~23~ 対人戦、決着
確実に怒気を孕んだ声でロイドは告げる。正体不明の刀を抜いた剣士が本気で向かってくるだろう。
スラリ、と腰の鞘から剣を抜き出す。
抜き出した刀身は”仄明りの松明”の明かりを反射してほのかに白く輝いていて、反射された明かりが壁を白く照らしていた。
長さは大体90cmから1mといったところだろうか。完全に白兵戦用のそれだ。
「だがロイド先輩、ちょいと自分の得物を確認してくださいな。そんな長ものこの狭い通路で振り回すのか?」
ロイドは答える様に静かにため息を返す。
「問題、ない。お前をぶっ殺す程度なら何も問題はない」
スッとロイドは刀を構える。
バカだ。こんな狭い場所で刀を振り回してみろ。壁なり天井なりにぶつけちまう。場合によるが得物を落とすこともあるだろう。それを嫌がって縮こまった動きをしてみろ。今度は本当の実力で戦うことも出来ないぞ。
短剣は剣、槍、戦槌、そういった他の武器と比べても短所の方が目立つ。
受けるに難く、攻めるに短し。打ち合うなら剣でよく、受けるなら盾を持てばいい。
だがそれは広けた場所で、得物を大手で振り回せるならだ。こんな狭い迷宮の通路なら短剣は有利を取れる。
・・・だが相手だって分かってるはずだ。ましてベテランならそれくらいは考えていそうなものだが。まさか剣による”突き”、刺突でこちらを倒すつもりだろうか。それならそこまで問題は無いはずだ。
「じゃあ、お好きに攻めてきなよ先輩。一発は好きに打たせてあげるよ」
挑発。へらへらした態度で逆手持ちの短剣を構える。
「なら後悔しろ。そして死ね」
刀を両手でぐっと握り、上段で構える。
上段は攻めの構えだ。一太刀で仕留める気だろうか。ならみすみす受けるまでもない。サッと躱して懐へ入る。そうなれば懐の相手に剣も振るえない。”詰み”ってやつだ。
「ぬんッ!」
上段から振り下ろされる鋭い斬撃。見える。斬撃の軌道は問題なく見える。
即座に反応し、上半身を反らして最低限の動きで躱す。すかさず前進、ステップを踏むように懐へ飛び込む。
「そうはいくかッ!オラッ!」
「ぬあッ!」
寄るな、と言わんばかりに腹めげけて蹴り。思わず身を護るために急所を防いだ上で受けてしまった。幸い怪我こそないが間を詰め損ねてしまった。
しかし流石にベテランと言ったところか。こっちの狙いくらいはわかっていたか。
「ヒヒ、残念残念。次で決めるよ。さあかかってきな先輩!」
「言われるまでもない」
言いながらロイドは中段、横薙ぎの構えを取る。
しめた。どう見積もっても壁に刀がぶち当たる。そこで剣が落ちるか、落ちなくても気が一瞬そっちに向く。さっきにみたいに物凄く警戒してるときならともかく、隙が一瞬あれば、自慢の瞬発力で距離を詰められる。そこでサクっとやってお終いだ。
横薙ぎ一閃。
別に変な軌道を描くでもない、綺麗な斬撃の軌跡。
だが綺麗すぎる。どうあがいても壁にぶつかる軌道だ。これでお終いだ。
すかさず前進。間を詰めにかかる。
(あっけないな、ミスリル級も)
目を疑った。いやもう遅いか。
刀は弾かれていない。刃が壁をまるで薄衣を裂くように切り裂きながら、そのまま振り抜かれようとしていた。
熱い。
いや痛い、のだろうか。へそから少し上辺りから大火傷のしたような激痛がしている。
ロイドの刀はすでに振り抜かれた後だった。あれは特殊な刀だ。斬撃の軌跡が残っているハズの壁にその跡が残っていない。よく見ると僕の服も切れていない。
つまりあれは物体を透過して、斬りたいものだけを斬る刀だ。
なら結果は決まっているか。
ああ、そうか僕は。
「斬られ、たのか」
ズルリ、と上半身と下半身が別れて滑り出した。
感じてしまった。僕自身の死を。終わりを。
どうせ二度目の人生、意外と早くてあっけない終わりは残念だがしかたない。
申し訳ないのはティリアのことだ。きっと彼女は口封じで殺されてしまうのだろう。
・・・そういえば死の間際に記憶を返してもらえる、とか言ってたっけか。
帰ってくる記憶が恐ろしい。生前は、善人だといいけども。というより、もう死ぬ、ってのに意外と思考時間が長い。時間の流れがゆっくりに感じる。これが所謂、走馬灯というやつか。
ーそれは違うよ。オレが死の間際の時間を伸ばしているんだ。まだ約束の記憶を返してないからね。じゃあ意識を飛ばすから、びっくりしないでね。ー
声がした。ロイドの声でも潜んでいるティリアの声でもなかった。
聞き慣れない男の声だった。だがどこかで聞き覚えがあるような、ないような。
考えているうちに意識がすーっと遠のいていった。




