春、事件の季節
女子生徒たちに一通りサービスをし終えた後、muscleモスキートと宮崎は、校舎の方へ歩を進めた。
「ねえエーナーエノウェー、muscle君と宮崎君のどっちがタイプ?因みにあちしは、muscleくん」サワコが聞いてきた。
「え・・・」あたしはmuscleモスキートと宮崎を見比べる。
muscleモスキートは、筋肉質で、身長は二メートルはあろうかという大柄な体格。顔つきは眉毛が濃く、目が大きいので、派手な印象を受ける。もしも俳優になれば、個性派俳優の名をほしいままにし、古代ローマで温泉を作る映画などに出演すること請け合いである。
方や宮崎は、端正な顔立ち、180㎝前後の身長、米粒ほどの顔の大きさ、すらりと長い手足を兼ね備えている。このルックスから、インスタグラムのフォロワーは、43万人を超えるという。
まさにあたしごときでは手の届かない存在。どちらがタイプなど恐れ多いことこの上ない。
「きゃっ」サワコが、短く叫んだ。いちいちうるさい女だ。
「今度はどうしたの?」あたしは、呆れながら尋ねる。
「muscle君と宮崎君があちしの所にくるわよ!」
「え」二人の姿を確認する。確かに彼らはこちらへ近づいていた。しかし、サワコのもとへ向かっているわけではない。あたし達の背後には校舎がある。そう、単に彼らは校舎へと進んでいるだけだ。にもかかわらず、サワコは自分の所へ来ているという、幸せな勘違いをしている。
muscleモスキートと宮崎は、一歩一歩こちらへ近づいている。
「覚悟はできているわ」サワコがポツリとつぶやいた。何の覚悟かは、恐ろしいので聞かないでおく。
また彼らとの距離が近づく。もう三メートルもない。意外なことに、あたしの鼓動も早くなっていた。無理もない。この距離で見ると彼らの顔は、ため息が出るほど整っている。よく言えば美しく、悪く言えば美しい。あたしの呼吸は荒くなる。鼓動はますます早くなる。赤面するのを抑えきれない。く、悔しい・・・。なんであたしがこんな奴らに!!!
そんなことなど露知らず、彼らがあたしたちの前を通り過ぎようとしたその時、突然muscleモスキートが視界から姿を消した。消えた?いや違う。
ドスンという鈍い音と、ピチャリという液体のはねる音が足下から聞こえた。あたしは下方へ顔を向ける。なんと地面には、muscleモスキートが横たわっていた。あたしは思わず目を剝いた。それと同時に青ざめた。彼が倒れている理由に気付いたからだ。おそらく彼は、あたしの吐瀉物に滑り転倒した。今や彼はゲロまみれの、ゲロ臭いイケメンへとなり果てた。
宮崎が慌てて、muscleモスキートへ駆け寄る。薔薇を咲かせながら。
「おい、muscle!大丈夫か?」muscleモスキートはゆらゆらと立ち上がりこう答えた。
「ああ。汚くなっただけだから、洗えば大丈夫さ」muscleモスキートは寛大な対応をした。しかし彼の一言が、あたしをとらえて離さなかった。
汚い?あたしのゲロが?頭の中で、何かがプツンと切れた。
これが、あたしとあいつのファーストコンタクトであった。




