第十七話
微かにノイズが混じった『声』。音の出所を探して、上を向く。
『……ハ…ハはト……ムスメ………ムラ………イキ…ナガ……』
「嘘だろ………」
違う、上ではない。ではどこから?
方向は分からないが、声は遠くから聞こえてくる。いや、そんなわけがない。この部屋は、閉ざされている。
これも、アトラクションの一部だと? 壁の向こうにスピーカーが置いてあると?
…御伽噺に出てくるような城を散策させてから、客を狭い部屋に閉じ込めて、こんなことをするアトラクションがあると?
『アるヒヒ………シシシシんデ………アザ………クルシシイ……』
ひくり、と頬が引きつる。
声が。最初より、近づいている。
「どこだ、どこから……」
『オォオオ………カオ………カオォ………』
首を振っても、腕を振っても、何をしても、ゆっくりと、確実に、近づいている。
この部屋には誰もいない……誰もいるはずがないというのに。
無駄だと分かっていても、暗闇の中、目を見開き、右へ左へ動かす。
『イい、マシタ』
「っ?」
背後から。
音が聞こえた。
「や、やめろっ!」
慌てて振り返る。振るった腕や額が壁をこするが無視。
壁から身を離して振り返るも、やはり、そこには暗闇が広がるだけ。
震える手を伸ばしてみるも、湿った壁の感触、それだけだ。声の発生元であるスピーカや音声機材など、ない。
どこにも、ない。
『……ガ………ノロイ………』
『……ノロイ…』
耳元で、囁く声は続く。続く声は……増えている。
聞こえてきた方角に、分かっていても反射で振り返る。
やはり、何もない。
何も、いない。
「なんだ、一体なんだっていう……」
意味も理屈も分からないが、声が増えている。
女の声に、子供の声が、男の声が、続き重なっていく。
『……レ……イカシイイィ…………ササゲ…』
『…サさゲ……』
慣れることなく、耳元で遠く近く、囁き続ける声。その背後に、ふと、何か…湿った音が混じり始める。
同時に、空気が重く、粘りつくようなモノへと変化していく。頭が重い。息苦しい。
『………サ…サゲ……ササゲ………』
『……サ……ゲ…………』
『オちル』
濁った空気を震わせる、不快な声。不吉な音の羅列。
そして……液体が滴り、落ちる、湿った音が重なっていく。
『………ヘ……ムカい……』
「っ?」
ソレを認識した瞬間、指先に湿った感触。払いのけるように腕を振り上げる。
しかし、懐中電灯を握っていた手は空を切るのみ。
音は、液体が滴る音は、かすれた雑音、いや、呻き声を追うように……近づいて、くる。
耳元に、壊れた音が。背後に、粘りつくような音が。目の前に、濁った臭いが。
『……………ステ……シた……シ……シ…』
『……シ…』
『シ……シ…』
後ろからだけではない。右からも。左からも。
子供の、大人の、老人の声が。怨嗟のような呻きが。
私へ向かう。
「…そ、そうだ、どうせ、どうせアトラクション、そう、ただのアトラクションの続き、延長……だから、落ち着け、落ち着け……っ」
ただの演出何かの演出。焦る必要も恐怖を覚える必要もない。
大丈夫大丈夫と、深呼吸した瞬間。
暗闇に侵されていた空間に、ぽっかりと円状の光が現れた。
「なっ?」
今まで反応しなかった懐中電灯が、部屋を照らした。もちろん、電源になど手をかけてはいない。
勝手に、懐中電灯が、点いた。
「な、なん……で」
後ずさった背に、鈍い感触。壁。
後ろ手に扉を探るが、どこまで腕を伸ばしても、冷たく湿った粘り気のある気色悪い感覚を伝えてくるのみ。扉を見失ったのか……………扉が消えたのか。
『シ………シ…シ…シ………』
他方、前に固定されていた視線は、無音で足元を照らしていた懐中電灯の光を凝視していた。
「う、あ、あ…ああ……」
安心できるはずの、光。
「ああ………あ…」
くり抜いたような白い円に存在していたのは、湿った木の床、だけである。
「あ………ア………アァ………シ………」
「あ、ああああ…」
あってはならないモノが、あった。モノたちが、あった。
今まで聞こえていた音が、正面から、はっきりと、聞こえた。
「……シィ………ル……」
「タ………ケテ……ス………テ……」
「ル…イ……クる……ク…ル…」
「シ…シア……………………トリ……」
ソレは青白い二本の棒でありゆらゆらと左右に揺れ、ソレはどこからか濁った水滴を床に垂らしていて床が黒ずんでいき意思を持っているかのように、私の方へ向けて流れ、揺れ揺れるソレは濁った音を立て濁る音が音が声となり、ソレは有り得ない有り得ないが人間でしかヒトでしかなく、ソレはだらりと二本の棒に見える膝の横に細長い奇妙に長い五指を垂らし左右に揺らり揺れ、粘り気のある液体をたらしそれでも奇妙な声を発しソレは声であるのか音であるのかソレは揺れて揺れたのはソレだけでなく廻りにも青白い二本の棒が何本も何本も何本もあり揺れ揺れてソレは赤い棒を上から垂らしソレは滑るように前へ音もなく前へ動きつまりソレは私へと近づいて逃げようとしても動くこともできず左右にもソレが肉が腐ったような臭いを散らしてソレは言葉にならない言葉を囁き呻き近づき近づいて………
「くるなくるなくるなくるなくるなくるなくるな…っ」
触れた。




