっと新しい母に違いない。

あの人と話す際には気を遣わなければならないから、とても疲れる。

しかし、だからといって電話にでない訳にはいかない。

わたしは渋々スマートフォンを耳に当てた。


ーー電話の相手は光秀くんのママだった。


どうやら、彼はまだ家に帰っていないらしい。

光秀くんのスマートフォンに電話を掛けても通じない、とか。

光秀くんのママは、光秀くんの友達に片っ端から電話を掛けているらしいが、誰も光秀くんの行方を知らないという。

どうやら誘拐も視野に入れてるようで、とても心配している様子が、電話越しからも伝わって来た。

ああ、ママってこういうものなんだよねーーわたしは新しい母を思い返しながら、ちょびっと懐かしい気持ちになった。


わたしは光秀くんのママを落ち着かせて、光秀くんを迎えに行く旨を伝えて電話を切った。

まずは試しに光秀くんの番号に電話を掛けてみる。


『おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波の届かない場所にーー』


なるほど光秀くんは本当に電波が届かない場所にいるらしい、とわたしは思った。

次に裏山って電波入らないのかな? と不思議に思った。

そこまで深い山ではないはずだが、密に生い茂った木々が電波を遮断してしまうのかもしれない。

最後にわたしは思い切り息を吸って


「ーーあのばかっ!」


と叫んだ。

叫ぶと同時に駆け出した。

弾丸のような雨粒が顔にかかるのも気にならない。

ただひたすらに駆け抜けた。


……"幸せたぬき"も"わたあめ"も、見つかるはずがないのに。



裏山の道なりは険しく、木々が生い茂っていて暗い。

ましてや雨の日は足元が滑りやすく、差し込む陽の光すらない。

非常に危険な場所であることくらいは、子どもにだってすぐ分かる。


ーーそんな山の頂上で、光秀くんは一生懸命に何かを探していた。


光秀くんが山に入ってから今までの時間を考えると尋常ではないことだが、今の彼に"鬼気迫る"だとか"取り憑かれたように"といった形容詞は当てはまらない。

彼はただ純粋に楽しそうだった。

きっとわたしと祭りに行くために"幸せたぬき"を探し始めたことすら忘れているに違いないーーそう確信できるほど、彼の顔は自然体で、なおかつ活き活きとしていた。


「"幸せたぬき"は見つかった?」


わたしが彼に声をかけると、彼はビクリと肩を震わせた。


「……ごめん、まだ見つからない」


「だから言ったでしょ。"幸せたぬき"なんていないって」


「……なら、いないって証拠を出してみろよ」


さっきまでの活き活きとした顔から一転、彼はどこかバツの悪そうな表情をした。

わたしにはそれが不思議でならなくて、こう尋ねた。


「なんで怒ってるの?」


「……怒ってない。幸せたぬきを見つけられなかったのが情けないだけだ」


「たぬきを見つけられないのは嫌?」


「……当たり前だろ」


「でも、さっきまでは楽しそうだったよ?」


「……ああ。さっきまでは、な」


「なにそれ、変なの。たぬきを"見つけられないこと"は嫌がる癖に。探しても探してもたぬきを"見つけられないこと"は楽しいんだ? どっちも同じことなのに」


すると光秀くんは「なに言ってるんだ」と異議を唱えた。

続けざまに彼が口にした言葉は、わたしの理解をこえていた。


「見つかると信じてたから、探すのも楽しかったんだよ」


でも、その理屈はおかしい。

探しものがいつか見つかることが前提になっている。

現にーー今回彼は、幸せたぬきを見つけることが出来なかった。

そこを指摘すると、彼はむずかしい顔をした。


「……あのさ。おまえは意味がないって言うかもしれないけど。俺は楽しかったんだ、たぬき探し。ならそれでいいと思うんだよ」


なんて、のたまった。

どうということはない。

どうせ探しても見つからないなら探さない方がマシと言い張るわたしと、見つからないにしても探してみた方がマシと言い張る彼。

それだけの差に過ぎない。

なのに。

わたしにはその差がとても眩しくて尊いものに見えた。

どうしてそんな風に思ったのかを考えて、すぐに納得した。


答えは単純で、彼の考え方のほうが前向きで素敵だからだ。

そっちの方がーー母を待ち続けたあの日々にも意味があるように思えてくるからだ。


恋しくて、寂しくて、泣き出しそうな痛みに耐えていた日々をーーわたしは無意味だったと斬って捨てることで前に進もうとしたけれど、そのやり方には無理があった。

ほんとは誰だって、"わたあめ"は食べたいし、"幸せたぬき"を見てみたいのだ。

わたしは母をーーママを好きだったから、毎日ママを心待ちにしていたのに、そこを否定したらママが好きだったという感情までが嘘になってしまう。

そんなのは、嫌だ。

ずっと、嫌だった。

だから正しいのは彼で、間違っていたのはわたしなのだろう。


とはいえ、彼はべつに、そこまで考えてはおるまい。


「おい、黙り込んでどうしたんだ?」


「……」


なんだか無性に彼の顔を見るのが小っ恥ずかしくなって、わたしは無言で俯いた。


「だからどうしたんだよ? ……本当に大丈夫か?」


「……っ」


心配した彼が顔を覗き込んでくる。

わたしは思わず、顔をあげた。

彼がビクリと肩を竦めた。


「……つ、ついて来て」


「はい?」


彼が小首を傾げる。

わたしはそれをあえて無視して、一息で要求を突きつけた。


「幸せたぬきはお祭り会場に出るらしいのっ。捕まえに行くから着いて来てっ」


「は? え、うぉっーー!?」


わたしは彼の手をとって、雨に濡れた山道を走った。



幸せたぬきも、わたあめも、今ならあっさり見つかる気がした



結論からいうと、幸せたぬきも、わたあめも、そう簡単には見つからなかった。


神社の祭りは大雨に伴い中止になったらしい。


雨はとうに止んでいて、雲からは夕焼けが垣間見えているのにーー


でも、わたしは不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。



「……祭り、やってなかったな」


彼が同じ台詞を繰り返すのは、これで4回目だ。

わたしの前を歩く彼の表情は伺い知れないが、声質からかなりどんやりした顔をしているに違いない。

わたしはいい加減めんどくさくなって「仕方がないじゃん」と言い返した。


「なんでそんなにガッカリしてるの?」


「そりゃあ、さ……楽しみにしてたんだよ。お前と祭りに行くの」


「……っ」


頬が少し熱くなった気がするが、頭を振り払うことで強制的に冷却。

彼がギョッとした目でこちらを振り返って来たが、責任の発端は向こうにあるので気にしない。


そこでふと、お祭りにまつわる噂を思い出した。

曰く、その神社の祭りに参加した男女は例外なく結ばれるーーとかなんとか。

胡散臭い噂話が嫌いで、恋愛話にも興味のなかったわたしにとっては、あまり馴染みのある話ではなかったので、すぐには思い出せなかった。

彼が気にしているのは、このことか。


「今日は散々だったね、光秀くん。"幸せたぬき"は見つからなかったし、お祭りには参加できないし」


彼がこの程度でめげるとは思えないが、少しからかってみる。


「……まあ、確かに。なにやってんのかなあ俺、とは思う」


「え?」


しかし、彼の口から飛び出して来た言葉は、わたしの意表をつくものだった。


「お前の言う通りなのかも。こんだけ探して、探して、探してもーー何にも見つからないんだもんよ。もしかしたら、全部無駄なのかもな」


……なるほど。

どうやらわたしが彼に影響を受けたように、彼もわたしから何かを感じ取ったらしい。

探すことそのものに意味があると言わんばかりだった彼が、今や意気消沈としている。


ーー彼はわたしに、わたしの抱えていた悩みがいかにちっぽけか教えてくれたのに、彼自身は何も分かっていないのだ。


そのことに腹が立ち「無駄ではないと思うよ」と言って、彼の肩を叩いた。


わたしは、振り向いた彼が何か言う前に、その手段を奪った。


好きとか恋とかよく分からないけど。


なるほど、確かに。


甘くて、優しくて、溶けてしまいそうだ。


ほら。


"好き"も"わたあめ"もちゃんとここにある。


なら、彼の骨折りも無駄骨とはいえないと思う。


「え、あ、う……………えぇ? 今の、ナニ?」


まあ、当の本人はご覧の通りプチパニック状態なのだが。


「ほら、はやく帰ろっ。パパとママが心配してるよ?」


そう言って、急かすように走り出す。

光秀くんは慌ててついて来た。

それが無性におかしくて、わたしは笑った



ーー小学校の裏山頂上には幸せを運ぶたぬきが住んでいるらしい。

眉唾だが、こうして幸せが運ばれて来たのだから、信じるしかない。

わたしはきっと、これからも、"幸せたぬき"を探し続けると思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほっこりしてて甘酸っぱいお話でとても面白かったです、 わたあめは雲のように掴み所がないけど、暖かくて甘いんだなあと
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