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Color~幸せの色~

作者: 桜野織都

Color~幸せの色~

5月、桜の花びらが地面を覆い、あちらこちらの庭に美しい薔薇が花開く頃。

とある公立高校の三年のクラスに一人の男子生徒が編入してきた。

「雅が丘学園高等部から転入してきた上原翔君です。皆さん仲良くしてくださいね。」

女性教師の紹介を受け、お辞儀をした男子生徒は長身で顔立ちも整った、所謂爽やかイケメンのような人物であった。

「上原翔です。気軽に声をかけてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。」

自己紹介を終え浮かべられた笑みに黄色い声が飛ぶ。

「じゃあ上原君の席は後ろのあそこね。」

教師に指さされた席に翔は足を進める。

「よろしくね。」

爽やかスマイルを向けながらそう言われた隣の席の少女は、じろりと翔を見るも笑い返すことはしなかった。

「…篠崎です。よろしく。」

それだけ言うと窓の外に視線を向けてしまった彼女に、翔はキョトンと目をまばたかせた。

「気にしないでいいよ上原君。篠崎さん誰にでもそんな感じだから。」

前の座席の女子生徒にそう言われ、翔は少し微笑み腰をおろした。


「篠崎さん、俺まだ教科書届いてないんだ。見せてもらえるかな?」

ニコニコと笑みを浮かべながら言う翔をちらりと見ると、彼女は黙って机を寄せて教科書を二人の中央へとずらした。

「ありがとう。」

その言葉に返すことなく、彼女は外に視線を外した。


休み時間も放課後も、彼女は常に一人だった。

翔が聞くところによると最初は彼女に話しかける人もいたらしいが、つっけんどんな態度に皆が離れていったそうだ。

「千里ちゃん、何読んでるの?」

昼休み、図書室で読書をする彼女の向かいに翔が座った。

「名前、なんで。」

「名簿見て知ったんだ。」

突然呼ばれた下の名前に理由を尋ねると、その答えを聞き、千里はまた文字に視線を落とした。

「千里ちゃんそれ何の本?物語?本好きなの?」

千里は何も答えなかった。

「うーん、じゃあ俺に何か聞いてみて。何でも答える!」

それでも千里は顔を上げなかった。

「…なんで編入してきたの。雅が丘学園って超名門私立でしょ。初等部から大学までのエスカレーター制。」

「あぁ!そのことなら両親が離婚したからだよ。」

千里はバッと顔を上げ翔を見た。

「あ。」

「ん?あぁ、大丈夫だよ。で、俺は母親について来たんだけど私立に出し続けるのは難しくてさ、国立大学に行くためにこの学校に編入してきたってわけ。」

「そ、そう。」

視線を彷徨わせる千里を見て、翔は微笑んだ。

「なんだ、ちゃんと優しいじゃん、千里ちゃん。俺のこと、心配してくれたんでしょ?」

翔の言葉にハッとしたように、千里は読みかけの本を閉じて去って行った。

「これは振り向いてもらうの大変そうだな。」

柔らかな笑みを浮かべながら、翔もまた立ち上がった。


「千里ちゃん。」

「その呼び方やめてください。」

「あ、ちゃん付け嫌な人?じゃあ千里って呼んでいい?」

どれほど邪険に扱おうと、翔は常に笑顔で対応してきた。

千里が呆れ気味に溜息をつくのにも構わず翔は話しかけ続けた。


「千里。」

「…また来たんですか。」

昼休みを図書室で過ごす千里に合わせ、翔も毎日通った。

普段はぺらぺらと話しかけてくる翔だったがその時間だけは黙って本を読むだけだった。

千里が翔をほうっておく理由はそこにあった。

予鈴が鳴り、午後の授業のために慌ただしく駆ける足音を聞き、二人も互いに本を閉じた。

「千里、今日一緒に帰ろうよ。」

「お断りします。」

「えー。つめたいなー。」

翔に構わず千里は席につき教科書を机上に出した。

「もう授業始まりますよ。」

千里の言葉に合わせたかのように本鈴が鳴った。


「じゃあこの問題だが、篠崎、前に出て書いてみろ。」

数学の男性教師が千里を指名した。

「分かりません。」

千里の答えに教師は眉根を寄せた。

「こんな簡単な問題も分からないのか。」

「分かりません。すみません。」

千里に呆れた表情を向け、教師は別の生徒を呼んだ。


「あ、上原君のシャーペン私と色違いだ!ほら、私のは赤なんだよー。」

授業も全て終了し帰り支度を急ぐ中、翔に話しかけて来た女子は手に赤色のシャープペンシルを持っていた。

「おー本当だ。俺のは緑。これ書きやすいよなー。」

その会話に珍しく千里が翔の方を振り返った。

「千里どうした?あぁ、このシャーペン、書いてみる?」

「あ、いや、何でもない。」

すぐに俯いてしまった千里に首をかしげ、翔は自分の席を立ち千里の顔を覗き込むようにしゃがんだ。

「千里?本当に何でもないの?…そういえば千里って授業中ノートとらないよね。先生の話もすごい集中して聞いてるし教科書も書き込みとかしっかりしてるから不真面目とかは絶対ないと思うんだけど、なんで?」

カバンにつめるため机の上に出されていた千里の教材の中にノートがなかったことに気づき翔が言った。

千里はその言葉にギクリというような表情を浮かべ、急いで道具をしまった。

「あなたには関係のない事です。それじゃあ。」

「あ、ちょっと、千里!」

足早に教室を出る千里に、翔はただ立ち尽くすだけだった。


その日の帰り、翔は探検と称して回り道をして下校していた。

「へーこんなところに花屋があったのか。」

街角の少し入り組んだ道に、ちいさな花屋があった。

翔はなんとなくその店へと足を踏み入れた。

「いらっしゃい…ませ。」

「え、千里?ここでバイトしてるの?」

そこには、普段はおろしている長い髪を一つに纏めエプロンを身につけた千里がいた。

「いや、ここ私の家だから。手伝ってるだけ。」

「千里の家って花屋だったのかー!そうかー。じゃあ、赤い薔薇で花束を作ってもらえるかな?」

笑顔で言った翔に、千里の表情が凍りついた。

そして千里は俯いたまま薔薇の並ぶところまで歩み寄った。

「千里?どうしたの。顔色が悪いよ、手震えてる。」

翔はそう言って千里に歩み寄りその手を取った。

「あらお客様?」

その時一人の女性が二階から降りて来た。

「あ、お母さん。」

千里の言葉に翔は手を放した。

「ごめんなさいね千里。もう部屋に戻っていていいわよ。」

母親に頷き、千里は急ぎ足で二階へと消えて行った。

「すみませんね。何をご所望ですか?」

「あ、赤い薔薇を。」

千里の母は赤い薔薇を数本とりレジ横のカウンターへと向かった。

翔もそれに続く。

「普段はあの子一人で店番をさせることはないんですよ。あの子はもっぱらレジを打つ手伝いで。今日花の位置を移動させてしまったばかりで…。」

「えっと。すみません、意味が分からないのですが。」

「…色盲って、知ってるかしら?」


母親の言葉を胸に、翔は赤い薔薇の花束を持って帰宅した。

薔薇の花を花瓶にいけ、自室でパソコンをたちあげた。

〔色盲 症状〕検索

翔は検索ボタンをクリックし大量の情報が並ぶ中からいくつか選び目を通した。


「千里、放課後少しいい?」

いつになく真剣な面持ちで言う翔に、千里は思わず頷いた。

その放課後、誰も居ない教室に二人は居た。

目の前に座る千里に対し翔は筆箱から赤ペンと青ペン、そして緑のペンを取り出した。

「ねえ、青ペン取ってくれる?」

「なに?これがどうかしたの?」

千里は怪訝な顔つきで中央にあった青ペンを取ってみせた。

「じゃあ次緑のペン。」

そう続けられた言葉に千里は息をのんだ。

青ペンを持ったまま動かない千里を翔はじっと見つめた。

「千里は全色盲ではなくて、赤緑色覚異常?」

「な、んで。そのこと。」

思わず落とした青ペンが床に転がる。

「…気になって色盲について調べたんだ。ごめん俺、よく知らなくて、色盲って言葉は聞いたことあったんだけど、見るものすべてが灰色とかで色のない世界なのかと思ってたんだけど、そうではないんだね。千里の見る世界は、どんな感じなの?」

翔の言葉に千里はキッと彼を睨みつけた。

「そうゆう風に興味本位で他人の中にズカズカ踏み込んでくる人がいるから言いたくないの。余計なお世話よ私に関わらないで。」

席を立った千里の腕を翔は咄嗟に掴んだ。

「待って、違う。興味とか面白半分とかで知りたいんじゃない。好きだから。千里のことが好きだから知りたいんだ。」

「…訳わからないこと言わないで。」

千里はその手を振り払い教室を飛び出した。

残された翔はゆっくりと立ち上がると転がったペンを拾った。


それから千里と翔との距離は目に見えて開いた。

「千里。」

「千里。」

「なぁ、千里。」

それでも翔は諦めずに歩み寄ろうとした。

けれど千里がそれを受け入れることはなかった。

「千里。」

ある日の昼休み、いつも通り図書室向かおうとしていた千里に差し出されたものは数冊の青いファイルだった。

思わず顔を上げるとそこには少し気まずそうに微笑む翔がいた。

千里はゆっくりとそれらを受け取った。

それらの表紙と側面には「現代文・古典・数学・英語・地学・世界史」とラベルが貼られていた。数学と世界史は三冊ずつ、そして地学は二冊あった。

意味が分からずそれぞれを開いてみると、そこには所々コピーされたらしいが殆どが手書きであるノートが大量にファイリングされていた。

顔を上げると翔は普段通り笑みを浮かべていた。

「千里、もしかして黒板に書かれた文字見えないのかと思って。えっと、ほら、黒板って緑だしチョークは赤とか白とかで、分かりにくいのかなって。それで、国語と英語は俺が編入してきてからの分だけなんだけど、数学と世界史は俺が前の学校にいたときのノートの写し、一応二年分集めてみた。あと俺は生物選択だから、地学選択のやつにノート借りて、それは早く返さないと悪いからコピーだけど、あぁ、それは二年からだから一年と少しの分な。受験勉強に少しでも役に立てばいいかなって、思ったんだけど。」

さらっと言ってのけた翔だったが、その作業がどれだけ大変かくらい千里にも容易に理解できた。

「…ありがとう。」

「いや、俺が勝手にしたことだし。あ、荷物増やしてごめんな。分けて持って帰ってくれればいいし、何だったら俺が手伝うから。…じゃあ、そうゆうことで。」

それだけ言うと翔は教室をを出て行った。

千里は静かに青いファイルの表紙を手でなぞった。


「次の問題、少し難しいかもしれないが…。篠崎、前に出て解いてみろ。」

数学の授業で千里が指名された。

千里はグッと膝の上でで拳を握った。

「千里、向かって左から三本目が白のチョークだよ。」

ひそひそと横からかけられた声にそちらを見ると、翔が微笑んでいた。

「千里ならこの問題解けるでしょ。本当は数学、得意だもんね。俺を信じて、お願い。」

翔の言葉に、千里は一瞬瞠目し、そして少し唇を噛みしめながら席を立った。

コツコツと小さな足音を立てて黒板の前に辿り着いた千里は、向かって左から三本目のチョークを手にとった。

隣に立つ教師にも気づかれないほど僅かに息を吐いてチョークを黒板に当てて滑らせた。

カッカッとチョークと黒板とが当たる音だけが響く。

しばらくして千里はチョークを置いた。

「おぉ、正解だ。よく解けたな篠崎。凄いじゃないか。」

感嘆の声をもらす教師に千里もやや微笑み、席へと戻った。

席に着く前にちらりと翔を見るとグッとグーサインを向けて笑みを浮かべた。


「上原君、ファイル、持って帰るの手伝ってくれない?」

その日の放課後千里は翔にそう告げた。

勿論翔は快諾した。

二人はゆっくりとした足取りで帰路についた。

「…私の色盲は、先天性のもので、小さい頃から赤や緑、それに近いオレンジや黄緑色、黄色もあまり分からなかった。それが普通だと思っていたのに、友達と話をするとそうではないことが分かって、そして同時に恐れられたの。周りの人はこの目を気味悪がるか、面白がるかのどちらかだった。だから誰とも関わらず、先生にも話さず、色盲がばれないようにしてきた。…私は、あなたはどちらでもないと信じたい。どう?」

真っ直ぐに翔を見据える千里に、翔も表情を消して口を開いた。

「俺は、千里のことを理解したい。千里の支えになりたい。出会って間もないから簡単には信じてもらえないかもしれないけど、俺は千里のことが好きだよ。一目惚れだったけど、千里と話をして、千里のことを知っていくにつれてどんどん好きになっていって。その偶に見せる笑顔とか、他人を心配できる優しいところとか、きちんと感謝を表せるところとか、惹かれていく部分は沢山あって。もっと知りたいって、傍に居たいって思ったんだ。」

翔の話を、千里は真剣に聞いていた。

「だから、俺には話してくれないかな。言いたいとき、言いたいだけでいいから。少しでいいから、頼ってほしい。俺は千里の力になりたい。ね、お願い。」

そう言って優しく微笑む翔の顔が、千里には滲んで綺麗には見えなかった。

頬を伝う温かなものは翔の指で拭われた。

「綺麗な目だね。」

千里の濡れた瞳には真っ赤な夕陽が映り込み、反射して煌めいていた。

幸せそうに笑う千里に、翔もまた笑みを深めた。




「ねぇねぇ翔、ウエディングドレスなんだけど白は決まりとして、もう一着何色にする?」

10年後、とある喫茶店でドレスのカタログを広げる二人の姿があった。

「んー…青かなー。千里が綺麗だと思える色なら何でもいいけどね。」

「ふふっ、うーん、じゃあこれにしようかな。」

千里の指さしたドレスを覗きこみ、翔は首を傾げた。

そこにあったのは真っ赤なドレスに薔薇の花があしらわれた一着だった。

カタログのドレスの下には全て翔の文字で色が書き込まれている。

千里が色を間違えるはずはない。

「え、でも千里、これは…。」

言いよどむ翔に千里は微笑んだ。

「これがいいの、私と翔を繋いでくれた運命の色、運命の花だから。私にはこれが一番綺麗に輝いて見えるの。」

「うん、そうか。わかった、これにしようか。」

そう言って翔に優しく握られた千里の左手には、薬指に光るエンゲージリングがあった。

二人は来月結婚する。

多くの友人に祝福されるなか、二人が初めて出会った薔薇の咲き誇る5月のことだ。

目に見えぬ色があったとしても、彼女には世界に色をつけ輝かしてくれる人がいる。


どうか二人の世界がいつまでも輝いていますように。


                                      Fin.

初めて色盲について調べました。

自分の認識が曖昧だったことを痛感しました。

このお話を読んでくださった方が少しでも温かい気持ちになってくだされば幸いです。

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