〜2〜 人材募集
「前線張れる人材かい?よければこっちで手配するけど。ふふふ、どうだい?」
うなだれてた頭をあげて、そっちを見る。
「おまたせしました。こちらボロボロで帰ってきた二人へのサービスです。」
声とともに机に木製のバスケットに入ったフライドポテトが置かれた。
声の主はこの店の主人だった。いつもは営業スマイルが張り付くようでニッコニコの顔をしているのだが、今日は違う。
もともと顔の造形はかなり美形なのもあって顔がいいが雰囲気から違う。冷たい、どこか人間味のない笑顔で笑っている。
こいつは中身が違う。
魂から規格がそもそも違う。
今「ある」天使が意識を乗っ取って我々と会話をしにきている。
天使の名はサマエル。本人曰く、唆して楽しむことを目的として社会倫理観的に人でなしの悪魔である僕を転生させた、こいつも大概の人でなしである。
「まぁまぁ、前も言ったけど価値観が違うのはしょうがないことだろ?それよりも人材斡旋のお話と、それにまつわる仕事の話、聞く気はない?」
こいつは胡散臭いが力自体は本物だ。
他人を異世界転生とかチートが使えるんだもの。なにができてもおかしくはない。
ジド・クロウという正面戦闘が苦手な暗殺者くずれとしては願ってもない提案だ。だがこいつの場合、注意しなければいけないのは恐ろしいの対価の話だ。こいつはゲームマスター気取りで僕らの冒険を観察している。
そしてうっかりチートアイテムなり、武器なりを手に入れ、ズルして楽しようとすれば僕らにお仕置きをする気でいる。
「今回は本当に違うよ?これはボクにとってはまだ君達はチュートリアルすら抜けてない状態なんだ。だからまずは冒険者らしく、最低限の舞台としてメンツくらいは揃えて欲しいのさ」
こいつは本質、僕らで楽しむ観客のつもりでいる。まるで映画館で楽しむ客のように。
その冒険なり事件なりの過程を楽しむつもりで提案するなら裏がないとは言い切れないが少なくとも僕らが大損するような事にはならない筈だ。ハッピーエンドを望むつもりがなくても、道半ばで主人公がいきなり物語から途中下車、なんて面白くない話のよくある打ち切りみたいだもの。
というかわかってはいるが心の声を読みながら会話されるのは、やはりやり辛い。
「まぁまぁ。さて、仲間になれそうな人材なんだけどまぁこれらをみてくれ。」
といって、ばさっと幾らかの人相書きの下に箇条書きのようになにかが書きこまれた用紙を広げた。全部で3枚だ。
「まずは彼。ディアブル・"ディアボロ"テリー。ドワーフの戦士だけどかなり強いよ。両手に大手の斧を持って敵前線に弾丸の如く突っ込んでいき多勢に無勢だろうが斬撹する。君が欲しいタイプの戦士じゃないかな?」
用紙には髭ぼうぼうで筋肉ムッキムキのドワーフが描かれていた。
確かに欲しい人材だ。こういう戦士はそれだけで嬉しい。僕はまともな戦士ではない。
武器を選り好み、時を選りすぐり、ひたすら正面からやりあわない事を目的にして準備をする。僕は殺し合いなんて本当はしたくないのだ。
危険な橋を渡るようなリスクを一切背負わず、出来る事なら一方的な殺しだけで済めばいいと思っている。
だがどうにもならない時はかならず来るものでいざという時こういう戦士は頼もしい。それにそこまでの豪傑であるならば僕が設える戦況にだってきっとマッチする。
「…で、そんなどこだって喉から手が出るような人材がなんでパーティー探してんのかな?」
当然の疑問だ。むしろなにか問題があるのでは?過去になにかやらかしたのか?という点から切り込まなくちゃいけない話だ。
「呆れるほどの性豪で一晩に20人の娼婦を相手にしたこともあるんだけど、その性欲が原因でかつて所属してたパーティーでリーダーの女に手を出して仲違い。その晩にリーダーが何者かに首を落とされて殺される事件があった。それ以降も彼が厄介になったパーティーで同じような事件が続くからだれもパーティーを組んでくれなくなり、最近は野盗だかの用心棒してるよ」
「それでなんで僕らがOKだすとおもったの?ねぇ?おかしくない?」
クスクス、と笑ってサマエルはテリーの事が書いてある用紙をくしゃっ、と丸めた。
「じゃあ次はこんなのはどうかな?」
といって次の用紙を差し出してくる。
「聖騎士で、ある国の聖騎士団に所属する10人長、フレイマール・ダルクステン。ある理由で仲間を探してる。仲間思いで周りをよくみて、右手に構えた分厚い大盾でよく護る。まさに聖騎士の名にふさわしい騎士だよ。それに守備専門ってわけでもない。左手にもった祝付されたグレートメイスで魔物どもをばったばったと叩き潰す、戦士としてもかなり強い。聖騎士団でもその怪物じみた圧倒的膂力で最近頭角を現してきているんだよ。彼なんかいいと思うけど?」
「欠点は?」
「最近、怪しい宗教、というより邪神崇拝系のカルトにどハマりして財産をほとんど寄付した。あと邪神にささげる生贄を探してパーティーを募集してる。犠牲になったパーティーはすでに7つ。いずれも金級のそこそこ以上に強いパーティーだったよ?」
「それでなんで僕がOKだすとおもったかいってみ?ねぇ?いってみ?」
半ギレである。
紹介された人材は戦力としてだけみれば申し分ない。だが抱えるリスクが特大って表現で足りないくらいだ。
それに万が一仲違い、彼らが敵になった場合僕はきっと歯が立たないだろう。
いや、やりようはあるがそれすら対策された場合、素の能力でのガチンコの一騎打ちではきっと勝ち目が薄くなってしまう。
爆弾を抱えるにしても、いまのパーティーでは火薬庫にたいまつを持って入るようなものだろう。危険が過ぎる。
「というか、なんでこんな裏稼業やってるようなやつらの裏事情がこんな事細かに情報としてあるのさ?そんでなんで募集預かってのさ、マスター。」
「いやまぁ、彼らは私の管轄する世界の住人だからね。いつでもどこでもある程度は把握してるよ。たしか、ジド君の世界にもそういうお話があった筈だ。暴れん坊の妖怪猿がこともあろうに神様にまで喧嘩をふっかけ、結果として次元が違うよね。身の程をしれってなるお話みたいなものだよ」
孫悟空の話か。
どこまでにげても神様の掌の上、とかって話だった筈。
ようは世界中見えてます、当然お前の事もだぞ、だいたい筒抜けだぞ、と言いたいのだろう。
「えっと、どういうことです?マスター?話が見えないんですが」
リリスは目の前のマスターの中身がこの世界の管理者である事を知らない。僕が知らせていない。
他でもない目の前の天使様に口止めをされている。
ー話してもいいけど、君たちの末路がどれだけ残酷であっけなくても知らないからね?ー
とはこいつ自身の言葉だ。
こいつはやると言ったら必ずやる。
あきたおもちゃを砂場に置き去りにするように、平気で僕らの冒険を見限る。
それだけならまだしも最悪、本当にろくでもない死に方をする羽目になるやもしれん。
元の世界、似通った世界のドラグーンというゲームはそうなのだ。モンスターに生きたまま食われる、なんてのは設定的にはまだマシな死に方の部類でもっとおぞましい身の毛のよだつおぞましい死に方なんぞいくらでもある。
初見で挑んだソロ用ステージのボス、「大蛆溜まり」とかビジュアルが最低最悪極まる。そんなモンスター、つまり蛆虫の群れに纏わられ、生きたまま食われるなぞ想像もしたくない。
秘密を抱えるのは気が引けるが、互いのためにそうせざるを得ないのだ。
「まぁ裏の世界にも事情に詳しい、ってことだろマスター。情報ってのは価値があるしそれ自体が命を救うこともある。だからいろんな人間の口噂から情報を推理して、冒険者に回してくれている。そんな感じでしょ?」
「おや、わかります?」
なんていいながら白々しくマスターが笑っていた。
「はぁ、でも結局まともな人材はいなさそうだねぇ。本当僕らの条件に合致する人間を探す方が大変なのはわかってるけどさぁ。しんどいわ」
ジドはため息混じりにもう一度机の方を見る。もはやまともな人材が入っていないであろう、乱雑に置かれた用紙たちを見る。
「…ん、なんだこれ」
紙束の中に不思議な用紙が、異質な雰囲気を放ちながら埋もれていた。
名前が書いてあった所も、人相書きが描いてある所も全部黒く塗りつぶされている。代わりに細かい過去が書いてあったスペースに職業レベルだけが書いてあった。
戦士5LV.
聖職者1LV.
得意武器・??
これだけが書いてあった。
不気味な人材用紙が、他の用紙に埋もれていた。




