~31~ 騎士になれなかった男の悔恨④
間近に見てやっと理解した。たしかにアレは制圧できない。
アレは殺戮をばらまく小さな竜巻で、暴力の嵐だ。
殺し回っている。比喩じゃない。
手に持っている大鎌をぐるん、ぐるんと回して一回転ごとに仲間たちが殺されていく。
同期で、勇んで飛び込んでいったろくにフルネームも覚えていない見習いは首の脇あたりから腰辺りまでで2つに叩き切られた。
先輩で、周りをよく見ていた世話焼きの先輩騎士は仲間との連携で隙を突いたがその仲間もろとも殺されれていた。
無口で怪力の先輩は防御用の金属の大盾で殴りかかったが厚手の大盾もろとも叩き切られた。死ぬときまでうめき声一つ挙げなかった。
ただ立ち尽くしていた。あの怪物を殺そうと動いたら、ゴミのように殺される。
血の香りが充満する、模擬戦場だったここでそれだけ理解してしまった。
正体も動機も、なんでここにあいつが現れたかももわからない。ただ殺しに来ていることだけは理解してしまった。
股ぐらがほんのり生暖かい。気づかないうちに小便を漏らしていたようだ。ただ恐ろしい。体は恐怖で縮み上がり全く動かないのに思考だけはおそろしく鮮明にクリアなのだ。
思考だけがクリアな状況で見えるだけの周りを観察する。
見知った顔、名前もしらないやつ、覚えだけの先輩が殺されていく。数はまちまちだが1薙ぎごとに殺されていく。
2人。3人。5人。4人。6人。3人。
人数はまちまちだが毎回何人も殺されていく。
3、4、7、2、5、3,とだんだん両手で数えられない人数になっていく。
だが数えていくうちに気付く。いや数えながら気づいたのだ。数えるリズムだ。
一定の間隔で数えている。韻を踏むように、一定殺されていて、その数で数えている。
そのリズムを自分の中で思い起こす。しっているリズムではある。あるが状況で頭が追いついていかない。なんだったか。
トントントン、トントントン。このリズムの繰り返しで人を殺している。
123、223。このリズムだ。なんだったか。どうせ殺されて死ぬのならわかることだけでも知りたい。
(ああ。あのリズムだ)
覚えがある。民衆の、それこそ我々には覚えがあるリズムだ。謝肉祭だとかで聞いた覚えがある。
ワルツのリズムだ。覚えがあるはずだ。
アイツはリズムを取りながら殺し回っている。みればくるくると回るように殺し回っているのは、それはそれで踊りのようである。リズムを取り、ステップを踏み、殺して踊り回っているのだ。
(ならオレたちはなんだ。アイツはなんで殺し回っているんだ?)
「あなたは、いまですか?」
「あ」
気づいたら黒いドレスを血の染めて、ボロのように擦り切れたドレスの端っこから血を滴らせた、人の姿をした怪物が目の前にいた。




