~36~ 悪魔④
アナの眉間に皺が寄る。表情もどことなく固い。
狐のような朗らかな雰囲気がどこへやら、完全に敵意むき出しモードだ。
「なぜだ!バックが欲しいって言っただろ!一人も二人も変わらないだろ!だったら!」
「一人も二人も変わらないねぇ。問題じゃないよ。問題なのはそこの女性は生きていく”希望”を持っていることなんだ」
「なに?」
「彼女には子供も旦那もいる、と言ってたよねぇ。彼女はこれから子供や旦那に恥じない冒険者になるんだろうなあ。そこの剣士が貴方のいうようなクズで、これまでそういう事をしていた、させられていたってんなら、これからはより”善”の人間として誇りある人間として生きていくんでしょうなあ」
ジドは言いながらくつくつと笑っている。
これからのことを考えて楽しそうに笑っている。
「僕はね、これからティリアのために冒険者をやっていくつもりなんだ」
ティリアもおもわず、フードで隠したままで顔を上げてこちらを見ている。
「どういうことですか?ジド。一体何を言っているんですか?」
困惑。よくわからない、何を言っているのだろう?
というようなその感情が伝わってくるようだ。だからきっちり答える必要がある。
僕がこれからどうしていくのか。僕がこれからこの世界でどう生きていくのかを言っておく必要がある。これは僕の決意表明とも言えるだろう。
「彼女は、いえ鮮肉人形というモンスターは死体の肉と部品から作られる。その時、蘇生の際に強い恨みと、魂の蘇生への同意を必要としている。実はこの条件が存外にめんどくさいが簡単にどうにかする方法がある。要は殺す前にそいつのたいせつなものを奪ってから殺すことだ。キミもそうなんだろ、ティリア?」
ティリアはただ沈黙で返した。
心の痛みや弱み、というものはそうそう他人に見せるものでもない。
そしていま、そんな心のキズを抉るとしてティリアはどんな顔をしているんだろうか。
フードで表情は見えない。痛苦に歪んだ顔だろうか。それとも怒りに満ち満ちた顔だろうか。
「それが物であれ、人であれ、家族であれ。恨みを抱かせて殺す。そして、そんなやつからの蘇生に応じる理由も大体同じだ。つまり復讐だ。君は復讐のために動く死体に成り果てて、人の死体から部品を剥いで継いで、崩れる体を維持してまで冒険者をやっている。君は復讐を成すために冒険者をやっている」
ティリアはただ無言だ。
いま彼女、というより鮮肉人形が抱える問題、心の弱みを抉りまくって塩胡椒を丁寧に塗り込むような事を言いまくっている。ちょっと悪い気がしないでもない。
「さっきもいったけどね、ティリア。僕は君を作った。いや作ってくれた術者にお礼に言いに行くんだよ。そのために君に協力する。そのために僕も冒険者をするんだ」
「・・・なぜ?」
ティリアがやっと口を開いてくれた。
相変わらず表情は伺えないがやっぱり声には困惑を感じる。
うん、当たり前だ。逆ならきっと自分もそうだろう。
「僕の前世は・・・いや、これまでは自分のためだけに自分の人生を好き勝手やってきた。そして思いの外しょうもない終わりの末、何の因果か第二の人生を歩んでる。だったら今度は自分の自己満足のために、ものすごい気まぐれで、他人を踏みにじってでも誰かのためになることを、他でもない僕のためにすることにしたんだよ」
ティリアの顔を隠すフードからあんぐりと開けた口だけが見えた。
「ふざけんな・・・!お前のくだらないエゴで・・・!あの人を殺すのか!私の恩人だぞ!その人を殺すと言うんだな!」
声が震えている。
怒りだろうか。その女が本当に恩人で、大切な人で、命より大事な人なんだろうか。
もし本当にそうだとして自分の命と実際に比べたときに測れるもんだろうか。
僕はそうでもない、って思うんだ。
「そうだよ。僕のエゴで彼女を殺す。さっきの話の続きだけど、彼女には生きる糧と理由がある。そういうやつは生き方にこだわる。それに比べてアナ、貴方は後腐れがなく、生き汚いんでしょう?だから貴方でいいんです。貴方を生かすんです」




