女王様に愛人になりたいと言ったら一刀両断された俺の話。
「好きです。愛人にならせて下さい。」
「お断りします。」
こうして俺の初めての告白は散った。
高校三年の初夏の事である。
告白相手はちょっと普通じゃない。
何せ学園の女王様と言われるぐらいの人だった。
彼女は入試でトップ合格を果たし、以来学年主席を独走している。
実家は旧家の生まれだとかで、父親は何処かの社長をしているお金持ちらしい。
見た目だって、ストレートの髪がお似合いの涼しげな中々美人である。
鼻筋が通っていて、目は切れ長で陶器のような肌をしていて、
少なくとも、俺にとっては世界で一番の美少女だったのだ。
今では生徒会長もしている彼女は、その才色兼備ぶりで有名だったのだ。
何処か冷たげな容貌と相まって影では女王様とあだ名を付けられるまでに至ったのである。
もっとも、最初から俺も彼女に好意を持っていたわけじゃない。
初めの方はなんだこの澄ました女は、お高くとまりやがってとか思っていた。
が、意外に後輩の面倒見が良かったり、優秀さが災いしてやたら人に頼みごとをされて、
そんなの断ればいいのに引き受けてしまう妙なお人よしさ加減とか、
生徒会の仕事が重なった時に他の人に頼ればいいのに、
自分で全部やろうと遅くまで居残ってしまう不器用さとか、
とにかく段々彼女のスルメか何かのように味わい深いところが目について来たのだ。
それから彼女の事を眼で追うようになり、いつの間にか単純な俺は恋に落ちていたのである。
「なあ、志野宮生徒会長って彼氏いるのかな?」
俺は告白の前段階として、彼女について探ったわけだ。
「え?あの人って婚約者がいるんじゃないの?」
「ほ、本当に?」
「噂だけど。何か凄いお金持ちの家らしいし、いてもおかしくないんじゃないの。」
ショックだ。大ショックもここに極まった。
今時婚約者なんて本当にいるのかよ。
何と言うかもう、住んでいる世界が違うと言う感じである。
しかし、俺は自称諦めない男である。
一縷の望みにかけてみたのだ。
そうして彼女がいつものように生徒会で仕事をしているのを書記のポジションをフル活用して、
皆が帰るまで手伝っていたのだ。
そうして、その隙を見計らって告白しが見事に玉砕したわけである。
「大体、どうして愛人になろうと思ったのよ?」
志野宮はあきれ返ったと言う感じで俺の事を見返した。
「婚約者がいるって聞いたから。」
「それで愛人になろうと?」
「そう。」
彼女は深くため息をついた。
「まず第一に私はそう言った不誠実な関係は好きじゃないわ。」
「そうなんだ。」
新情報である。頭にメモっておかなくては。
「いや、家同士に決められた冷めきった関係なら、割り込めるかなと考えたんだ。」
「いつの時代の話よ。そもそも愛人なんて志願するものではないわよ!」
志野宮が叫んだ。極めて珍しいことである。
「え、婚約者って決められてないの?」
「そんなのがいたのは私の祖母の代までよ。私の両親もちゃんと恋愛結婚です。
大体、男なら婚約者から奪い取ろうとする気概ぐらいないの?」
「婚約者から奪い取った後、貴方の実家を敵に回して生き延びる自信がなかったし。」
俺がそう言うと、彼女はああそうと言って疲れたように溜息をついた。
ちなみに彼女の家は政治家や警察官も多く輩出している筋金入りのエリートの家系だ。
更に言えば、缶コーヒーも飲んだことがないような箱入りお嬢様である志野宮を
連れて逃避行をしてもすぐに差し押さえられるのがオチだと思った事は黙っておこう。
「愛人は駄目で、婚約者から奪い取るのは良いわけ?」
「そこは女のロマンよ。」
「女心って難しいね。」
「本当にね。」
いかん、しみじみしてしまった。
仕切り直しをしなくては。
「という訳で志野宮。貴方が好きです。」
「そう、で?」
「で?」
俺は聞き返した。
「一体私とどういう関係になりたいわけ?」
こうして俺は来週彼女と一緒に志野宮邸に挨拶しに行くことになった。
志野宮の父親に、彼女とお付き合いをさせていただいておりますと言う為にである。
正直な所、威圧感の半端ない怖いおじさんだったが妙に気に入られたらしく、
君が大人になったら一杯やろうと言われた。
こうしてどうにか交際をスタートさせ、俺は猛勉強をして彼女と同じ大学に入学することに成功した。
志野宮の鬼かと思うようなハードな指導のおかげである。
今から思えば、自分の受験勉強もあるのに良くやってくれたと思う。
付き合いを重ねると彼女もだいぶ砕けて接してくれるようになったのが嬉しい。
何よりいつもすましている志野宮が自分の前では妙に子供っぽい言動をしたり、
はしゃいだりするのを見るのは可愛いと思ってしまった。
実際、なんやかんやで頼られるポジションにいる彼女の息抜きになったらしい。
まあ、そう言ってくれると俺も彼氏冥利に尽きる。
大学でも喧嘩と和解を繰り返しつつも付き合い続けた。
そうしてその付き合いは大学を卒業してからも奇跡的に続行していたのである。
そうして今は志野宮は会社を立ち上げ、生き生きと仕事に取り組んでいる。
どうやら彼女は事業の舵を取るのが合っていたらしく、水を得た魚のようになっている。
俺はというと志野宮の住んでいるマンションで同棲しつつも、在宅で翻訳の仕事をしている。
ちなみに一緒に暮らすようになってから発覚したが、彼女は料理が出来ない。
そう言う訳で、俺の料理スキルはどんどん上達の一途を辿っている。
志野宮に任せていたら、命にかかわるからである。
最近では子供が欲しいから結婚しようかと言う話も出て来ていて、
人生何が起こるか分からないから面白いという言葉を噛みしめている。