司教と司祭
ハウルに追い返された聖教国軍。
彼らは4日間かけて首都『ブライト』へとたどり着いていた。
あらかじめ通信用魔法具で連絡を入れてあったため、部隊はすぐに救護部隊による手当を受けた。
とはいえ、彼らが復帰できるかどうかは微妙なところだった。
彼らの脳裏には、あの黒狼の姿がトラウマとして刻まれてしまっていたのだ。
そして彼らは知らなかった。
『星天狼』ハウルと同格の神獣、『空の王』のベルクがすでに首都に侵入している事に。
ミレニア司祭が報告に向かう大聖堂。
そこには彼女の上司、ゲオルグ司教が帰還していた。
そして、彼に注目する水色の小鳥も。
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窓にとまった小鳥、ベルクは大聖堂のある一室を見ていた。
そこでは、帝国との戦闘で負傷した勇者に付き添い帰還した司教が、部下の司祭と話し合っていた。
ここ数日の調査で法王と3人の枢機卿は、いわゆる俗物である事が判っている。
しかし、司教にはまともな者も多く、特にこのゲオルグ司教は評判が良かった。
前線で戦う事も多い現場派だ。
「おお、ミレニア。無事で何よりだ」
「司教様! お戻りになられていたのですか!」
「ああ、勇者隊の半数が負傷してな。前線では十分な治療が行えないのだ」
「やはり『悪魔殺しの英雄』マイク・ハワードですか?」
「ああ。10年前には共闘した彼が、今や最大の敵だよ……」
勇者とは聖教国の洗礼を受けた強者の中でも、祝福を与えられた装備を持つ者たちを指す。
まあ、ベルク達からすれば、ただの光属性の付加なのだが。
「そういえば、司教様は彼と共に悪魔に挑んだ経験がお有りなのでしたね」
「ああ。清廉潔白な少年だった。なぜ彼が帝国の先兵などやっているのか不思議でならんよ」
「強制されているとか?」
「いや、彼の眼には確固たる意志が有った。だが、焦りが有った事も事実だな」
帝国には主が自ら向かっている。
マイク・ハワード青年を主はどうするのだろう?
この会話だけでは判断が付かない。
「報告は聞いているよ。作戦は失敗だったそうだな」
「はい。恥ずかしながら……」
「元より無茶な作戦だったのだ。法王様もずいぶん焦っておられる」
「まさか、あんな怪物が現れるなんて……」
「1個師団でも壊滅させられるだろうな。黒狼の神獣など聞いた事も無いが……」
報告とやらが嘘だとは欠片も思っていないようだ。
部下を信頼しているようだな。
しかし、黒狼? ハウルか?
何を目立っているんだあいつは、まったく……。
「法王様達はやはり……」
「ああ、異世界召喚を密かに手に入れるおつもりだ」
「そんな……。教義に反します」
これは聞き捨てならない。
事実だとすれば、上層部は始末した方が良いかもしれないな。
「ミレニア。なぜ異世界召喚が邪法か考えた事はあるか?」
「世界の理を乱します」
ふむ、建国にかかわったという天使の教えだったか。
聖堂や神殿に飾られている像は天使の物だ。
しかし、浄化された魂をこの世界に転生させる白き神は、純白の鳥の姿をしているらしい。
蛇の姿の黒き神と姿も色も対になっているのだ。
「そうだな。具体的には心を腐らせる」
「心を?」
「そう。例えばどんな願いも叶う魔具を手に入れた者がいたとしよう。食糧、お金、望むものは何でも手に入る。さて、その者はどうなる?」
「働かなくなります」
「それが帝国の現状なのだ。一部の特権階級だけが富み、他は労働力として酷使される。足りない分は他国から奪う」
「奴隷……」
「そうだ。自ら生み出す事をやめた帝国の生産力は、確実に低下している。それを補うには奪うしかない。だから帝国は侵略をやめない」
「では、政治的対立や宗教観の違いなどは……」
「口実だ。聖教国が滅びれば次は共和国、その次は他の大陸だ。もし全てを征服したとしても、すぐに資源を食い尽し、最後には腐った果実の様に潰れるだろう」
ふむ、この司教できるな。
主の世界でも、他者の技術を模倣して発展する国はあった。
だが、いわゆるパクリに慣れ過ぎた国は、独自の技術を生み出せなくなって行った。
想像力の喪失とでも言えばいいのだろうか。
そういった国は、行き詰ると大体共通の行動に出る。
民の不満をそらすため、あるいは技術や資源を手に入れるため、他国を侵略したりバッシングするのだ。
帝国は侵略に出ているわけか。
「では司教様は……」
「ああ、異世界召喚は聖教国に害をなす邪法だ。抹消するべきだと考えている」
ふと、ベルクは階下の音を聞き取る。
伝令兵の様だがずいぶん慌てている様子だ。
ドンドンドン!
「司教様! ゲオルグ司教様!」
ガチャ!
「どうした? そんなに慌てて」
「ほら、落ち着きなさい」
「す、すいません……。ですが、一大事です!」
一大事と言っているが、表情は悪くない。
というより、困惑している様子だ。
「何があったのだ?」
「それが、天翼騎士団第2部隊のウェイン隊長からの報告です。帝国の英雄マイク・ハワードが消えたそうです」
「「はあ!?」」
それは、話題の人物の突然の退場だった。
さて、英雄はどうなってしまったのか?
なお、特定の国家を批判するつもりはありません。
一応一言。