〜28〜騎士になれなかった男の悔恨
俺は元騎士。いや元騎士見習いだ。
先々月、18になり成人を迎えて騎士団入りをした。騎士とはいうが、実態は待遇のいい傭兵というところだが、少なくとも雇い主である貴族の領内では農民からも、雇い主からも騎士扱いだった。
もともと俺はある貴族の私設騎士団で、見習いをやっていた。
見習い最後の日に、見習い卒業のキャンプをやっていた。
そのあと、我らの雇い主である貴族と懇意にしている、別の貴族の私設兵団との合戦演習の後、騎士団の寮まで帰れば俺も晴れて騎士団の一員だった。
だが、あれが合戦演習の時に現れた。
恐ろしいアレはなにかの鳥の羽ばたく音ともに、今から両団それぞれ120名、総勢240名の大合戦を始めようとしてる平原のど真ん中に急に現れた。いや空から降り立ったのだ。
変な話だけどそいつから目を離すことができなかった。雰囲気というか目を離しちゃいけないような強迫観念似たような何かを感じていた。
その中でまじまじとそいつを確認する。着ているのはおそらくドレスだが、ひどく土埃に塗れ、そして服の端っこは擦り切れ、もとは綺麗であったろう黒いドレスはほとんどボロと変わりない様子だった。
表情は頭の上から口元まで隠すヴェールで伺えない。
「おーい!この剣呑な雰囲気がわからないのかい!ここは危ないから早く離れなさい!」
どちらかの陣営からそんな声がした。
「あなたは、今ですか?」
そんな風に、口が動いたように感じた。
俺もあの時戦列の中にいた。
思えばあれとの距離は軽く50メートルは離れていたような気がする。にも関わらず、そう喋ったように感じたってのもおかしな話だ。
だがもっとおかしいのはここからだった。
いつの間にか、黒いドレスを着たそれは大きな鎌を持っていた。大きな鎌に目を奪われていた時、強い風が吹いた。生暖かくて嫌な風だったのを覚えてる。
忘れもしない。その直後だった。
まず、向こうの陣営の一列目、多分全体の総指揮官が襲われていた。
ほんとに一瞬目を離した瞬間に、首を刎ねられ、その首が宙を待っていた。
互いの陣営は唖然としていた。目の前に明確に敵が現れたのに、なにが起きているのか、皆が理解できず立ち尽くしていた。
その直後に悲鳴と大きな血しぶきが向こうの陣営から上がった。
ひぃ、ぎゃあ、うわあ。
あの黒いドレスのやつが殺しまわっている。
姿は人混みの海に飲まれているが、上がる血しぶきでどこにいるかは一目瞭然だった。
わからない。
なんでこんなことをするのか。この数の甲冑騎士の中に飛び込んでくるのか。
わからない。
こちらの得物はたしかに演習用だ。だが、あの人数がいてどうして人一人を取り押さえることができないのか。
頭が混乱する。どうなっている。
「何を呆けておる!貴様らァ!」
こちらの陣営の指揮官、騎士団長の声だった。
ハッ、とぐらぐらとした意識が現実に戻る。
「彼らの救援に行く。ついてこい!義を見てせざるは勇なきなり、行くぞーッ!!」
馬に乗った団長が突撃の音頭を取る。
そうだ、我らは傭兵紛いとはいえ、心まで傭兵なわけではない。戦友の窮地に助けずしてなにが騎士か。
「行けーッ!かかれェーッ!」
合図と同時に、騎士達が突撃する。
この人数だ。向こうの救援と合わせれば行ける。あの黒いドレスの悪魔を倒せる。
彼らを救い、晴れて俺は騎士になるのだ。




