プリティ・モンスターハウス
よろ
「くしゅんっ!」
あたしは一つ、大きなくしゃみをし、垂れてきた鼻水を拭った。今朝からずっとこの調子だ。風邪をひいてしまったのだ。昨日、遊園地の帰りに、雨に濡れたことが原因だろう。
アイツ、大丈夫かな――。
体温を測りなおそうとした時、ふと、そんなことが頭をよぎった。自然と観覧車での出来事が思い出された。体が火照っていくのが分かる。
これじゃあ、また熱が上がっちゃうわね――。そう思い、体温計を、ベッドのそばの机に置こうとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「エーナーエノウェー。お見舞いの子が来てるわよー」母の声。
「え?」時計を見ると、時刻は午後四時を回っていた。もうそんな時間か。
「入ってもらっていい?」母が尋ねる。妙に声が上ずっている。
「いいよ」あたしは、そっけなく答えた。どうせ、サワコだろう。こんな病気の時でさえ、あの女のくだらない話に、付き合わなければならないのか、と思いうんざりした。
まもなくドアが開いた。最初に母の姿が、目に飛び込んできた。やはり、顔を上気させている。そして、その後ろにいたのは、サワコではない。アイツだった。
一瞬、頭が真っ白になった。予想もしない訪問客に、動揺してしまったのだ。しかし、同時に、頭の冷静な部分では、アイツを前に、女の顔を見せる母を、嫌悪していた。
「元気?」アイツが言った。顔には笑みを浮かべている。
「え、ええ。なんとか・・・」あたしも、ぎこちなく笑った。あたしは、いくぶん、まともな思考を取り戻し、
「お母さん、出て行ってよ」と、まだドアの側に立っていた母に、言った。
「あ、ごめんなさい」母は、ポーっとした表情でドアを閉め、その場を立ち去った。
彼が、ベッドの横に座った。
「わざわざ、来てくれありがとう」あたしは、彼の方を向き、言った。
「一緒に遊園地に行った仲だろ?気にするなよ」と、彼が平気な顔でそう言った。罪な男だ。
「熱、何度あるんだい?」アイツは、あたしの持っていた体温計を指さした。
「ああ、測ろうとしたけど、結局やめちゃったのよ」あんたのせいでね、という言葉はしまっておいた。
「ちゃんと測らないとだめだぞ」彼は、あたしの顔を見つめた。
「今、やっても意味がないの」そんなに見られたら、また熱が上がっちゃうじゃない、バカ。と、体の熱を感じながら、思った。
「ほら、測るんだ」
「しつこいわね。やらないったら、やらないの」あたしが返すと、彼は短くため息をつき、
「仕方ないな」と言い、身を乗り出した。そして、彼の額を、あたしの額に押し付けた。
「!?」あたしは咄嗟に、後ろに下がった。勢いで、壁に後頭部を強くぶつけた。
「痛テテ・・・」あたしは抗議するように言った。
「な、何してんのよ!」
「何って、熱を測ってたんだよ」アイツが平然と答える。しかし、唇がかすかに震えていた。
「もうバカじゃないの!」
「バカじゃないよ」彼は大真面目に答えた。
恐ろしく澄んだ瞳があたしを、見つめていた。
そしてもう一度、アイツは額をあたしの額に当てた。今度は、あたしも抵抗しなかった。
心臓が大きく脈打っている。また、全身が熱くなる。近頃、こんなことが多すぎる。ここ3ヶ月で、寿命が十年は縮んた気がする。こんなんじゃ、いつまで経っても、熱は下がらないわね。
彼の額の熱を感じながら、あたしは思った。
あともう一つ気づいたことがある、アイツの落ち着き払った表情からは想像できないほど、彼の額はに熱を帯びている。まるで、平然を装っているかのよう・・・。
5分くらい、そうしていただろうか。彼はおもむろに頭を離し、
「38度4分です」と言った。
「ずいぶん遅い、体温計ね」とあたしははにかんだ。
「ゆっくり寝ておくことだ。ごばんはしっかり食べるんだよ」アイツが立ち上がった。
「もう帰るの?」あたしは尋ねた。
この言葉への返事はなかった。代わりにアイツは淋しげな表情をあたしに向けた。
「今日、お見舞いに来たのには、本当の理由があるんだ」
「え?」本当の理由?何だろう。聞くのが怖かった。
彼はゆっくりと目を閉じた。そして、またゆっくりと目を開け、意を決したように言った。
「俺、来月から芸能界デビューするんだ」
部屋は水を打ったように静まり返った。
突拍子もない話に、あたしは絶句してしまった。
「芸人になるの?」やっと口にできた言葉が、それだった。
「違う、違う。俳優」アイツは手をひらひらさせた。
「あ、お、おめでとう・・・!」何故か素直に、祝福できない自分がいた。
「うん・・・。でも、芸能界に入ったら、これまでみたいに君と話せることは少なくなるかもしれない」彼は俯き、言った。
あたしの胸は暗く沈んでいった。でも、これは最初から分かっていたことだ。アイツとあたしは、本来住む世界の違う人間。関わることなんてなかったはずなんだ。
「そう、分かってたこと」ポツリと呟いた。すると彼が、あたしの肩を強く掴み、
「聞いてくれ!」短く言った。
「俺は君と話すことが難しくなっても、君のことを忘れたりなんかしない!難しくたって、嫌になる程、君に話しかけてやる。今日はそれを伝えに来た!!」
彼の言葉に初めて、あたしの目頭は熱くなった。
「本当?」むせび泣くように言った。
「もちろんだとも」彼はそれを証明するように、あたしの頰に口付けをした。そして、彼はそっとあたしから離れ、言った。
「お大事に。絶対、また来るよ」アイツは一つウインクをし、部屋から出て行った。
それからしばらく動くことができなかった。酔っ払っているような感覚。あたしはベッドに倒れ込み、枕に顔を沈めた。涙が、枕に染み込んでいく。とりあえず、今の感情を叫ぶことにする。
「し・あ・わ・せ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!」
今までに感じてない程の幸福感に、あたしは包まれた。ここはブータン!?なんて、つまらない冗談まで、思いついた。
あまりにも幸せ過ぎたせいで、あたしは、サワコからのLINEを蔑ろにしてしまった。彼女のメッセージはこうだった。
「裏切ったわね」
ありがちょ




