~40~ 林檎と蛇③
店の雰囲気や内装も特に変わっていない。客層の変化も特にない。
依頼掲示板に出された依頼、まあ細かい辺りまで覚えてるわけではないが全体の難易度は変わってないように見受けられる。
壁にかかってる食事のお品書きもだが大体の変化は感じられない。
ならこのもやもやは一体何なんだ。なぜ僕は鋼の冒険心亭を覚えている。
「まあまあ、そんな事は気にしないでいいよ。まずは報告から聞かせてくれないかな。大体のコトのあらましは届いてるから簡潔にざっくりでいいからさ」
声の方に目を向ける。
なにかいいたげにニコニコ笑っている店主がカウンターの向こうに居た。
待て待て待て。
いまこの店主、心の中の声に反応して返事してきたぞ。絶対におかしい。
読心系の魔法を使用してる可能性も否定できないが、そもそもそんな魔法を冒険者に使う意味がない。じゃあ何故だ。
さっきの考えがうっすらと脳裏によぎる。
やはり洗脳か?それとも精神を乗っ取る魔法だろうか?ドラグーンにはそういう魔法があった。
NPCや下位のモンスター限定だがそれらの精神をコントロール下において自身の人形に変える魔法だ。
そういう魔法の類をNPCに使用する巧妙なPKも存在する以上、この世界でも警戒すべきだったか。
「ああ、そういう面倒な類の物じゃないから安心していいよ、美食家」
おもわず、固まる。
美食家。
それは以前の世界で呼ばれてた他人からの愛称だ。いろんな食材を片っ端から食い尽くした僕の職の食への好奇心への称号のようなものだと思ってる。
だがあくまでこの名称は以前の世界のものだ。この世界でこのあだ名を知ってる人間は居ない。
いるはずがないのだ。
「クスクス、やっぱり困惑してるね。サプライズを仕掛けた甲斐があるよ」
中性的な顔立ちをした、店主の顔をした別人の何者かがこちらをみて笑っている。
「ちょっと報告してくるね、ティリア。なにか食べる?報告ついでに注文してくるけど」
「でしたら鶏のサンドイッチを」
「あーいよー」
手ひらひらさせながら受付まで歩いていく。
「サンドイッチ一人前と詳しい話を聞かせてもらえるかな」
「サンドイッチ、たしかに承りました。お話と、いうか案外大した問題でも無いんですけどね。実はコレ」
言いながら店主は注文のメモをさっと書いて厨房に渡していた。
こうして話してる分にはそこまで変化を感じないがなんだ。この違和感は。
気になる相手の一挙手をしっかりと観察する。ちらっと見えるメモの書き文字。
これは走り書きとは思えないくらい美しい字で書かれていた。
あるき方や仕草まで綺麗だ。いちいちピシ、ピシっと動くし、かといってそれが緊張的でない。
美しい仕草が基本になって動いている。美しい仕草が当たり前でそれが規範になっている。
よくみると髪の毛の艶も美しいし、スマートに着こなしている燕尾服の下に見えるボディラインまで美しい。
ありとあらゆる部分が美しく出来ている。なんなんだこいつ。完璧がすぎる。
いくら記憶が無いとはいえ、この人がこんなに美しいなら迷宮に行く前になにか感じそうなものだが。
「心の中とはいえ、褒めてくれるのは嬉しいよ。」
メモを渡し終えたのか厨房から戻ってきた店主と、観察のために後頭部あたりを見つめていた目があってしまう。
というかさっくり心を読んで返事をしてきている。さすがに腹が立つ。
そこで気づいた。違和感の正体。
表情だ。顔つきが違う。
以前の店主の顔は張り付くような営業スマイルの笑顔だった。
だが眼の前の店主の顔はまるで作り物のような、完成した芸術品のように落ち着いた雰囲気をはなっている。そして違和感の正体はきっと芸術品として完成しすぎていて人間味がないんだ。
「ご明察。僕もまあ作られたようなものだからね。そりゃあ人間味なんて無いよ」
「あんたの正体は?」
当回しなのは好きじゃない。単刀直入で本題を聞きに行く。
クスリと店主は笑うと、ペロッと舌を出して見せた。
馬鹿にするために舌を出したわけじゃない。舌の先が蛇のように2つに割れていた。
なるほど。そうだった。完全に失念していた。
贈り物。
異世界への転移の際になにか特別な才能などを送られる。
だがこういうのにはルールがあるはずだろう。
「クス、僕はそういうのは嫌いなんだ。なにせ唆してまで面白いものが見たいんだ。それに今回は特に面白そうなんだもの。どうせなら近くでみたいじゃないか」
そう行って店主の顔をしたそいつは側のイスに腰をおろした。
「そういうのは反則じゃないか?大体何がしたいんだ。天使様」




