~26~ 蛇
「さて、思い出せたろう。あれがキミの前世だよ。キミが望んだ善人ではなかったね。」
意識があの白い空間に戻ってきた。やっぱり目の前にはあの黒い男がイスに座ってニコニコこちらを見ていた。
「教えてくれ天使さま。どうして僕だったんだ。僕はこの通り、殺人鬼で食人鬼だ。人でなしのこの世に生きていちゃいけない人間なんだ。どうして僕だったんだ。精神的に強い人間、善性が高い人間、肉体的にも強いアスリートとか選択肢はほかに最良があったハズだ。もしくはファンタジーな世界に適正がある人間は他に居たはずだ。なんで僕だったんだ」
「あのさあ、異世界転生を担当してるのが神様で全部把握して、気まぐれや手違いだけで転生させてると思ってるのかい?」
「違いますか?」
「キミが人でなしだったからだよ。この世の唾棄されるべきゴミだからだ」
彼は笑顔で言った。だが言葉とは裏腹にその言葉からは敵意や悪意を感じない。むしろ親愛とか友人に向けられるものを感じる。
「いろんな人間を様々な世界に送ったよ。魔王が支配する世界、天使たちが秩序の楽園と自称するだけのディストピア、ゲームの世界に送ってほしい、てのも叶えたことがあるよ。大体インチキみたいな力を欲しがって大体がハーレムを作るか、世界を救ったりするんだよ」
ふう、椅子に座った男は深くため息をつく。
「飽きたんだよ。あまりにもありきたりだ。人間には善性はもちろん、悪に対してブレーキがある。だから強大な力を与えられるとみんなヒーローになりたがるものなんだよ。 だからキミみたいな真性のクズを選んでそそのかすことにしているんだよ、ボクは」
「・・・そそのかす?」
「ああ。ボクは提案するんだ。異世界で生まれ変わって今度こそ好き勝手に生きてみないか?ってね。そしてキミは了承したんだ」
「なるほど。なるほど。そして僕はあの街に居た、ということで?しかしそういうことなら貴方がやったそれは悪魔の所業じゃないですか?よりによって僕みたいな悪魔を生き返らせたのはおよそ天使とは言えませんよ」
「フフフ、僕はね。天使ではあるけど悪魔でもあるんだ。人の欲望を助長するもの、促すもの、原初の人に知恵の実を食べさせたモノ。そして元天使の監視者。神話では誘惑の蛇なんて呼ばれてたんだ」
男がニッコリ笑いながら舌を出していた。その舌は先の別れた蛇の舌だった。
「それで、話は戻りますけど。僕は死んだのですか?記憶を返してもらったということはそういうことでしょう?」
「いや違うよ。正確にはキミは死ぬ寸前なのさ。確かに胴体の上下がサヨナラバイバイしたけどそれを彼女が必死にスキルを使ってつなぎとめている。それともう一点、キミは思い出すことがある。キミにボクはどうせ生まれ変わるなら人間以外になりたくはないかい?と訪ねたらキミは”さんざん悪魔と言われたんだ。今度はそうなりたい”って言ったんだ。あの世界のキミは人間じゃないんだよ。キミは悪魔だからね。よく覚えておいて欲しい。じゃあまた後で」
意識がまた遠のいていく。ティリアのいる世界に戻るんだろうか。




