弟子のフォローは師の仕事
更新再開
ようやく西大陸行きの船が到着した。
もっとも今日と明日の2日は荷物の積み込み作業、そして整備を行うので出航は明後日になる。
もうしばらくは町で待機だな。
考えてみればただ町を散策するなんて、この世界に来てからは初めてだ。
異邦人である俺にとって神の依頼が存在意義になっていたのかもしれない。
ある程度実績を残したことで、それ以外の事を考える余裕ができたのだろう。
さすがに邪神関連を片付けた後の事を考えるのはまだ早いだろうけど。
だが、燃え尽きて隠居じゃつまらないしな。
ま、今後の事はその内考えよう。
「おい、しっかりしろ!」
「何があった!」
お? 町の入り口が騒がしいぞ。
血の臭いもするな。
怪我人がかなりいるみたいだ。
妖獣にでも襲われたのかな?
「なあ、何の騒ぎだ?」
「ん、あんた魔人か? 珍しい」
「これでも冒険者だよ。登録したばっかりだけどな」
「ふむ、じゃあ関係あるかもな。これだけの被害が出たんだ、緊急依頼が出るはずだ」
話しかけた人物は偶然にも非番の衛兵だった。
彼の話では、このところ大規模な盗賊団が商人をはじめとした通行人を襲撃しているらしい。
大陸中央部は安全が確認され重要な交通ルートとなっている。
しかし、そこを狩場とする者達が現れたのだ。
気になるのはこの盗賊団がある日突然現れたという事。
怪しい者達の情報など出現の兆候が全くなかったのだ。
そして、彼らの装備がやけに良質であるという事。
正規軍の兵や騎士が使うような装備だったのだ。
ただの盗賊とは思えなかった。
そして調査の結果、連中は帝国の反乱貴族の残党である事が解ったのだ。
皇帝の死に乗じて独立しようとしたが、新政権の英雄にあっさりと破れた反乱貴族。
彼らは帝国を脱出し共和国で盗賊に身をやつしていたのだ。
連中にしてみれば再起のための雌伏なんだろうが、どう考えても後は転がり落ちるだけだ。
それよりも驚いたことに、あの双子大活躍してるんだな。
鍛練が実を結んだようで何よりだ。
だが、無双の英雄も敵を一人残らず捉える事は出来なかったようだ。
まあ、あたりまえか。
国外に逃げられたら手は出せないし、他にやる事は山積みだろうからな。
「共和国の軍は動かないのか?」
「中央のごたごたのせいで動きが鈍いんだ。動き出すころには被害が大きくなりすぎてるだろうな」
「それで冒険者か。相手の数は?」
「1000人は超えていないはずだが」
「なるほど。ありがとう」
よし、やる事が出来たな。
弟子のフォローも師匠の仕事だ。
盗賊共には地獄に落ちてもらおうか。
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帝国の反乱貴族と言えば、すでにバカの代名詞のように使われている。
彼らは自立できる能力も無いのに独立を企てた。
ろくに戦ったことも無いのに武の重鎮たるヴァンデル公爵の軍に挑んだ。
最後には負けを認められず討ち取られていった。
ある貴族はアレックスに持ち掛けた。
『お前の力は解った。素晴らしい。儂と組んで公爵を討たないか?』と。
アレックスはその場で首を刎ねた。
ある貴族はアリサーシャにこんな手紙を送った。
『私と結婚しましょう。そして将来的には私たちの子を皇帝とするのです』と。
その貴族は数日後、戦場でアリサーシャに斬られた。
さらに不運だったのはヴァンデル公爵側が彼らの反乱を望んでいたという事だ。
彼らは皇帝亡き後の帝国に残された病巣であり、公爵はその切除の機会を窺っていたのだ。
自分から反乱を起こし、討伐の大義名分を与えてしまった彼らは、まさしく道化であった。
とはいえ、双子も公爵も反乱軍全員を殲滅できたわけではない。
最低でも反乱貴族自身は討ち取ったが、所属していた部下や兵を全て討ち取るのは不可能であった。
逃亡先は大陸東部の山岳地帯、特に人目に付きにくい場所であった。
そして幸運にも、そこにはかつて獣人達が使用していた集落跡が在ったのだ。
とは言え、千人単位の人間が生きられるような場所ではない。
持ち出せた物資も多くは無い。
逃亡に次ぐ逃亡で、もうそこから移動する気力も無い。
だが物資はどんどん減っていく。
そして、始まったのは凄惨な殺し合い。
始まりは些細な言い争いであった。
しかし、積りに積もった負の感情は一気に燃え上がり爆発したのだ。
生まれも育ちも関係無く、ただ強い者や狡猾な者だけが生き残る。
そして残ったのはわずか数百人。
仲間の血肉を喰らった野獣のような者達。
彼らは半ば妖獣と化していた。
彼らにとって幸運だったのは、大陸中央部が解放されていた事だった。
禁断の地と呼ばれていた大陸中央部は、いつの間にか魔道災害が収まっていた。
その結果、今まで中央部を迂回して西部の天狼の森や東部の山岳地帯を通っていた商人たちは、皆中央部を通る様になったのだ。
そうでなければ彼らは早々に発見されていただろう。
フィオが想像したような復権の意志など、もはや彼らには存在しない。
生きるために野盗となり、大陸中央部を通る商人を襲い、共和国北部の町や村を襲う。
そして稼いだら山岳地帯に戻る。
それだけだった。
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「ほうほう、東の山か」
ギルドで情報を集めると、それなりの事が解った。
連中は中央部で暴れた後、東に去っていく。
大陸東部で数百人が潜伏できるのは山岳地帯しかない。
そして、東端の港町で目撃証言が無い事からアジトの場所も大体絞り込めていた。
しかし、こいつら行動に一貫性が無いな。
港町は襲わないのに共和国の町は襲う。
上手く隠れているのに東に逃げる事は隠さない。
どこかちぐはぐだ。
まあ、港町を潰せば帝国と共和国がダブルで攻めてくる、とか考えているんだろうな。
実は現状ではどっちもそんな余裕ないんだけど。
だから冒険者の出番という事だ。
「ま、正式に討伐作戦に参加なんてしないけどな」
船の出航は明後日だ。
待っていられるか。
今、殺りに行きます。
とりあえずやってきた中央部。
うむ、懐かしい誕生の地だ。
正確な場所は覚えていないが。
「おやおや」
現場にはまだ血まみれの死体が転がっていた。
かなり凄惨な現場だな。
死んでいるのは男ばかりだ。
女は攫ったか。
「ん? この感じは……」
微かに感じる違和感。
これは歪みだ。
じゃあ、犯人は妖獣なのか?
ちょっと神槍からデータを引っ張ってみよう。
『人間の妖獣化』
発生記録在り。大量殺人鬼や虐殺魔と呼ばれた者の中に発生した。
精神力が弱い者が長時間歪みに曝されると歪みの浸食を受け妖獣化する。
そして、負の感情を強く抱いていると確率は上昇する。
身体能力は上昇するが知能、理性は低下し獣に近くなる。
「ふーん、なるほど」
つまり反乱貴族の残党共が、何かの理由で歪みを大量発生させてしまった。
歪みの主な発生原因は無念の死だから、虐殺か仲間割れでもしたんだろう。
で、俺の知る精神的に脆いゲス貴族の同類だとすれば……。
「人間の妖獣化が起きる、と」
人間の妖獣は一般人には強敵だ。
多少お馬鹿になっているとしても獣よりは断然賢い。
そのくせにパワーは獣並みだ。
それが数百いるなら軍でも手こずるレベルだろう。
せっかく安定してきた中央大陸だ。
西大陸に出発する前に火種は消しておくとするか。
さて、山歩きと言えば……。
「ハウル、リンクス、シザー。現場に着いたら自由行動だ。一匹残らず始末しろ」
山と言えば狼、山猫、虫だな。
相手が妖獣なら慈悲は無用。
え? 元人間?
知らんがな。
中央大陸最後のお仕事です。
考えてみると妖獣って言葉だけで実物はあんまり出ていなかったんで。
帝国の反乱も普通に考えれば残党くらい出そうですから結びつけました。
そして、新たな惨劇の時が近づく。




