王子は逢時の夢を見る
よろしく
目を覚ました。俺は起き上がり、時計を見る。七時を回っていた。頭がひどく痛い。こめかみに手を当て、ベッドから降りる。エーナーエノウェーの風邪が心配で、よく眠れなかったのだ。
アイツ、大丈夫かな?俺は、アイツの家の方角を見つめ、そう考えた。
足元の薔薇を一輪摘んだ。俺は、治る、治らない、と交互に呟きながら、花弁をちぎっていった。最後の花びらを、引き抜いたときの言葉は、治る。俺は満足した。
制服に着替え、リビングでトーストをかじっていた時、インターホンが鳴った。見ると、宮崎が映っていた。
「おはよう、muscle。迎えに来たぜ」
「ちょっと待ってろ」俺は急いでトーストを口に入れ、牛乳で流し込んだ。机の上のカバンをつかみ、勢いよく外へ飛び出す。
玄関前で、宮崎は白馬に乗っていた。
「よう、今日は馬で登校か?」
「ああ、muscleも連れて来いよ」俺は頷き、馬舎へ向かった。
薄暗い馬舎には、動物臭が立ち込めていた。俺は愛馬、マルチノを檻から出した。もちろん白馬だ。首をなでると、マルチノは気持ちよさそうに、目をつむった。
俺はマルチノに跨り、再び宮崎のもとに向かった。
「待たせたな」
「行くか」
「ハイヤー!」俺はそう叫び、マルチノの横腹を蹴った。白馬は雄叫びを上げ、烈火のごとく走り出した。
家を出てしばらくすると、並走する宮崎が言った。
「エーナーエノウェーちゃん、今日来るかな」
「バッ!?」エーナーエノウェーの名前を突然聞き、危うく落馬しかけた。
「おいおい、動揺しすぎだろ」
「な、何で俺が動揺するんだ!アイツと俺は何の関係もない!」俺は唾を飛ばし、反論した。
「隠しても無駄だよ。ん?目の下のクマがすごいな。さてはお前、エーナーエノウェーちゃんが心配で、ろくに寝てないな?」
「3時間寝たわ!」まったく、こいつとはやってられん。俺はそう感じ、マルチノの速度を上げた。背中で宮崎が、へらへら笑っているのを感じた。
それにしても、何故こうも感情を読み取られてしまうのだろう。確かに、宮崎の言う通り、俺は少しだけエーナーエノウェーに惹かれている。しかし、それを口にしたことなど、一度もない。顔に出やすいタイプなのだろうか。改めねばならないな。
「怒らないでくれよー。俺はお前らの恋を応援してるんだよー!」後方で宮崎が言った。
「恋じゃない!」俺は振り向き、きつく言った。
恋じゃない。では何なのか。エーナーエノウェーのことを考えた時に感じる、胸の高鳴りは何なのか。やはり恋かもしれない。とにかく、この迷いも、誰にも言えないことの一つだな、と俺は考えた。
そうこうしているうちに、学校が目の前に迫ってきた。マルチノの首輪をひき、ラストスパートをかける。白馬は全身の筋肉を美しくしならせ、正門へと乗り込んだ。
正門前の校庭には、いつも通り、俺たちを迎える生徒が大挙していた。
ん?何かがおかしい。俺は異変を感じた。そしてすぐに理解した。歓声が全くないのだ。普通なら女子生徒たちが、鼓膜が破れんばかりの嬌声を上げるはずだ。それに今日は白馬での登校。喝采が三倍増しでも、おかしくはない。
どうやら宮崎も事態の異常さを感じ取ったらしく、俺たちは目を合わせ、首を傾げ合った。
すると、生徒の大群の中から、一人の女子生徒が俺たちに近寄ってきた。確か、エーナーエノウェーの親友の、サワコという女だ。彼女は目礼すらせずに、無言でスマホを操作し、こちらに突き付けた。俺たちは、下馬し、画面をのぞき込む。
絶句した。液晶に映し出されていたのは、歩道から一軒の民家へ、薔薇が真っすぐに咲き誇っている、画像であった。
「これは、エーナーエノウェーの家です。あなたたちのどちらが、昨日、彼女の家に行ったのですか?」サワコが峻烈に言った。
「いや、俺は知らないな」宮崎が眉をひそめる。
「では、muscleさんが?」サワコがきつく詰め寄った。
終わった。世界が足元から崩れていくような感覚がした。
その時、正門から足音がした。振り向くとそこには、他ならぬエーナーエノウェーがいた。
あざ。




