第二話
「噂だって? どんな噂だよ?」
「ああ、人が殺されたんだろ? よくあるよな!」
「いや、遊園地が廃園になる理由なんて、利用者数の減少ぐらいだ。あとは、運営会社の方で不祥事があって倒産したという可能性も…」
「固本、真面目な顔してボケなくていいから」
怪談話をしているというのに、何故、廃園した理由が運営会社の不祥事になるのだ。固本の推理は的外れに過ぎる。
現実的な推理に苦笑しつつ、余裕の笑みを浮かべている名親の話に、耳を傾ける。
「そんじゃさ、アトラクションにまつわる噂から、ドリームランドにまつわる噂まで、盛り沢山な噂、聞いてくれよ!」
「へいへい、分かった分かった。どうでもいいから、とっとと言えよ」
「まあ焦るな野間君。ほんで、婆ちゃんが言うにはさ…」
一つ、開園してから廃園になるまで、何人かの子どもがドリームランド内で行方不明になった。
二つ、ジェットコースターで、大きな事故が何度も起きた。なのに、なんの事故かは誰も知らない。
三つ、アクアツアーで、不気味な生き物の影が頻繁に目撃された。
四つ………
「なんだその……それ」
「らしい、っちゃあ…らしいか?」
「なるほど、そういう噂か」
どこからか取り出したメモを見つつ、時折口篭りながら。
名親は裏野ドリームランドとやらが廃園になった原因である『噂』を挙げていく。
全て言い切ると、個性的な字が並んだメモをパンフレットの横へ置き、何かを企んでいるようにしか見えない笑顔を浮かべて、私たちを順繰りに見やる。
「つうわけで! 七つあるこの噂さ、誰か確認して来てくんね?」
「…………は? はあっ?」
「おい待ちやがれ! なんでそうなるんだよ!」
「だって俺…金ないし…っておうふっ?」
それで、この噂を確かめに行ったんだけど……という感じの続きを期待した瞬間、こちらへ全力で放り投げてきた名親。
すかさず、左右にいた適藤と野間から言葉だけじゃなく、物理的にも鋭い突っ込みが入る。
…少なくとも、裏野ドリームランドが実在するのかぐらいは確認してから、話をして欲しい所だ。
「そもそも、まだその遊園地があるのか分からないんだろう? 無駄足だった場合はどうするんだ?」
「ふふっ、裏木君よ、心配するでない! 婆ちゃんがこうしてパンフレット持ってたし、あるということは自明であり…」
「遊園地が、無かった、場合は?」
一気に場が白けたのも仕方ないだろう。適藤なんかは、まだ名親に蹴りを入れている。
仕方ないと、私が疑問を口に出せば、名親は目を彷徨わせ、両手を持ち上げ、下げる、ということを繰り返す。
逃げさせはしまいと追い討ちをかければ、明らかに動揺したご様子で、更に挙動が怪しくなる。
……まさか、確認もせず、ドリームランドが実在してることを前提に話していたのだろうか、この男は。
「そんときはソレ……そう! あれだ、裏木! アレさ!」
「名親、当然、噂の確認にかかった諸費用は、お前が負担するんだろう?」
「いやいやいや! 固本君、馬鹿なことを言わないでくれたまえ! 俺金欠ってさっきも…そ、それじゃ、じゃあやっぱこの話なしに…」
「分かった、自分が行くよ」
「よっし、俺が行ってやるぜ!」
突然の丸投げ体制に溜息もでるが、私が手を上げれば、横にいた野間も勢い良く身を乗り出していた。
まさか野間が名乗りを上げるとは思わず見れば、向こうも同じ気持ちだったのか、意外そうな目を向けてくる。
「珍しいな、野間が手を上げるなんて」
「お前こそ。いっつも俺らが怪談話してても、興味ないぜえ、みたいな詰まらねえ顔してたくせによ」
「…悪かったな、詰まらない顔で」
「つうわけでよ! 名親、そのパンフレット借りるぜ!」
「お、おう…」
失敬なことをのたまいつつも、既に乗り気になってるらしい野間。
一方的に宣言すると、机の上に置かれたパンフレットをかっさらい、行き方を確認し始める。
「電車だと駅からの送迎バス……つうことは、普通にバス使うしかねえてことか……ふうん……」
「なあ、お前ら本当に行く気のか?」
「そもそも、裏野ドリームランド、か。存在するのか分からないだろう?」
行く気がない二人組、適藤と固本が私たちを心配するように問いかけてくる。
それに頷きつつ、確かに不発だった場合を考える必要もあるかと、思考すること数秒。名案を閃いたので、言っておく。
「裏野ドリームランドが存在しなかった、もしくは、存在したが噂が嘘だったその時は、名親が交通費の返還と、適藤たち含めた四人分の昼飯を奢る、ということで」
「はいい?」
「お、いいねえ!」
「裏木、野間、気をつけて行って来い」
「うおおおい! 裏木君っ? 待った待ったま…うおっ?」
この話に対して半信半疑、というよりも完全に信じていない二人組が、私の提案を聞いた途端、一転して快く送り出してくれる。
逆に、名親は慌ててパンフレットを取り戻そうとするも、意地悪い笑みを浮かべた野間が、くるりと背を向け、パンフレットを素早く服の中へ隠す。
「じゃ名親クン、そういうことな?」
「くっそ! こんなことなら、言わなきゃ良かった!」
「まあ落ち着け。実際にドリームランドがあれば、交通費の請求はしないさ」
「ああそりゃ良かっ…てそれ! どっちにしろ、俺、飯奢らされるってことじゃん!」
「だって名親、言いだしっぺじゃん? それぐらい覚悟の上じゃん?」
「ごっそさん」
財布の危機に対して嘆く名親に、野間と固本はその肩を叩き、適藤は手を合わせて礼を言う。
そうして、私と野間の二人は、数々の噂によって廃園に追い込まれたらしい、裏野ドリームランドへ向かうことになったのであった。