漆黒の襲撃者
矢を放つ。
放つ、放つ、放つ。
放たれた矢はギフト『複射』によって無数に分裂し、目標地点に降り注ぐ。
森の一部が爆発し、焼け野原になる。
『曲射のアミン』、それが今の私の名前。
相棒は『軽業のスイフ』、私と同じBランクの冒険者。
私達には大きな秘密がある。
それは私たちが転生者だという事。
かつて私と彼は幼馴染だった。
正確には友達以上、恋人未満だけどね。
私たちはオンラインゲームにハマっていて、話題の大半もゲームだった。
我ながら色気が無いなと思ってしまう。
実は私たちの名前『アミン』と『スイフ』は、ゲームの自キャラの名前だったりする。
アミンはアーチャーでスイフはシーフ、私たちと同じだ。
いや、私たちは死んだのだ。
だから今は私がアミンで彼がスイフ。
私たちの死も、よくある事と言えばよくある事だった。
通学バスに横からワゴン車が突っ込んできて衝突。
ちょうど衝突した場所に乗っていた私たち2人が潰されて即死。
後は知らない。
気が付くと私と彼は『神』の前にいた。
テンプレな事を言われたけど正直どうでもよかった。
だって、嘘かホントかなんて私達には判断できないから。
勇者召喚なら元の世界に返せって怒ったかもだけど、これは異世界転生だ。
拒否したら成仏なんだから選択の余地は無い。
こうして私はアミンに、彼はスイフになった。
転生先の生まれは人それぞれだった。
私はエルフの一般家庭に生まれたのでしがらみも無く、あっさりと冒険者になる事が出来た。
転生者ネットを通じてスイフと連絡を取り、晴れて再会することもできた。
スイフも妖精種で同じ大陸にいたのはラッキーだったなぁ。
そして始まった冒険。
ゲームみたいなファンタジーの世界に私たちは心を躍らせた。
だけど、全員がそうじゃなかった。
政治家、族長、多少の違いはあっても、地位のある家に生まれた転生者は人生を縛られた。
私やスイフはどこにでもいる学生、一般人だったけど、前世で色々あった人はその記憶に縛られた。
調子に乗りすぎて暴走し、犯罪者として死んだ人もいたらしい。
私たちは同じく冒険者として生きていたゴードンさんとパーティを組み、そういったしがらみからは自由に過ごしていた。
3つのギフトはすぐに覚醒した。
これはゲームに慣れ親しんでいたことが大きく影響しているんだと思う。
転生者の中には、生きるか死ぬかでようやくギフトが覚醒した人もいたらしい。
多分その人は『そういう状況じゃないと覚醒しない』と思い込み、無意識のうちに覚醒状況を制限していたんじゃないかな。
そして、こういった能力で重要なのはリスク。
私達は強力で理不尽な能力ほど、大きな対価を支払う必要があると予測した。
対価が何なのかは解らない。
だから有効だけど『強力なスキル』クラスの性能のギフトを覚醒させた。
『複射』、『必中』、『万里眼』の3つを。
『複射』で複製した射出系攻撃を『必中』の理不尽なホーミングで確実に当てる。
『必中』はターゲットの視認が条件だから『万里眼』で相手を捉える。
遠視、透視、解析の3つの複合魔眼である万里眼は、目への負担が大きいけど凄く有効だ。
気が付けば私は二つ名持ちの高位冒険者になっていた。
でも、順調な異世界生活も永遠には続かなかった。
ネットワークに警告が書き込まれたのだ。
転生者を狙う者がいる、と。
最初は気にも留めなかった。
でも、転生者の中でも特に有名な何人かが突然連絡を絶った。
その内の一人は最後に『神は邪神、ギフトは呪い』という警告を残した。
さらに何者かがギフト持ち、つまり転生者を狩っているという情報が流れた。
残った転生者は混乱した。
私達も情報を整理することにした。
もし警告が事実だとすれば私たちは邪神の下僕だ。
邪神がいるという事は善神もいるという事?
じゃあ、善神の下僕が転生者を狩っている?
ギフトが呪いだとしたら、私たちはどうすれば良い?
使わなければ害は無い? それとも持っているだけで危険?
私達も狙われる?
考えるほどに泥沼に嵌っていくみたいだった。
そんな私達に追い打ちをかける様に、ゴードンさんの様子がおかしくなった。
元々命を懸けた戦闘に生きがいを感じるバトルジャンキーだけど、普段はいたって普通の人だ。
でも、少し前から妙に反応が鈍くなっていった。
本人も「感覚や感情が薄れてるような気がする」、と不調を否定しなかった。
そして、あの日……。
首を振って雑念を払う。
クラスター爆弾のような攻撃を仕掛けたというのに黒コートの男は健在だった。
更なる攻撃を加えようとするが、男はさらに遠くへ逃げていく。
私の矢もスイフの奇襲もヒョイヒョイと避ける。
「ぐっ!」
両目にズキンと痛みが走った。
万里眼の使い過ぎだった。
そして気付く、後ろから無数の気配が近づいてくる。
「アハハ……、そりゃ、そうよね」
迫ってくるのはギルドの冒険者だ。
精神的に一杯一杯だったところに現れたギフトを知る男。
一気に感情が振り切れて攻撃、気が付けば逃げる男を追撃していた。
私がギルドの職員でも捕まえて事情聴取するだろう。
やっちゃったな……。
万里眼を一度解除し、森に向かって駆け出す。
ギフトを知っているだけなら同じ転生者という事もあり得る。
でも、槍使いの魔人がいるなんて聞いた事が無い。
今までずっと誰とも連絡を取らなかった? あり得ないと思う。
ならば残った可能性は一つ。
敵だ。
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「くそ、速いな……」
真っ暗な森を駆け抜ける。
妖精族は夜目が利く。
僕の種族『グラスワーカー』も例外じゃない。
しかし、『軽業のスイフ』と呼ばれる僕が追いつけないって、とんでもないな……。
僕のステータスは一極ビルドでスピード特化タイプ。
その僕がスピードで並ばれるってかなりショックだ。
僕のギフトは『隠形』『潜行』『影分身』の3つ。
『隠形』は自分を中心に姿だけでなく魔力や音、気配まで隠すステルスフィールドを発生させる。
『潜行』は土や壁などの固体に、液体に潜る様に入り込む事が出来る。
解除のタイミングをミスると非常に危険だけど、奇襲や撤退にとても有効だ。
最後の『影分身』は無数のデコイを作り出す能力だ。
凄いのは実体を持っている上に、ある程度の自立行動が可能なところだ。
僕はギルドでは斥候という事になってるけど、実際には忍者や暗殺者が近い。
ギフトも含めた各種技能による戦闘力は、1対1なら相棒のアミンを上回る。
しかし、その自信も揺らいでいる。
アミンの援護を受けながら全力で仕留めにかかったのに、掠りもしないんだから。
回避に専念し、逃げに徹しているからかもしれないけど何か違和感がある。
何て言うか、手加減されているような感じがする。
ゲームで上級者に稽古をつけてもらう時は、STも装備もこちらに合わせてもらう。
それでも完全に手玉に取られてしまうんだけど、それと似た感じがする。
「……アレ? それってヤバくね?」
気が付けばアミンの援護は止まっていた。
どうやら相当遠くに来てしまったようだ。
人目も無く、何が起きても解らないくらい遠くに。
追いかけていた気配が止まっている。
罠のような気がするけど、背中を向けるのはもっと怖い。
ギフトとスキルをフル活用して慎重に距離を詰める。
まあ、何もしないよりマシだろうし。
森が途切れていた。
そこにはかなり大きな泉が水を湛えている。
ダンジョンに向かう時、よく休憩場所に使われている泉だ。
相当町から離れてしまったみたいだ。
まあ、騒ぎを起こしてしまった町にも帰り辛いんだけど。
アミン、大丈夫かな? 連行されたりしてないよな。
まさか、いきなりマジックアローをぶっ放すとは思ってなかったから、止める間も無かったんだよな。
ああ、言い訳考えとかないと……。
現実逃避をしている間も相手は動かなかった。
泉には黒い人影があった。
泉の中に入っているのかと思ったがそうじゃない。
水面に立っている。
いや、水面に映る月は全く揺らいでいない。
と、いう事は浮いているのか? 飛行能力?
……ヤバイ、予想以上にヤバイ。
すぐに撤退を……。
「せっかく追いかけてきたのに、逃げる事は無いだろう?」
「!?(バレてるし!)」
相手はそもそもこっちを見ていないんだぞ!
こちらに背を向けて月を見上げているのに、なぜ解る?
すぐに逃げるべきなのに指一本動かせない。
頭の中は真っ白だ。
「もう一人も直に来る。まずはお前から確保しておくか」
ゆっくりと男が振り向く。
塗り替わる様に男の装備が変化する。
異様な威圧感を発するコート。
空の月より神々しい槍。
さらに振り返った男の両目は紫色の光を帯びていた。
「ま、魔眼……」
さっきまでの飄々とした雰囲気は消えていた。
代わりに纏うのは静謐で冒し難い、神社や神殿のような雰囲気。
スイフは瞬きすることも忘れていた。
「寝てろ」
ズン!
「え? あ……」
気が付いた時、男の姿は目の前にあった。
紫の魔眼がハッキリとスイフの目をのぞき込み、拳が腹にめり込んでいた。
何時の間に? と考える事も出来ず、彼の意識は闇に落ちた。
お一人様、ごあんなーい。
2人の事情書いたら思ったより進まなかった……。
もう1人は次回です。




