~7~ クルツ村でからあげを食べよう③
女性の声だった。
意外な来訪者の声に違和感を覚えて振り向き、入り口の方を確認する。
ぱっと見、ドレスのような白いワンピースを着た女性がそこに立っていた。
そしてあまりにもあらくれ共が集うこの場所には似つかわしくないほどの美人でもあった。
色素が抜けているかのような、薄いガラス細工のような金髪に、エメラルドのような翠の瞳。
おもわず見惚れてしまう。
「あれ、席あいてないの?じゃあ出直すかしら」
皆が見惚れていたのか、皆に向けられた質問に対する反応が一瞬遅れてしまっていたようだ。
次の瞬間、それなりに談笑なんかで盛り上がっていた店が打って変わって怒号で溢れた。
「どけ!」
「お前が席立つんだよ!」
「いま席開けるから!ここおいでよ!」
浅ましい、欲望かあまりにも露骨に表面化するとあまりにも浅ましい。
僕も彼女の美貌には食欲をそそられるが、これからくるからあげのほうが重要だ。
人肉を食う、なんて改めてただの趣味なのだ。
興味がないわけではないが、いまは酒と肴のほうが重要だ。
「マスター、ウィスキーまだです?」
「いま、上がりますよ」
と、声と同時にきれいな皿に盛り付けられたこれまた綺麗な色に上がったからあげが出てきた。
それの横に、木製のグラスに注がれたウィスキーが出てきた。
酒をじっと見つめる。
こういう店は地下室だとかで酒を冷やしておく、というのは聞いたことがあるが、やはり冷えてない。いや冷たいんだろうが僕の世界の経験で比べると提供からすこし間をおいたくらいの冷たさになってるのがきっと最冷えだろう。
ジドはふと道具袋をごそごそとあさり始める。
キラリと光る、ガラスのような玉と、なんの変哲もない金属グラス、それとポーション瓶のようなこれまたありふれた瓶を取り出す。
「お客さん、それがさっき言ってた割りものです?」
「そうだよ。溶けないし砕けない氷。本来は大きな塊を加工して冷気を放つ武器を作る材料の不溶氷だ。こいつをいれると、飲み物はそれだけでうまいんだ。」
「して、そっちの瓶は?」
「こっちはね…あ、マスター、蓋、開けてみてくださいしたら分かりますよ。」
マスターが蓋に手をかけ、ワインのコルクのようになっている瓶の蓋をキュキュッ、とひねり開ける。
プシッ、と音を立てて瓶が開く。
「お客さん、なんですこれ?」
「炭酸水、ってね。しゅわっとするちょっとおかしな水。こいつでウィスキーを割る。するとこれが上手いんだなー。マスター一口いかが?」
「…でしたら語学のため、いただきます」
言われれば、さっそく鉄製グラスに酒を移し替え、不解氷をいれて炭酸水を注ぐ。
炭酸が注がれてグラスの中で泡のはじける音がする。そいつをちょいっと指で一回ししてやる。
「ほい、マスターどうぞ。」
「では、いただきます」
マスターはくい、っと傾けるように上品に飲んでいる。そして酒が口のなかから喉の奥へ、音をならして飲まれていく。
はじめは上品な飲み口だったのに、ごっごっ、と一気に飲み干していく。
「っ…ふぅ、たまりませんな、この割酒は。喉をこのしゅわっとした酒が喉を抜ける瞬間が絵も言われぬ幸福感に包まれますな。いやはやこいつはうまいです。ですが、私、けっきょく一口と言わず飲み干してしまいました。いま新しいウィスキーをお出ししますね。」
「お、ありがとねマスター。このしゅわしゅわなんだけどね、唐揚げとか味の濃い食べ物や油なんかで口や喉がいっぱいの時にぐいっとやるのが最高なんだよ」
「なるほどなるほど…ちなみにこの割酒、なんて名前なんです?」
「これはね、僕らはウィスキーの炭酸割をハイボールって呼ぶんだよ。上手いんだなーこれが。」
言いながら、新しくもらった酒をグラスに注ぎ、作る。そしてまず、小さく一口。
うまい。さんざん歩いて歩いて、半日歩き詰めて飲む酒のうまいことうまいこと。
だが、本当にうまいのは酒の肴とベストマッチの状況でこそ。
道具袋から取り出した箸を手に、箸に手を伸ばす。
「あら、なにか楽しそうな方の隣が相手ますね?相席、いいかしら」




