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第十話

 進み始めたピンクのドレスを追いかけながら、ふと首だけ後ろに向けると、ぎこちないながらも手を振っている王子様の姿が目に入った。

 微笑む顔は変わらぬまま、その場から動くことなく手を振り続けている。


「……待てよ?」


 もしかすると、もう少し客が多ければ、王子様に案内される人もいたかもしれない。

 いや、選ばれたのが男性であればお姫様が、女性であれば王子様が先を案内する、という流れになっていたのかもしれない。


『わくわく! リーノ姫、どこに連れてってくれるのかなっ?』


 そんなことを考えながら、段差のないスロープ状の通路を上っていく。埃臭いが、空調も効いていて、辛さは感じない。

 ただ、先導するお姫様が人形と分からないようにするためか、この通路はとりわけ薄暗い。床はことさら暗く、足元が見えないほどだ。


 本来は階段にしたかったのだろうが、この暗さだと躓くこと必死。

 しかし明るくすると、人形が人形だと分かり……と、我に返る。どうも、先程から下らない批評ばかりしているような気がする。

 だから、いつも詰まらなさそうな顔をしてる、だなんて野間に言われるのだろう。


「確かにな」


 普通の子どもなら、普通にこのアトラクションを楽しんでくれただろうに、久しぶりの客が私で、お姫様もさぞかし残念なことだろう。

 と、やっぱり下らないことを考えていたら、先導していた人形の動きが止まり、ゆっくり振り返ってくる。動きと同調するように、長い黒髪が揺れる。


『リーノ姫が扉を開けてみてってさ! ねえ、開けてみてよ!』

「了解」


 少し前からそうだったが、ナレーションの声に返事をしていて、苦笑するしかない。

 テレビ相手に独り言を呟いてるようなものか、と考え、少し凹む。


「誰も聞いてやしない、だから気にすることはない、と…」


 気を取り直し、重厚そうな木製の扉に手を伸ばせば、勝手に扉が開いていく。

 それも、手前や奥に…ではなく、左右に、だ。


「なに……ああ、なんだ、自動ドアか」


 夢の城から、一気に現実へ戻されたような感じだが、力もない子供が人形に選ばれる可能性を考えれば、不思議ではないだろう。

 さすがに無音のまま開くわけではなく、タイミングを合わせて扉が開く、重い音がどこからか響き渡る。


 雰囲気作りのために、ゆっくりと開いていく自動ドア。その先に広がっていたのは…


「うわ…」

『わあ! すっごい! リーノ姫がボクたちに見せたかったのってコレだったんだね! うわあ、綺麗だなあ!』

「確かに……すごい景色だな……」


 左手に燭台が並んだ壁がある通路。右手はガラス張りになっていて、外を見ることができる。どうもバルコニーらしい場所に出たようだ。

 ガラスの内側、つまり私がいる通路は、壁紙などが色あせ埃まみれになっているだけで、特に問題はない。


 だが、ガラスの外側は、長い間外気にさらされていたためか、酷い状態となっていた。

 絵本チックな金属製の柵が錆付いているのはマシな方で、場所によっては穴が開いていたり、途中で途切れ、落下した部分まである。

 加えて、左右に見える尖塔の一部が崩壊しており、骨組みが露出している。


「野間の言い分、間違っては………え」


 今、私がどこにいるのか再認識させられる現状。しかし、さらに恐ろし現実を前にし、背筋が凍りつく。

 慌ててミラーハウスに逃げた野間からふんだくった、古臭いパンフレットを取り出して、ソレを確認していく。


「入り口があそこで……ジェットコースターにミラーハウス。メリーゴウランド、河がアクアツアー。眼下、中央にあるピンクは、あの変なマスコットの電飾か。観覧車は背後にあるから見えない……だけど」


 私がドリームキャッスルに入ってかなりの時間が経ったらしく、外は既に暗い。だが、そうとは思えないほど、園内は様々な色の光に包まれていた。

 …明る過ぎて、園外の景色が見えないほどに。


 ちなみに、よくよくパンフレットを読んでいくと、閉園時間は午後八時となっていた。


「……誰が電気代、払ってるんだ、コレ………」


 ジェットコースターは停止しているからいいとしても、ドリームキャッスルと観覧車は動いていた。

 呆然としている間も、比較的近いメリーゴーラウンドの寂しげで軽快な音楽が絶えず聞こえている。


「ウン十万、で済むはずがないよな…」


 嘘か真か、どこかで聞いた話では、遊園地の電気代は一日ウン百万以上かかるらしい。

 今日は偶々私たちが『遊びに』来ていたからいいとしても、普段から無人の中、こうして毎日電気を使っているとなると……本当にぞっとする。


「ある意味、恐怖体験だな」


 金銭という現実的な恐怖と、にもかかわらず無人という哀愁を漂わせた風景を前に、今度は名親たちも誘って来てやるのもいいかもしれない、と思ってしまう…ただし、不法侵入であるが。


『ひゃあすっごいキレイだったね! あ、そうそう! リーノ姫が言ってたんだけどさ、この先には、沢山の宝石や絵があるんだって! ねえねえ、見てみようよ!』


 そうだった、電気代を心配している場合じゃない。

 今、私はドリームキャッスルの地下に拷問部屋がある、という噂を検証していたのだった。

 しかし、ここまで異常がないと拷問部屋なんてなさそうだが、動き続けるアトラクションの話は土産に丁度良いかもしれない。


 そして普通にアトラクションが稼動しているとなれば、ミラーハウスに行った野間も、きっと面白い体験をしているだろう。そちらの土産話も期待できそうだ。


「宝石や絵か。次は、どこに……ああ、あそこか」


 ふと正面を見れば、既に開かれた扉と、先に続く通路がある。

 ここが城の頂上近くとすれば、この先は下り坂で、そこがギャラリーか何かになっているのだろう。

 折角だから、最後までゆっくり見ていってやるか、と今まで上ってきたスロープとは逆に、明るい通路へと向かう。


「…………」


 最後に振り返ると……ここまで案内してくれた、お姫様の人形はなくなっていた。

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