旅立ち
昔々のとある国。
争いとは無縁の国。
長閑な花畑に囲まれ、心優しき女王と王様と共に引き篭りのお姫様と、そのお世話係の新米騎士が仲良く暮らしていました。
昔々のとある国。
争いとは無縁の国。
長閑な花畑に囲まれ、心優しき女王と王様と共に引き篭りのお姫様と、そのお世話係の新米騎士が仲良く暮らしていました。
「ねぇアルファス。」
「はい。何でしょう姫様。」
「平和ね。」
「えぇ。平和が一番です。」
午後のティータイム。
豪華絢爛ではなくとも、趣きのある家具。
祖母から受け継がれた首飾りを付け、姫様は森の聲を聴きながら優雅な時間が流れる。
「姫様。お茶の用意が出来ました。」
「ありがとう。」
「いえいえ。」
姫様の名前はアリス。
長いブロンドの髪にセピア色の瞳。
この国の王女であり、一度も国外へ出たことのない箱入り(引き篭り)姫。
執事の名前はアルファス。
細身の四肢に執事服を纏い、優しげな顔立ち。
綺麗な主従関係に見える二人。
しかし、そうではない。
「‥‥アルファス。」
「はい。」
「ちょっと質問したいことがあるのだけれど、よろしいかしら?」
「なんなりと。」
お辞儀をするアルファス。
「何故貴方は『お』を付けないの?普通、お姫様って呼ぶんじゃない?」
「‥‥。」
「‥‥アルファス?」
「‥‥。」
「え?無視?ねぇ!アルファス!」
声を荒げる姫様。
「姫様、『お』とは様々な意味を持つ言葉です。丁寧語であったり、尊敬語、謙譲語にもなります。」
「へぇ~。」
「知らないのですか?」
「し、知っていたわよ?」
慌てて手元のダージリンティーに手を伸ばす姫様。
「姫様。」
「ん?」
「私は姫様を尊敬していません。」
沈黙
「‥まじかよ。」
「まじです。」
カップをゆっくりと置き、阿呆ヅラで呆ける姫様。
「してないんだ。」
「はい。していません。」
塞ぎ込む姫様。
「姫様。」
「何よ。」
「私は貴方を尊敬はしていませんよ。」
二度も言いやがったよこいつ。
「ねぇアルファス。」
「何でしょう。」
「私のことどう思ってんの?」
「どうとは?」
「だってほら‥、尊敬もしていないのに‥、何で私の世話係なんてしてんのかなって‥‥。」
寂しげな顔を浮かべる。
「好きだからですよ。」
「!」
「私は姫様が大好きなんです。」
「ほ、ほんと!?」
「はい。」
「いよっっっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
部屋に汚声が響く。
「姫様、はしたないですよ?」
「おっと。」
ついヨダレが。
「姫様。」
「はい!」
「私は姫様が好きですが、姫様はどうお思いなんですか?」
「はい!?」
予想外の返答に面食らう。
「わ、私がアルファスを?」
「はい。」
「も、もちろん‥‥。」
「もちろん?」
「す、す、す‥‥。」
「す?」
首を横に傾げるアルファス。
(ひゃあぁぁぁあぁ。アルファス可愛えぇ。)
「す、スキデスヨ。」
「そうですか。良かった。」
満面の笑みのアルファス。
「あ、あのねアルファス!」
「何でしょう?」
「もう一回言って?」
「好きですよ。姫様。」
「あひゃあぁぁぁあぁ!」
たまらん!溶けそうだ!体に力が入らない。
「あ、あのねアルファス!」
「はい。」
「私、身分とか気にしないよ!」
「?」
「えっと、身分とかじゃなくて‥、私、恋人って本当に好きな人とお付き合いすべきだと思うの!」
「立派な考えですね。」
「貴方もそう思う!?」
「えぇ。」
大きく深呼吸をし、想いを伝える。
「じゃあ!わ、わたしと‥お付き合いしませんか!?」
「お断りします。」
「何でじゃぁぁぁ!」
渾身の告白を一刀両断され混乱する。
「何で!?私じゃやだ?」
「嫌じゃないです。」
「じゃあ何で‥‥。」
泣きそうになるのを必死に押さえ、理由を聞く。
「私は姫様が大好きですよ。」
「え、あ、えへへ。そうなんだ。」
「でも恋人にはなれません。」
「‥‥理由を聞かせてもらえる?」
「私がまだ新米騎士だからです。」
「み、身分は気にしないんじゃないの!?」
「いえ、身分ではなく、私自身が未熟者だからです。」
俯くアルファス。
「そんなことない!アルファスは未熟者なんかじゃないよ!」
必死に食らいつく。
「ありがとうございます。でも私はまだ新米。騎士の腕もまだまだです。」
「アルファスは充分強いよ!」
「私は王様から聖騎士に任命されるまでは未熟者だと考えております。」
「聖騎士って?」
「貴方のお父様直属の騎士団のことです。騎士の憧れですね。」
「!、じゃあ聖騎士になれればいいのね!ちょっとお父ちゃんに言ってくる!」
椅子から勢いよく立ち上がる姫様を慌てて抑制するアルファス。
「姫様。落ち着いて。私はキチンと聖騎士になりたいのです。立派な騎士になりたいのです。」
「立派な結婚式をしたい!?」
「落ち着いてください姫様。」
姫様を無理矢理椅子に座らせ、口の中に水を流し込む。
数分後
「落ち着きましたか?」
「えぇ、ありがとう。」
椅子に座り天井を仰ぎ見る姫様は心ここにあらず。
「姫様。」
「なんでしょう。」
「誤解があるようですが、私は聖騎士になれたとしても、貴方と結婚は出来ません。」
「‥‥は?」
「もしなれたとしても、聖騎士には聖騎士の妻となる者がいます。」
「私ね!」
「違います。代々聖騎士との結婚を承っている名門貴族がいるのです。」
「えっと、ケイト家‥だっけ。」
「左様。ですから‥。」
「ちょっとまってて。」
話を遮り電信機に駆け寄る姫様。
「えっと‥姫様?」
機械的な電子音と共に声が伝わる。
「もしもしお父ちゃん?
アリスだけど。
あのー、なんだっけ、ケイト家だっけ?
貴族の。
そうそうそう。
あいつら気に食わないから今夜当たり一族郎党皆殺しにしてくれません?
え、無理?
なんでぇ~。お願いお父さん!
今度肩揉んであげるから!
え!本当に!
ありがと~。
あ、あと、アルファスを聖騎士に任命して。
じゃあね~。
ありがとう。お父ちゃん。」
ガチャンという音と共に振り返る姫様。
「アルファス。」
「はい‥。」
冷や汗が止まんない。
「式は南の島にしましょうね♪」
「悪魔かお前はぁぁぁ!」
思わず叫んでしまった。
「え、は?意味わかんないです姫様!」
「何が意味わからないの?」
「全部だよ!」
ジリジリと近寄ってくる姫様の目は希望で溢れていた。
「一族郎党皆殺し!?よくそんな悍ましい単語出てくるな!」
「だって邪魔なんだもん!」
「一番の邪魔はお前だよ!」
「酷い!妻に向かって!」
「もう妻気取りかよ!怖ッ!」
「だって!これでアルファスは私と結婚してくれるんじゃないの?」
「しないわ!」
沈黙
「はぁぁぁぁぁ!?しないってどういうことじゃボケェ!」
「しないもんはしないんだよ!」
「照れてんの!?」
「この恐怖に歪んだ顔がそう見えんのか!?」
「見える!」
「眼科と精神科に行け!」
お互い引けない。
なぜなら人生が掛かっているから。
「なんで結婚できないのよ!?」
「嫌だからだよ!」
「さっき好きって言ったじゃん!」
「言ったよ!でも結婚は無理なんですよ!」
「じゃあお付き合い!恋人止まりでいいから!」
「ヤだよ!」
「そげんこと言わんとって!」
思わず方言が出るほど興奮している。
まずい。
「姫様。落ち着きましょう。」
「ハァハァハァハァ。」
発情期の犬みたいになってる姫様を縛り上げる。
数分後
「落ち着きました?」
「えぇ。申し訳ない。取り乱しましたわ。」
嘘だ。
目がまだ落ち着いていない。
「姫様。」
「はい!」
「私は貴方と結婚できません。」
「何故?邪魔なものはもう無いわよ?」
名門貴族をモノ扱い。
「私は貴方と結婚する気は無いからです。」
「は?」
「毛頭ありません。一ミリも。」
「まじで言ってんの?」
「はい。」
姫様が震えている。しかし悲しみではない。
「てめぇ!まじか!?」
さっきから口が悪過ぎる。
「はい。」
「付き合う気も!?」
「ありません。」
「何でだよ!」
「わかりませんか?」
「わかんないよ!」
「口が悪い。
性格が悪い。
引き篭り。
世間知らず。
自意識が高い。
我儘。
感情的。
声が大きい。
人を見下す。
それに‥。」
「まだあるの!?」
「はい。百八つ。」
「煩悩か私は!」
姫様の頭の中には婚姻の二文字しかなかった。
「じゃあ何、私のこと弄んでたの!?」
「別に。」
「何なのさっきから!殺されたいの!?」
「やれるんならやってみて下さいよ。ニート姫。」
「じゃあおめぇの亡骸から髑髏取り出して宴会で腹話術してやらぁぁぁ!」
「上等だぁぁ!こっちはあんたの背骨を引っこ抜
いて海に向かって槍投げしてやるよ!」
二人はお互い睨み合い同時に叫んだ。
『かかってこいやぁぁぁぁ!!!』
一時間後。
アルファスの服はあちこち破れ、顔には無数の引っ掻き傷が残った。
「‥‥アルファス。」
「何ですか?」
「貴方、何故私からの暴行を防御するだけで、やり返さなかったの?」
「何故って、私は騎士ですよ?女の子‥、しかも姫様に手を出す訳ないじゃないですか。」
「‥‥。」
途轍もない罪悪感に苛まれる姫様。
「姫様。」
「何よ?」
「何でそんなに私なんですか?」
息を整えながら姫様は返答する。
「何でって‥、理由なんて無いわよ。」
「無い?」
「傍に居てくれたから。引きこもりで、我侭なわたしとお喋りしてくれた。」
「‥‥。」
「世間知らずだけど、私に向けて笑顔を向けてくれた。」
「‥‥。」
「気付いたら‥、好きになってた。」
泣いていた。
姫様が。
「姫様。」
「何?」
「ここを出ましょう。」
「え?」
アルファスは起き上がり、姫様を見下げる。
「この城を出ましょう。そして世界を知りましょう。」
「オソトコワイ。」
ガクガクと震える姫様。
これだから引きニートは。
「世界を知り、沢山の書物と人と出会い、それでもわたしのことを好きでいてくれたら、私は貴方とお付き合いを申し出ます。」
「でも‥一人じゃ‥。」
「私も行きます!」
「じゃあ行く!」
目を見開いた姫様は再び電信機に駆け寄り受話器を手に取った。
「あ、もしもしお父ちゃん?
私だけど。
急なんだけどわたし、このお城を出ることにしました。
え?
突然何をって?
嫌ねお父ちゃん。
恋は突然燃え上がるのよ。
じゃあね。」
馬鹿だ。
このニート姫は。
「さぁ支度をしましょうアルファス!」
高らかに手を打ち鳴らし、革製のカバンに服と生活雑貨を詰め込み始めた。
「本当に行くんですか?」
「貴方が言ったのよ?」
「‥‥。」
「どうしたのアルファス?」
「よし!行こう!」
「うん!」
今日一の笑顔。
思わず見蕩れる。
下の階から中年男性の怒号が聞こえる。
このままだと王様に殺される。
「アルファス!」
「何ですか!?」
「窓から出ましょう!馬も近くに居るから!」
「その窓ステンドグラスだから開きませんよ!」
ガシャァァァァァァァァァァン!!!
金属バットをフルスイングし仁王立ちする姫様。
その先には先程まで美しい模様だったステンドグラスは見るも無残に砕け散り、跡形もなく無くなり見晴らしが良くなった。
「よし!」
「よしじゃねぇ!お怪我は!?」
「無いわ!」
「よし!」
そう言って私達は荷物をまとめ窓から飛び降りた。
タッチの差で入ってきた王様。
「おいこら馬鹿娘ぇぇー!」
見上げると王様。
「あ、お父ちゃーん!私旅に出るねぇぇ!」
「突然過ぎるだろぉぉ!」
あの口の悪さは遺伝だな。
「王様ぁぁl!」
馬に跨りながら見上げる。
「アルファス!その馬鹿を止めてくれ!」
「私が誘いましたぁぁぁ!」
「マジかよォォォ!」
「必ずお守りしますからぁ!」
そう言って私達は返答を待たずに城門をくぐり抜けた。
「アルファス!」
「何ですか!」
「これからどうするの!?」
「取り敢えず街に行きましょう。」
「わかったわ!」
姫の嗜みじゃない本当の乗馬。
揺れが凄く、アルファスにしがみつくのが精一杯だったが、微かに振り返る。
生まれた国。
育った城。
愛してくれた両親がどんどん小さくなっていく。
「姫様!」
「何!?」
「これから街に行きますが、身分がバレれば大変なことになります!」
「どうするの!?」
「名前で呼びます!」
「は!?」
「名前で呼んでもよろしいですか!?」
「許す!」
「ではアリス!」
心臓の鼓動が早くなる。
バレないように慌てて胸をアルファスの背中から離す。
「姫様!離れないで!」
手を後ろに回しアリスの背中を押す。
「あひゃぁ!」
「変な声出さないで姫様!」
「‥‥呼んでよ‥‥。」
「え?」
「アリスって呼んでよ!」
沈黙
アルファスは振り向かなかったが心無しか頬を赤らめている様に見えた。
「‥‥アリス!」
「はい!!!」
「しっかり捕まっていてください!」
「うん!」
こうして私達は暮れなずむ夕焼けの中を駆け抜けた。
昔々のとある国。
争いとは無縁の国。
長閑な花畑に囲まれ、心優しき女王と王様と共に引き篭りのお姫様アリスと、そのお世話係の新米騎士アルファスは仲良く暮らしていましたが、旅にでることになりました。
つづく
ありがとうございます。